表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
169/229

164 美しい女神


「……アシュバル陛下が、このタイミングで王宮に戻られる可能性は無いのですね?」

「安心しろ、陛下とは俺も連絡がつかねえ。しばらく帰る気がねえってことなら、好機はいまだ」


 ノアは溜め息をつき、部屋の出口に歩き出す。


「おい、坊主」

「さっさと行きましょう。女神像を警備する魔術師たちのところに着く前に、立ち入りの言い訳を考えておいてください」

「ははっ。承知しましたよ、我が主」


 ノアから見れば有り得ない軽口だ。ファラズの方を振り返らず、ノアは女神像の元へ向かった。


 アシュバルの姿にしか見えていないノアが許可を出すことで、難なく扉が開け放たれる。ファラズが警備に怪しまれない理由を語ったので、おかしな噂がアシュバルの耳に届くこともないだろう。


 女神像が設置されているのは、王宮でも最も高い場所にあり、遮るものがなにもない物見塔の頂だ。


「おっと。ここから落ちたら命はねえな、こりゃ」


 ファラズがそう言いながら、女神像の方に歩いてゆく。ノアも顔を上げ、真っ青な空を背にして立つ女神像を見据えた。


 そして、息を呑む。


「この女神像は、陛下の母君であるサミーラさまが、廃墟も同然となった故郷からお持ちになったものだ。後宮のご自身の宮に設置して、心の拠り所にしていた」

「…………」

「アシュバル陛下が後宮から女神像をここに移して、事あるごとにひとりで見に来ていたんだよな。母君の墓代わりではなんて言う奴がほとんどだが、俺はなにか怪しいと踏んで――」


 ファラズの語る言葉さえ、あまり耳には入らなかった。

 精巧に造られた女神像の、クラウディアに並ぶほど美しいかんばせに、強烈な既視感があったからだ。


(……この女性は、誰だ?)


 心臓が嫌な鼓動を刻む。


(まったく知らない顔だ。それなのに、知っているように感じる…………誰かに、似ている)


 この女神像と同じくらい美しい女性の姿を、ノアはひとりしか知らない。

 そんな存在であるクラウディアのことを思い浮かべれば、この像は確かにクラウディアに似ているように思えるのだ。


(……姫殿下の母君、か?)


 ひとつの可能性に思い至り、眉根を寄せる。かつて歌姫と呼ばれたその女性は、クラウディアを産み落としてすぐに亡くなったはずだ。


(だとしても何故ここに。それも、『女神』として……)


 その瞬間、ノアははっとした。

 女神像の胸元には、トパーズの首飾りが輝いている。ノアは女神像の元に近付くと、ファラズよりも先に手を伸ばした。


「おい坊主、気を付けろよ。一体なんの仕掛けがあるか」

(この首飾り。確かに違和感があるが、呪いの気配は無い)


 黄金色の宝石に触れようとしたそのとき、激しい雷のような衝撃が走った。


「!!」

「っ、坊主!!」


 ファラズが慌てて手を伸ばし、ノアの肩を掴んで引き寄せる。咄嗟に結界を張ったものの、指先には強い痺れが残っていた。


「これは……」


 このトパーズの首飾りには、強い結界が張られている。一流の魔術師によって施された、そんな結界だ。


『いいこと? ノア。結界には主に、ふたつの役割があるの』


 ノアは子供の頃、クラウディアにこう教わっていた。


『ひとつは外の敵を拒み、中にあるものを守ること。そしてもうひとつは、中のものを外から隠したり、出られないように閉じ込めること』


 海の底にある学院が、結界の外殻によって海水を阻んでいるように。

 後宮に誰も侵入できない代わりに、誰ひとりとして逃げ出せないように。


 結界は蓋をして、覆い隠すための機能も持っている。

 だからこそ、気が付くことが出来なかったのだ。


「くそ……」


 ノアは舌打ちしたいのを堪え、ぐっとその手を握り込んだ。


「――ファラズ殿、下がってください。決してこの女神像に触れないように」

「坊主?」


 ノアはファラズの腕を掴むと、いま来た道をそのまま引き返した。


「おい坊主、いきなり何を……」

「このまま引き続き、誰ひとり近付いてはならないとの厳命を続けるべきです。その人間だけでなく、この国に住まう全員の命に関わる問題となる」

「坊主! どういう意味だ、説明しろ!」

「あなたをここから退避させるのが先です。事態は一刻を争いますので」


 転移を使えればいいのだが、それでは警備の魔術師に怪しまれる。ノアはもどかしい思いでファラズを引き摺りつつ、一瞬だけ振り返って女神像を睨んだ。


(……あれは、呪いの魔法道具だ)


 結界によって封じ込められ、何食わぬ顔をして黄金に輝く。

 そんなトパーズの首飾りが、美しい女神の胸元で揺れているのだった。



***


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ