185 集う顔触れ
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アビアノイア国の応接室には、数多くの客人が揃っていた。
黄金の円卓を囲むのは、見る者が見れば驚くような顔触れだ。彼らは互いに持ち寄った情報を、ひとりの少女のために使おうと必死になっている。
「それでつまり、その……」
ぎこちなく口を開いたのは、西の大国クリンゲイトの王太子スチュアートだった。
この青年は八年前、クラウディアとノアが出会った人物のひとりである。長らく城の自室から出ず、『弟』を恐れて閉じ籠っていた人物だが、結界魔法の腕は一流だ。
色濃かった目の隈は薄れ、自信の無さそうな振る舞いも随分と少なくなった。結界魔法の技術を買われ、いまや各国と協力関係を結んでいるというスチュアートは、それでも小さな声で言う。
「アーデル…………え、えっと、ではなく。クラウディア姫殿下の棺に触れようとすると弾かれるのは、やはり単純な結界魔法の類ではありません。あ、あれはもっと強力な、意志を持って他者を攻撃する魔法ですね……」
スチュアートは言葉尻をぼそぼそとくぐもらせながらも、手にした書類を机に広げる。
「結界魔法を使って、あの拒絶に耐える方法。ぜ、前回から追加して七十六通りほど考えてみました……」
「まあ。七十六通りだなんて、すごいです」
そう驚いて目を丸くしたのは、ラーシュノイル魔法学院で教師として魔法研究を行っている女性、フィオリーナだ。
「なるほど、この方法は……」
彼女は歌声のように柔らかなその声音で、書類に書いてある内容を掻い摘み読み上げる。それからフィオリーナは、隣に座っている同じ顔の女性を見遣った。
「クラウディアちゃんに直接試す前に、まずは実験をしておきたいところですね。多くの人手を動員して、同時並行で……学院の他の先生たちにも協力を募った方が良さそうだけれど、ラウレッタはどう思う?」
「ん……」
フィオリーナの双子の妹ラウレッタは、書類から顔を上げずにじっと俯いたままで頷く。
「いくつかは、私が試した方が、よさそう。たくさん魔力、いるみたいだから」
「優秀な生徒にも、興味を示す子はいそうだわ。掛け合ってみます」
「魔法学院の教師に協力者がいるお陰で、人海戦術が使えて助かるな」
そう口を開いたのは、クラウディアの兄王子であるエーレンフリートだ。
机に両手で頬杖をついたエーレンフリートは、睡眠不足のためか目付きが険しい。
十九歳に成長しても、依然として美少年と呼ばれる華奢な体付きと顔立ちが、このところは僅かに荒んで見えた。
「僕もこの場で話したいことがあるものの、先に確認しておきたい事項があるんですよね。セドリック、それから……」
エーレンフリートが視線を向けた先、扉より最も遠い位置に座るのは、砂と黄金の国シャラヴィアの王アシュバルだ。
この三年、砂漠の中心地にありながらも水資源の効率的な運用で栄えた彼の国は、日夜数多くの商人で賑わっている。
新たな黄金が採れなくなっても発展を続けるシャラヴィア国の王に、この場の視線が集まった。
「アシュバル陛下。お世継ぎが誕生したばかりの時期に、妹のことでお越しいただいた上で恐縮ですが」
「クラウディアは俺たち夫婦の大切な友人だ。協力できることならなんでもする――ファラズ」
「はいよ、こちらに」
王の言葉によって歩み出た臣下のファラズが、魔法の光によって地図を描き出した。
「これが、直近のレミルシア国の結界だが……」
これこそが三年前、クラウディアがアシュバルに依頼した、レミルシア国の監視である。
ノアの従兄弟であるジークハルトは、さまざまな国の王族に呪いをばら撒いていた。
そして三年前、ジークハルトの父王が死んだのをきっかけに、国境に強固な結界を張ったのだ。
「巧妙に結界の構造を偽装されているものの、部分的に結界が強化されている痕跡が見えた。セドリック殿、読み解けるか?」
「ええ、アシュバル陛下」
そう答えたのは、ノアたちが学院で出会ったレミルシア国出身の青年セドリックだ。
学院時代、このセドリックに強くあたられたことのあるラウレッタは、相変わらずセドリックのことをじとりとした半目で見ている。
セドリックは申し訳なさそうに咳払いしたあと、アシュバルの問い掛けに答えた。
「王城と、それから地形的に脆弱な区画ですね。戦争になれば真っ先に攻め込まれるであろう場所、それらに厳重な結界が張られています」
「だとすると。レミルシア国によるこれまでの、『結界による国境閉鎖は大喪の儀のため』という説明とは、明確に矛盾するな。ここでひとつ、俺たちをこの場に集めた功労者である人物の意見を聞きたいものだが」
そしてアシュバルは自身の正面、円卓にはつかず壁際で聞いているノアを見据える。
「なあ? クラウディアの忠実なる従僕ノア。……あんたが騎士隊長という地位を得て、俺たちの元に真っ向から協力を要請してくれたからこそ、俺たちはこうして大々的にクラウディアのために動くことが出来ているんだぜ」
「――――……」
その言葉に、ノアは目を伏せた。




