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虐げられた追放王女は、転生した伝説の魔女でした ~迎えに来られても困ります。従僕とのお昼寝を邪魔しないでください~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第5部1章〜

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183 この世界の彼


***




 棺の置かれた聖堂から連れ出された先で、クラウディアは柔らかな椅子に腰掛けていた。


 テーブルを挟んだ向かいには、ノアと同じ姿をした青年が座している。

 足を組み、不機嫌そうな表情で、クラウディアを半ば睨みように見つめ続けていた。


(恐らくここは、現実と呼べる世界ではないわ)


 クラウディアが導き出したのは、そんな結論だ。


(私はいま、仮死の中で見る夢を通して、あったかもしれない世界の『可能性』を眺めている)


 ふかふかの絨毯も、豪奢な装飾の調度品に囲まれたこの部屋も、クラウディアにとって見覚えのない場所だ。

 それでも途中で見た回廊や廊下の様子から、ここが何処かの城であることは分かる。


「ねえ、レオンハルト」

「…………」


 クラウディアは彼のことを、その本当の名前で呼ぶことにした。

『ノア』という名を与えたのは、クラウディアにとっての安息である従僕だ。この世界でのノアは、クラウディアのノアではない。


 現に彼は顔を顰め、ひどく不快そうに言い放つ。


「俺の名前を呼ぶことを、許した覚えはない」

(あらあら。……冷たい声ね)


 クラウディアのノアは、淡々とした落ち着いた声音の中にも、柔らかく穏やかな響きがあった。

 けれどもこの世界のノアときたら、硬く閉ざされた扉をノックしたときのように、まったくとりつく島もない。


「ふん。アビアノイアの国王は、アーデルハイトの生まれ変わりを随分と大事に育てたらしいな」

「あら。とうさまが、私を?」

「そうでなければ敵地にあって、そうまで腑抜けた振る舞いは出来ないだろう」


 この世界のノアから拾える情報を、クラウディアは内心で整理する。


(どうやらここでは、私がアーデルハイトの生まれ変わりであることが広く知られているのだわ。それはいつ? ひょっとしたら、私が生まれたときには既に……)


 元の世界のクラウディアは、生まれてすぐに当時の正妃によって、『魔力無し』と診断された。

 だからこそ城を追い出され、伯父とその家族を中心に虐げられながら、六歳になるまでを過ごしてきたのだ。


 クラウディアは試しに、この世界のノアにわざとこう言った。


「とうさまが私を箱入りで育てたことを、あなたにまで知られてしまっているのね」

「お前が生まれてからその年齢になるまで、一度も城から出さなかった徹底ぶりらしいが。……そこまで厳重に守った存在が、こうして我が国の手中に落ちたのは、無様だな」


 僅かな嘲笑に、クラウディアの知るノアとはやはり違うのだと実感する。


(やはり、この世界では私が追放されていない。――だからこそ)


 クラウディアはゆっくりと目を伏せて、十年前の光景を思い出す。


(あのとき、森の中で死に掛けていたノアにも出会っていない……)


 魔力の暴走によって息絶えたグリフォンの死骸に囲まれ、呪いに蝕まれながら苦しんでいたノアは、どうなったのだろうか。


(私が生まれたのは、ノアの両親が殺されるよりも前の出来事。アーデルハイトの生まれ変わりが誕生した事実が世界中に広まったことが、私以外の運命をも変えた可能性があるのかもしれないわ)


 そこまで考えたところで、記憶が霞むような感覚があった。


「――私の思考が、妨害されているようだわ」


 クラウディアがそう呟くと、この世界のノアは目を眇めた。


「記憶がところどころ、抜け落ちてしまっているみたい。私に何があったのか、教えてくれないかしら?」


 微笑んで口にしたその言葉は、まったくの嘘という訳ではなかった。

 クラウディアは死の眠りにつく前に、いくつかの仮定を立てていたのだ。しかしその記憶が曖昧で、思い出そうとすると空虚に抜け落ちているのが分かる。


 けれどもこの世界のノアは、クラウディアの懇願に対して言い放った。


「必要ない」


 黒曜石のような瞳には、暗く澱んだ輝きが揺れている。


「この国で、お前に自由があると思っているのか? 囚われの身であることを自覚しろ。……俺に対して、何かを望む権利を与える気はない」

「…………」


 この世界は、クラウディアが見ている夢だ。そのために、出来事の整合性が取れているのかもはっきりとしない。


 分かるのは、この夢からきちんと目覚めなければ、クラウディアは死の眠りから覚めないということだけだ。


「……このドレスは少し寒いわ」


 クラウディアはそう言って立ち上がると、纏っている真っ白なドレスを見下ろした。


「だから、あなたが着替えさせて」

「……は?」

「だって私、魔法が使えないの。このままだと……」


 先ほど近付くなと言われたのを無視して、椅子に掛けている『レオンハルト』の前に立つ。

 クラウディアは、ミルクティー色の髪を耳に掛けながら身を屈め、彼にやさしく微笑んだ。


「せっかく捕まえた『アーデルハイト』が、風邪を引いて死んでしまうかもしれないわね?」

「…………」


 もちろんこれは、挑発だ。

 この世界のノアだって、それは分かっているだろう。乗ってやるとでも言わんばかりにクラウディアへと手を伸ばし、ドレスの襟元を掴む。


 引き千切られそうなほど強く握り込まれ、けれども彼はすぐに手を止めた。


「お前にこの部屋を与えてやる。着替えはひとりで、勝手に済ませろ」

「それで我慢してあげるわ。でも、ひとつだけ教えて」


 クラウディアは手を伸ばすと、そっとこの世界のノアの頬に触れる。


「この世界に、あなたの味方は存在しているの?」

「…………」


 そのときに向けられた視線には、ほとんど殺気とすら呼べそうな感情が込められていた。

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