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虐げられた追放王女は、転生した伝説の魔女でした ~迎えに来られても困ります。従僕とのお昼寝を邪魔しないでください~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第5部1章〜

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181 従僕の覚悟




 クラウディアはずっと目覚めない。


 ノアが子供のころ、同じように目覚めなくなった女性たちを見たことがある。クリンゲイトという国で呪いに巻き込まれた女性たちは、何年も寝台で眠り続けていた。


 しかしいまのクラウディアは、彼女たちとは違う。

 心臓も動かず、呼吸をしておらず、かといって亡骸が朽ちることはない。


『――姫殿下は、完全に亡くなられた訳ではありません』


 ノアは二年前、クラウディアの父王に跪いた日を思い出す。


『それなのに何故、お体を棺に収めて死化粧など。これではまるで、本当に……』

『……』


 国王フォルクハルトは冷酷で、臣下を殺すことに躊躇のない男だ。怒りを買ってもおかしくない進言だったが、フォルクハルトはこう言い放つのみだった。


『クラウディアの願いによるものだ』

『姫殿下の、ですか?』

『あれが一年経っても目覚めない場合、大々的にその死を広めろと。……父親として、叶えてやらぬ訳にはいかぬだろう?』

『…………』


 三年前、クラウディアが仮の死を選んだことは、手紙という手段によって父王に告げられていた。


 クラウディアはペンを取ると、必要なことを書き記し、それが間違いなくクラウディアの意思によって綴られたものであることを証明する魔法をかけたのだ。


 そしてカールハインツたちがその手紙を読んだのは、すでにクラウディアが命を引き換えにした魔法を発動させた後だった。


 事前にすべてを知っていたノアは、どんな罰を受けることも厭わない想いでいたものの、ふたりがノアの責任を追求することはなかった。


 恐らくはノアが読ませてもらえなかったあの手紙に、ノアのことが何か書き添えてあったのだろう。


『ノア。姫殿下がお目覚めになられるまでの間、お前は王都で騎士として勤めろ』


 剣の師であるカールハインツは、ノアに向けてそう告げた。


『……俺はこれまで通り、呪いの元に赴いて、それを壊す必要があります。姫殿下がこれまでそうなさっていたように』

『破壊すべき呪いが見つかったときは、俺からの特別任務という扱いで単独行動を許してやる。だがそれ以外の日々に関しては、姫殿下から賜った騎士爵を有効活用するべきだ』


 あのときも団長室に呼び出され、執務机を挟んで対話をした。カールハインツはノアを諭すように、いつもより穏やかな声で言ったのである。


『お前の実力であれば、すぐに相応の地位が得られる。俺の次に筆頭魔術師に』

『そのようなものは必要ありません。俺は姫殿下の従僕であり、それ以外の何者でもない』

『駄目だ。お前自身が地位を得て名誉を獲得することは、やがて姫殿下をお守りすることにも繋がると心得ろ』

『…………』


 ノアは僅かに眉根を寄せたが、カールハインツはそれに構う様子もない。


『立場が変われば、使える手段が増えるぞ。経験談だ』

『……カールハインツさま』


 カールハインツはかつてノアに対し、自分には守れなかったものがあるのだと言っていた。

 恐らくはその後悔を、ノアに繰り返させないようにと願ってくれている。それが分かったノアは、やがて選択をしたのだ。


『……姫殿下の従僕として、恥じぬ生き方をすると誓っています。やるからには、全力で』


 そう告げると、カールハインツは笑ったのだ。


『お前のそういうところを、あのお方はとても好んでいらしたな』

『…………』


 死の直前のクラウディアは、ノアに向けてこんな風に微笑んだ。


『約束よ。私はお前のことが、大好きなの』


 あの言葉を裏切ることは許されない。ノアは弛まない努力を重ね、すべてに誠実であり続けた。騎士という立場がいずれクラウディアを守るのであれば、そのために果たすべき務めを真っ向からこなす、それだけだ。


 その結果、騎士団の誰よりも年若いノアは、一年で第一隊の隊長という立場になったのである。


「……それなのに、あなただけが目覚めてくださらない」


 棺の中のクラウディアを見下ろして、ノアは呟く。


 このクラウディアを目覚めさせるために、国王フォルクハルトは世界中から学者を集めていた。

 月に一度その知見が持ち寄られ、クラウディアを蘇生する方法について議論されているが、なんら方法は見付からないのだ。


「…………」


 ノアは静かに手を伸ばす。指先が、クラウディアの白い頬に触れそうになる。

 けれどもその刹那、黒色の凄まじい光が迸って、ノアの指を弾くのだ。


 衝撃によって人差し指の爪が割れ、真っ赤な血が流れる。雪のような百合の花にノアの血が零れ、クラウディアのくちびると同じように赤く染めた。


 何度も繰り返してきた光景とその痛みに、ノアは目を眇める。


 誰かがクラウディアに触れようとしたときだけ、こうした強烈な魔力の反応があるのだった。

 その魔力は確かにクラウディアのものであると、ノアには感じることが出来ている。


(――この拒絶反応だけが、姫殿下が真実の死を迎えていないという、唯一の証明だ)


 ノアは瞑目すると、ゆっくりと息を吐いた。


(フィオリーナさまとラウレッタさまからは、すでに今週分の調査結果をいただいている。スチュアートさまからの報告に関しては、後で個人的にも話を聞くべきだが――セドリックさまからの情報を元に、アシュバル陛下からの定期連絡の内容を精査しなくては)


 自らのやるべきことを確かめて、瞼を開く。学者たちを毎月集めることによって生まれる最大の効果は、議論が交わされることによって、新たな視野が開けることだ。


 ノアは真っ直ぐにクラウディアを見据え、いつか必ず目覚めるはずの亡骸に告げる。


「明日、また参ります」


 思い詰めている時間など無い。クラウディアの望みを叶えるために、進み続ける必要がある。


 ノアは棺の上に手を翳し、百合に散った血を消し去った。そうしてクラウディアに一礼し、聖堂の外へと歩き始める。



 漆黒の棺の中、雪のように白い百合の花にうずめられて眠るクラウディアの、そのくちびるだけが林檎のように赤い。


 だからこそ、ノアが零した血がクラウディアのくちびるに触れていたことに、誰ひとりとして気が付けるはずもないのだった。




***




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