189 さみしくなって
「あなたが問い掛けをしたのだから、私にもあなたに尋ねる権利があるわね」
「お前、答えていないだろうが」
「それは誰しも、質問に答えない権利があるもの」
クラウディアの揶揄いに、レオンハルトは眉根を寄せる。クラウディアはくすくす笑いながら、ひとつ尋ねた。
「――あなたの従兄弟は、何処へ行ったの?」
「………………」
その場の空気が一気に冷える。
レオンハルトの漆黒の瞳に、鋭い光が宿って揺れた。クラウディアの喉元には、出現した剣が突き付けられている。
「自分の言動について、よく考えろ」
(……あら)
つくづく本物の『ノア』であれば、クラウディアに見せない振る舞いばかりだ。
「あまり軽率に俺を煽るな。お前が何を知っているのかを、力ずくで吐かせる必要が出てくる」
「ふうん」
やはりここにいるレオンハルトは、何かを隠している。
(私のノアでは無いのだもの。……私がおねだりしても、命令しても、この子の内側を晒してはくれない)
そんなものは、既に分かりきっていたことだ。けれどクラウディアは、この事実に驚くほど落胆し、機嫌が悪くなっている自分に気が付いた。
「私、さみしくなってしまったわ」
「……は?」
クラウディアはそう言って、立ち上がる。
「気分を変えたいから、窓を開けてちょうだい。私では凍り付いていて動かせないの」
「…………」
レオンハルトが渋々と言った様子で、小さな魔法を発動させる。窓枠を光がぐるりと巡り、その部分だけ氷が溶けた。
クラウディアは窓を開け放ち、遙か地上を見下ろす。ノアと暮らした塔ほどではないが、この場所もかなりの高さがある。
(……ノア)
雪の積もった真っ白な眼下に、クラウディアは目を眇めた。
(あの子に早く会うためには、いくつかの実験が必要ね)
「おい」
レオンハルトは低い声音で、クラウディアの背中に呼び掛ける。
「室温が下がる。あまり長い時間、窓を開けるな」
「……」
「お前のその装いでは、すぐに凍えることくらい分かるだろう」
クラウディアは、すうっと息を吸い込んだ。
(六歳のとき、私が覚醒したきっかけは――……)
「――待て」
レオンハルトが何かに気付き、クラウディアの肩を掴もうとする。
けれどもクラウディアはその前に、窓から身を投げ出していた。
「……っ、何を……!!」
体が宙に浮遊する。
その感覚のあと、クラウディアの体は地上に向けて、凄まじい速度で落下してゆく。
(あのとき塔から落ちたことで、私は記憶を取り戻した)
そして『アーデルハイト』としての魔力を、自在に扱えるようになったのだ。
(ここはあくまで、眠っている私の夢に構築された世界。とはいえここで死んだら、永遠に目覚めなくなるでしょうね)
それでも今は、試すしかない。ミルクティー色の髪やドレスの裾がはためき、急速に移り変わる世界の中で、クラウディアは目を閉じようとした。
だが、その直後だ。
「……いい加減に、しろ……!」
「!」
真っ直ぐに落ちてゆくクラウディアの手を、誰かがしっかりと掴んで引いた。
「……レオンハルト」
「ふざけるな! 魔法も使えない人間が、ここで落ちれば――……」
落下しながらクラウディアを抱き寄せ、魔法で対処しようとしている。
「助けようとしてくれてありがとう。けれど、ごめんなさい」
そんなレオンハルトに、クラウディアはにこりと微笑んだ。レオンハルトの手首を掴み、人体の構造を利用して、彼の手を外させる。
「あなたが私に触れることを、許してはいないわ」
「――は」
クラウディアは落下しながら、レオンハルトの体をとんっと押した。
空中で、ふたりの体がそのまま離れる。レオンハルトが再び手を伸ばすが、その指先はこちらに触れない。
「くそ……っ!!」
(さて)
クラウディアの浮かべた微笑みに、レオンハルトが息を呑む。
(私の体は『命の危機』に、どういった反応を見せるかしら?)
レオンハルトは舌打ちをし、何か魔法を使おうとした。
けれどもあと少し、もうほんの数秒もかからないうちに、クラウディアの体は地表に叩きつけられるだろう。
「――――……」
クラウディアは悠然と瞼を閉じた。
(……駄目ね、兆しが無い。レオンハルトも間に合わないわ、ここで死ぬかしら)
ノアのことを思い浮かべ、空に向かって手を伸ばす。
そのときだった。
「……」
誰かの魔力がクラウディアを包み、落下が止まる。
その魔力を確かに知っていて、クラウディアはそうっと瞼を開けた。
(ノア?)
黒曜石の色をした瞳が、こちらを見下ろしている。
クラウディアはどうやらその人物に、横抱きに抱えられているようだった。
「おい、大丈夫か?」
(いいえ、違うわ。この子は……)
瞼を開け、一度瞬きをしてから彼を見上げる。
ここは見知らぬ室内で、どうやらクラウディアは『彼』の魔法によって、ここまで転移してきたようだ。
「君は一体、どうしてあの城から……」
クラウディアは、ノアと同じ瞳の色をした青年の名前を呼ぶ。
「……ジークハルト」
レオンハルト、つまりはノアの従兄弟である青年は、クラウディアの言葉に息を呑む。
「……なぜ、僕の名前を……?」
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