176 王の演説
【エピローグ】
クラウディアが砂漠から自国に戻ってきた頃、王都の冬はますます深まって、淡い雪すらも降る寒さになっていた。
ノアの魔法によって作り出された冬のドレスは、チャコールグレーの艶やかな毛皮を所々にあしらった深い緑のドレスだ。魔法の効果もあって暖かく、クラウディアが歩く度にふわりと裾が泳ぐ。
そしてクラウディアは、いくつものプレゼントを両手に抱えて父王に謁見していた。
「とーさまっ、おみやげだよ!」
「…………」
玉座に頬杖をついた父は、娘がどさどさと膝に物を置いていくのを無言で眺めている。父の傍らにいる護衛の魔術師たちは、今にも爆発しそうな危険物を見るかのような表情で落ち着かない。
「シャラヴィアの旅行、楽しかったあ! 大きな蛇さんも居て、竜も居てね! 街はきらきらの金色で、お日さまみたいだったの!」
「そうか。有事の際の進軍ルートは掌握できたか?」
「とーさまったら、クラウディアはそんなことしないもん。砂漠に遊びに行っただけなんだから」
「なんだ、つまらんな」
淡々とクラウディアの土産を検分する父は、無表情だった口元に笑みを浮かべる。
「……蛇や竜の話よりも、黄金の鳥が現れた件についての土産話が聞きたいものだが?」
「クラウディア良い子に寝てたから、なんのことだか分かんなあい」
そんな親子のやりとりが白々しいことを、魔術師たちは見抜けていないだろう。唯一頭の痛そうな顔をしているカールハインツにも、クラウディアは「どうぞ」とお土産を渡す。
「……姫殿下。こちらは?」
「蛇さんの脱皮した皮なの! お金持ちになれるんだって!」
「有り難く頂戴いたします」
カールハインツは真顔なので、それがどういう感情での返事なのかは分からなかった。クラウディアはにこっと笑い、それから父に告げる。
「シャラヴィアには後宮っていうのがあって、そこで女の子たちがたくさんお勉強をしてるんだって。クラウディア、十歳のときに行った学校もすごく楽しかったから、いいなあーって思っちゃった」
「……ふむ」
「とーさま。クラウディアがもっと成長したいって頑張ってたら、とーさまも嬉しい?」
すると父はふんと鼻を鳴らし、さも当然のように言う。
「子が優秀に育つことに、異論がある親もそうはおるまい」
「よかったあ。じゃあクラウディア、がんばるね」
その上で父の膝に大量に乗せた包箱のうち、一番小さくて平らな箱を指差す。
「この箱は一番最後に開けてほしいの。カールハインツと一緒に開けてね」
「……? 何か、そうしないと開けられない仕掛けでもしているのか」
(ふふ。時間稼ぎよ)
クラウディアは微笑んで答えず、謁見の間の扉に向かって歩き出す。
「またね、とーさま! カールハインツ! クラウディアは森の塔に帰って、お昼寝するから」
「姫殿下? 兄君さま方にはお会いにならないので」
「うん! 起きたらすぐにまた来るから、へーき」
そう言ってぱっと駆け出し、両開きの扉から廊下に出た。最後に一度振り返り、小さく手を振る。
「ノア」
「……はい」
廊下で待っていたノアが、クラウディアのエスコートをするために手を伸べた。クラウディアはその手を取ると、転移の前に小さく呟く。
「ばいばい」
「…………」
ノアが目を伏せ、転移魔法を発動させた。
そうして戻ってきた森の中の塔こそが、クラウディアにとっての家だ。
あまり戻ってくることはないが、赤子のときに追放されて以降、前世の記憶が蘇ってからもここで暮らしてきた。
「椅子をどうぞ。姫殿下」
「ありがとう」
「お茶を淹れます。……国王陛下は、シャラヴィア国での騒動に姫殿下が関わっていらしたことを察していらっしゃいますね」
ノアの言葉にくすっと笑い、肩を竦める。
砂漠の都に現れた黄金の鳥は、多くの民に姿を目撃された。
巨鳥が強大な魔法によって破壊される場面も。それと同時に、街中に巡らされていた禍々しい光が消え去ったこともだ。
人々はあれこそが、長年その正体を伏せられた王室の宝、『黄金の鷹』なのだと噂している。
その出来事が起きた当初は、国が発展した要の『黄金の鷹』が破壊されたことで、今後を不安に思う声が噴出したそうだ。
けれどもそこにひとりの女性が現れると、誰にともなく囁いた。
『不吉な月食の夜に、黄金の鷹が姿を見せたなんて怖いわ。黄金の鷹とは本当は、忌むべき化け物だったのではないかしら?』
確かにそうだという賛同は、あっという間に広まったらしい。その論調が強くなってくると、黄金の鷹を破壊した存在についても目が向けられる。
『黄金の鷹は、月食の日に本性を表す化け物だったんだ。しかしどうやら当代の国王陛下は、その危険を見抜いていたらしい』
『混乱を最小限にするために、ご自身の身代わりを立てた上で城を空けて、秘密裏に動いていらっしゃったそうだよ』
『そして黄金の鷹が本性を表す月食の夜に、見事討伐に成功したんだと! 国王陛下のご活躍がなければ、なんでも大変なことになっていたみたいだぜ』
『そんな陛下をお傍で手助けなさったのが、ご婚約者のナイラさまなのね。互いに助け合って国と民を守ってくださる、なんと頼もしいおふたりなのかしら!』
そんな中、若き国王アシュバルは、国民たちの前でこう説いた。
『これまでの我が国は、黄金の鷹によって生まれ出る黄金に縋り生きてきた。しかし、市井の中で育ってきた私は知っている――この国の民の強さを、太陽のごとき素晴らしき人柄を、砂嵐を前にしても挫けぬ勇敢さを!』
人々は真摯にアシュバルを見上げ、その言葉に心打たれて頷いたのだ。
貧しく過酷な暮らしを経験しているアシュバルの声は、遠い王族のものとしてではなく、共にこの国で生きてきた人間の言葉として響いたのである。
『我が国民のひとりひとりに、黄金よりも尊き価値がある。我らが共に手を取り合い進めば、どのような生まれの者も飢えることのない、強く眩しい太陽の国が広がってゆくと確信している。……たとえ、黄金の鷹など無くとも!』
『アシュバル陛下……』
そうしてアシュバルは、国民たちを見下ろしてふっと笑った。
心から誇らしいものを眺めるような、そんな笑みだ。アシュバルが視線の先に捉えるのは、間違いなく国民ひとりひとりの姿だった。
『そうして出来上がった国こそが、真の黄金郷だ』
『……っ』
民たちが大きな歓声を上げ、拳を振り上げて王を讃える。
『アシュバル陛下、太陽の王!』
『我らが国王、その御世に栄光を……!』
後ろに控えていたひとりの女性が、そっとアシュバルの隣に並ぶ。お互い支え合うように視線を交わすふたりの姿に、国民はますます沸いたのだった。
『アシュバル陛下と未来の妃殿下、ナイラさまに祝福を!』
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