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158 竜と黄金


「――――――!!」


 この距離でも聞こえるほどの咆哮が響き、ノアの鼓膜がちょっぴり心配になる。

 クラウディアは両手でカップをくるみ、小さな口でくぴりとお茶を飲みながらも、視線だけは真摯に火竜を観察する。


(最初に飛翔を封じたわね。さあ次は……)


 とんっと砂の上に着地したノアが、噴射される炎を後ろに跳んでかわす。立て続けに襲い来る炎を軽くいなし、魔法で重力を削いだ体で跳躍すると、一気に竜の体の後ろに回った。


 鮮やかな剣の一撃のあと、咆哮が轟く。


 後ろ足を斬り付けられた竜は、悶え苦しみながら地響きを鳴らし、ずうんと沈み込むように砂上へと伏せた。これで移動を封じられ、人のいる都に危害が及ぶことはないだろう。


(あとは離れた場所に転移させて、翼と脚を治してあげればいいわ。さすがは私の良い子の従僕)


 月が雲に隠れ、辺りが暗くなってゆく。この暗闇に乗じてであれば、弱った竜を他の魔物や人の目に触れない場所で休ませてやれるはずだ。


 竜へと手を翳したノアは、竜を移動させるための転移魔法を使おうとしたのだろう。

 けれどもすぐにそれを止め、目を見開く。


『……姫殿下』


 クラウディアが見ていることを察しているノアが、くちびるの動きで語り掛けてきた。


『竜が、黄金に――……』

「…………!」


 クラウディアはぱちりと瞬きをする。


 水鏡に映し出されたのは、最初に落雷と錯覚した金色の光だった。


 夜空に向かって咆哮する竜の体が、その尾から金色に変わってゆく。竜はそれを嫌がり、暴れるように身を捩ろうとするのだが、金色はその硬い鱗をみるみるうちに侵食した。


『これは、あのグリフォンと同じです。いえ、それどころか』


 まるで冷たい庭に撒いた水が、その端からすぐさま凍り付いていくかのようだ。間違いなく生き物だった竜が、途方もない大きさの金塊へと成り果てる。


(……まずいわね)

『……っ』


 クラウディアが異変を察知した瞬間、ノアが咄嗟に結界を発動させた。

 それと同時、ようやく王宮のほうぼうにある扉が開き、中から魔術師たちが姿を見せる。


「おい、なんだあれは!? 火竜が……」

「陛下が討ち倒して下さった! すぐにあちらに向かわねば……!」


 クラウディアはその中に、先ほどのあの傍らに居たファラズという男の姿を見付ける。そして彼にしか分からないよう、光の文字を綴って飛ばした。


「ファラズさま! 至急陛下の元へ……」

「…………いや」


 クラウディアからの『伝言』を手のひらに受け取ったファラズは、それを隠すように握り込んで周囲に告げる。


「陛下からのご命令だ。指示があるまで、王宮から動くなとの仰せ」

「……!? しょ、承知いたしました」


 動揺する魔術師たちを足止めしたファラズが、「これでいいのか」と言いたげな視線でクラウディアを見上げる。けれどもそこにはもう、クラウディアの姿は無い。


「ノア」


 砂漠に転移したクラウディアは、着せてもらったぶかぶかの上着に袖を通してノアの隣に立つ。


「お前に影響は起きていない?」

「はい。それよりも、どうかお下がりください」


 ノアはクラウディアを庇うように手を翳し、それ以上の前進を妨げた。


「急ぎ結界を張りましたが、万が一ということもあります」

「……ひどく濁った魔力ね」


 クラウディアは、穢れたものに向けるまなざしを竜に注ぐ。

 正しくは、ノアの結界によって半球体の形に覆われた、竜を中心とする一帯を見据えた。中に閉じ込められているのは、竜だった金塊だけではない。


 結界の中に充満するのは、腐臭のごとく膨れ上がった膨大な魔力だ。


「この禍々しい魔力が地脈から、見えない間欠泉のように噴き出しているのだわ」


 恐らく火竜はそれに触れ、だから苦しんで暴れたのだろう。そこをノアとクラウディアに目撃されたのち、黄金化の魔法が発動した。


「うちの国にやってきたグリフォンも、同じようにこの魔力に触れたのかしら」

「……俺がこの竜の元に転移した際は、少なくともこのような魔力は感じませんでした。討伐後、突如地面から噴き上がってきたものです」

「とはいえ私たちが最初に寝所で感じ取った気配は、こうしてみれば火竜のものでは無いわね。こちらの魔力の方だったのだわ」


 クラウディアはくちびるに手を当てて、静かに考え込む。


「……これほどまでの凄まじい魔力を、この三日間で一度も感じ取れなかった。私とノアが……?」

「…………」


 そうしてふと気が付くのだ。


 砂上には、狐を思わせる形をした、小さな獣の足跡が残っているのだった。


***


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