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161 先代の後宮

***



 後宮に割り当てられた自らの宮で、十六歳の大人の姿をしたクラウディアは、にこにことテーブルについていた。


 ファラズの対応をノアに任せた上で、引き続き後宮での情報収集を行う方針だ。しかし、クラウディアがこうして向かい合うのは、王の婚約者ナイラではない。


「皆さまどうか、たくさん召し上がってくださいな。わたくし今日のお茶会を、とっても楽しみにしていたのです」


 クラウディアの言葉に、招待客たちは気まずそうな様子で顔を見合わせる。


 なにしろテーブルについているのは、クラウディアに嫌がらせをしていた姫君たちばかりなのだ。彼女たちはみんな、フルーツやケーキの乗ったお皿を前にして、お互いに居心地が悪そうだった。


(王に毎晩呼ばれている姫に招かれては、断ることが出来ないものね)


 クラウディアは素知らぬ顔で微笑みつつも、くぴりとお茶を飲む。自分の魔法で淹れたお茶も極上の味わいなのだが、ノアに淹れてもらったものには敵わない。


 女の子のひとりは警戒しつつも、カップを引き寄せながらクラウディアに言った。


「あ、あなたね、正妃となることが決まっているナイラさまを差し置いてどういうつもりなの? 連日陛下の元になんて、わきまえなさいよ」

「あら。どうかご安心を」


 お茶と同じく魔法で作り出したのは、お皿の上に並んでいるシフォンケーキたちだ。


 せっかくなのでこの辺りの砂漠で採れるハーブやスパイスを練り込み、甘さの中に独特の深みがある味わいに仕上げている。

 乗せたクリームにはレモンのシロップを混ぜ、上に金箔をあしらってみたのだが、やっぱりノアのケーキには及ばないだろう。


「私は所詮、旅の踊り子。そう遠くないうちにお暇をいただいて、後宮を去っても良いというお約束ですので」

「陛下の妃にならないの!?」

「ええ。自由にお昼寝をしたり、旅をすることが難しくなりそうですもの」


 にっこり笑って言い切れば、女性たちは異質なものを見る目でクラウディアを観察し始めた。

 しかし、クラウディアが遠い異国から来た人間であることは、彼女たちと異なる価値観を持つことに真実味を与えたようだ。


「そ……それでも万が一お世継ぎが出来たら、あなたを後宮から出す訳にはいかなくなるわ。少なくとも御子が生まれるまではね」

「そうよそうよ! 過去にアシュバル陛下のお母さまが居なくなった経緯もあって、王宮は妃の逃亡に目を光らせているって聞いているわ」


 そんな風に言いながらも、彼女たちの手がお茶やフォークに伸び始める。

 クラウディアは首を傾げ、彼女たちが喋りたくなる欲を刺激するために質問した。


「あら。この後宮に張られている結界は、陛下のお母さまがいらしたころとは別物なのでしょう? いまはもはや、後宮から外に出るのは構わないのでは」

「結界が別物? 新参者が何を言っているの。後宮に長くいた叔母さまから聞いた話では、結界の張り直しは、アシュバル陛下の母君がまだいらっしゃった頃のたった一回しか行われていないと仰っていたわ」

「たったの一回?」

「ええ。後宮での日々は変わり映えしないから、そういう出来事はよく覚えているそうね」


 無知な部外者に教えてあげるためという名目を得て、彼女は饒舌になっているようだ。他の女性たちも相槌を打ちつつ、お喋りに花を咲かせ始める。


(後宮の外、宮殿にいる男性たちは結界のことをほとんど知らなくとも、中に住んでいる女性たちはよく見ているのだわ。……後宮の結界を張ったのは、後宮の住人である女性……?)


 クラウディアはふと、ひとつの可能性に気が付く。更なる情報を引き出すべく、彼女に向けて問いを返さねた。


「……長く後宮にいらっしゃったご親族をお持ちなんて、すごいのですね。もしかすると、アシュバル陛下のお母君と親しくしていらっしゃったのでは?」


 国王の生母と仲の良い親族がいることは、後宮では自分を守るための武器になる。そんな事実があれば、彼女は絶対にそれを教えてくれるだろう。


 けれども女性の反応は、想像と少し違っていた。


「私の叔母さまが陛下の母君と親しくなんて、するわけないじゃない!」

(……?)


 どこか侮辱の響きを帯びた、嫌そうな返事だ。その嫌悪感は間違いなく、アシュバルの母親に対するものだろう。


「いくら陛下のお母さまといえども。先王陛下の元から逃げ出して、アシュバル陛下とお父君を引き裂いたお方よ?」

「後宮でも嫌われ者だったって。先王陛下のお渡りも一回しかなかったのに、たったそれだけでお世継ぎを授かれたのが奇跡らしいわ」

「この結界がなかったら、陛下の御子だというのも信じてもらえなかったでしょうね。……もっともアシュバル陛下のお顔は、疑いようもないほど先王陛下によく似ていらっしゃるそうなのだけれど」

「えっ、そんなにそっくりなの? そのことは私、初めて聞いたわ」

「叔母さまいわく、瓜二つの生き写しだそうよ。お若い頃の先王陛下にそっくりで……」


 彼女たちの話を聞きながら、クラウディアは尋ねる。


「どうして陛下のお母さまは、そのように嫌われていたのですか?」

「あなた、話聞いてた? お世継ぎを授かっておきながら後宮から逃げるなんて、あまりにも……」

「そうではなく。いまのお話ぶりでは、後宮を出る前からあまりよく思われていなかったのでしょう? 先王陛下のお渡りが一度だけだったのならば、嫉妬を買ったことが理由でもないはず」


 クラウディアの問い掛けに、女性たちはきょとんとする。


「……さあ、知らないわ。後宮から逃げ出すような人なんだから、嫌われて当たり前だと思っていたし」

「逃げたのだって、後宮に居難くなったからじゃないのかしら?」

「精々あなたも気を付けることね。ちょっと立て続けに陛下からのお声が掛かっているからって調子に乗らないでよ? ナイラさまを泣かせたら承知しないんだから」


 クラウディアにそんなことを言ってくる女性たちだが、ナイラへの心配が本心であることはなんとなく伺える。ひとりの女性が窓の外、この宮と対になる宮を眺めて呟いた。


「もうすぐ満月なのに、ナイラさまはお寂しそう……」

(ひとつ、予想がついたわね)


 クラウディアは俯き、そっと考える。


(いまの後宮の結界を張ったのは、アシュバルのお母さまなのだわ)



***

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