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虐げられた追放王女は、転生した伝説の魔女でした ~迎えに来られても困ります。従僕とのお昼寝を邪魔しないでください~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第5部2章〜

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189 さみしくなって


「あなたが問い掛けをしたのだから、私にもあなたに尋ねる権利があるわね」

「お前、答えていないだろうが」

「それは誰しも、質問に答えない権利があるもの」


 クラウディアの揶揄いに、レオンハルトは眉根を寄せる。クラウディアはくすくす笑いながら、ひとつ尋ねた。


「――あなたの従兄弟は、何処へ行ったの?」

「………………」


 その場の空気が一気に冷える。

 レオンハルトの漆黒の瞳に、鋭い光が宿って揺れた。クラウディアの喉元には、出現した剣が突き付けられている。


「自分の言動について、よく考えろ」

(……あら)


 つくづく本物の『ノア』であれば、クラウディアに見せない振る舞いばかりだ。


「あまり軽率に俺を煽るな。お前が何を知っているのかを、力ずくで吐かせる必要が出てくる」

「ふうん」


 やはりここにいるレオンハルトは、何かを隠している。


(私のノアでは無いのだもの。……私がおねだりしても、命令しても、この子の内側を晒してはくれない)


 そんなものは、既に分かりきっていたことだ。けれどクラウディアは、この事実に驚くほど落胆し、機嫌が悪くなっている自分に気が付いた。


「私、さみしくなってしまったわ」

「……は?」


 クラウディアはそう言って、立ち上がる。


「気分を変えたいから、窓を開けてちょうだい。私では凍り付いていて動かせないの」

「…………」


 レオンハルトが渋々と言った様子で、小さな魔法を発動させる。窓枠を光がぐるりと巡り、その部分だけ氷が溶けた。


 クラウディアは窓を開け放ち、遙か地上を見下ろす。ノアと暮らした塔ほどではないが、この場所もかなりの高さがある。


(……ノア)


 雪の積もった真っ白な眼下に、クラウディアは目を眇めた。


(あの子に早く会うためには、いくつかの実験が必要ね)

「おい」


 レオンハルトは低い声音で、クラウディアの背中に呼び掛ける。


「室温が下がる。あまり長い時間、窓を開けるな」

「……」

「お前のその装いでは、すぐに凍えることくらい分かるだろう」


 クラウディアは、すうっと息を吸い込んだ。


(六歳のとき、私が覚醒したきっかけは――……)

「――待て」


 レオンハルトが何かに気付き、クラウディアの肩を掴もうとする。

 けれどもクラウディアはその前に、窓から身を投げ出していた。


「……っ、何を……!!」


 体が宙に浮遊する。

 その感覚のあと、クラウディアの体は地上に向けて、凄まじい速度で落下してゆく。


(あのとき塔から落ちたことで、私は記憶を取り戻した)


 そして『アーデルハイト』としての魔力を、自在に扱えるようになったのだ。


(ここはあくまで、眠っている私の夢に構築された世界。とはいえここで死んだら、永遠に目覚めなくなるでしょうね)


 それでも今は、試すしかない。ミルクティー色の髪やドレスの裾がはためき、急速に移り変わる世界の中で、クラウディアは目を閉じようとした。


 だが、その直後だ。


「……いい加減に、しろ……!」

「!」


 真っ直ぐに落ちてゆくクラウディアの手を、誰かがしっかりと掴んで引いた。


「……レオンハルト」

「ふざけるな! 魔法も使えない人間が、ここで落ちれば――……」


 落下しながらクラウディアを抱き寄せ、魔法で対処しようとしている。


「助けようとしてくれてありがとう。けれど、ごめんなさい」


 そんなレオンハルトに、クラウディアはにこりと微笑んだ。レオンハルトの手首を掴み、人体の構造を利用して、彼の手を外させる。


「あなたが私に触れることを、許してはいないわ」

「――は」


 クラウディアは落下しながら、レオンハルトの体をとんっと押した。

 空中で、ふたりの体がそのまま離れる。レオンハルトが再び手を伸ばすが、その指先はこちらに触れない。


「くそ……っ!!」

(さて)


 クラウディアの浮かべた微笑みに、レオンハルトが息を呑む。


(私の体は『命の危機』に、どういった反応を見せるかしら?)


 レオンハルトは舌打ちをし、何か魔法を使おうとした。

 けれどもあと少し、もうほんの数秒もかからないうちに、クラウディアの体は地表に叩きつけられるだろう。


「――――……」


 クラウディアは悠然と瞼を閉じた。


(……駄目ね、兆しが無い。レオンハルトも間に合わないわ、ここで死ぬかしら)


 ノアのことを思い浮かべ、空に向かって手を伸ばす。

 そのときだった。


「……」


 誰かの魔力がクラウディアを包み、落下が止まる。

 その魔力を確かに知っていて、クラウディアはそうっと瞼を開けた。


(ノア?)


 黒曜石の色をした瞳が、こちらを見下ろしている。

 クラウディアはどうやらその人物に、横抱きに抱えられているようだった。


「おい、大丈夫か?」

(いいえ、違うわ。この子は……)


 瞼を開け、一度瞬きをしてから彼を見上げる。

 ここは見知らぬ室内で、どうやらクラウディアは『彼』の魔法によって、ここまで転移してきたようだ。


「君は一体、どうしてあの城から……」


 クラウディアは、ノアと同じ瞳の色をした青年の名前を呼ぶ。


「……ジークハルト」


 レオンハルト、つまりはノアの従兄弟である青年は、クラウディアの言葉に息を呑む。


「……なぜ、僕の名前を……?」



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