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157 砂漠の火竜

 そうして寝台に転がったクラウディアは、湯気の立つカップを魔法でぷかぷか浮かせつつ、ノアによるお茶を楽しんだ。

 少々お行儀が悪いのだが、久し振りにノアに会って寛いだ気分になったので、こんな怠惰も仕方がないのだ。


 クラウディアにねだられて寝台に腰を下ろしたノアと、お互いにこれまで集めてきた情報を交換しあう。

 ノアは後宮での話を聞き、考え込むように目を眇めた。


「鳥の形をした黄金の弓、特定の宮の水路にだけ流れる魔力、王宮に運ばれた女神像……アシュバル陛下の幼馴染というお方は、後宮で多くの情報をお持ちのようですが」

「本当は、もっと細やかにノアと連絡が取れればいいのだけれどね。後宮の結界の頑強さには驚いたわ」


 寝台にころころ転がったまま、クラウディアはあくびをした。


「無理やり通れないことも、『手紙』を通過させられないこともないけれど……誰にも気付かれずに行うのは無理ね。あの結界を穏便に通れるのは、人間以外の動物だけ」

「魔物や盗賊の出る砂漠にあって、女性だけの後宮は強固に守る必要があります。厳重に守るのは当然ですが、姫殿下」


 空になったクラウディアのカップを手に、ノアはこう続ける。


「後宮に結界を張っているはずの術師が、未だ見付けられていません」

「……」


 カップの代わりに差し出された器に、宝石のように輝くさくらんぼが盛られていた。二つに切って種の取られたそれを、クラウディアは摘んで口に運ぶ。


「さっきノアの傍にいた、お髭の素敵なおじさまには?」

「確認しましたが、あの男も知らないと。……後宮の結界に関しては危険がないよう、アシュバル陛下以外の男には、解除方法なども知らされていないのだそうで」

「そうね。よからぬ目的で結界に侵入される危険もあるもの」


 後宮の女性たちはしっかりと守られているようだ。ナイラのことを思い浮かべ、クラウディアは納得する。


「後宮は広いから、閉じ込められて窮屈とは誰も思わないでしょうけれど。本当に、とっても大きな宮殿だもの」


 窓に掛けられた薄布の天蓋をめくれば、遥かな城下までが見下ろせる。

 砂の中に築き上げられた大きな都は、真夜中に空高くから見下ろしても、月というよりは太陽のように煌めいて見えるだろう。


「先代王はすごいわね。――何もない砂漠からこの広大な国を築き上げるまで、費やした期間はたったの千夜……」


 わずか三年少々の期間で、きちんと機能する大都市を作り上げるのは難しい。

 どれほど優れた魔法や無限の財源があろうとも、それらを動かす人間が有効活用できるかは別の問題だ。


「もっとも私の可愛いノアだって、立派な王さま代理を務めているようだけれど」

「俺は姫殿下の従僕です。……あなたに命じられたことは、なんだって果たすのみ」


 その言葉がやはり可愛くて、手を伸ばしノアの頭を撫でる。ノアは少しだけばつが悪そうに、やっぱりクラウディアの方を見ないままだ。


「姫殿下のお話にあった女神像ですが。こちらも少し事情がありそうです」

「ノアも像のことが気になっていたの?」

「後宮を出入りした『物』の動きについて、一通り調査をいたしました。日用品を除けば数は少ないため、数年前まで容易に遡れます」


 その中でも後宮から王宮に移動したものは珍しく、ノアも気に掛けて調べたのだという。


「どうやら女神像は、アシュバル陛下のご母堂が遺したもののようです」

「お母さまが?」

「女神像の場所は確かめてあります。俺ひとりで見に行くにはファラズ殿の目があり、いささか不自然ですが。姫殿下をお連れすれば、後宮で退屈なさっているあなたに珍しいものをお見せするという名目が出来るかと」

「さすがは私の良い子ね。それじゃあ……」


 クラウディアが言葉を止めた瞬間に、ノアが立ち上がって窓の外を見遣る。


「……ノア」

「ええ」


 ノアは手のひらに光の球を生み出すと、その強い光を窓の外に飛ばす。クラウディアも寝台から降り、ノアに場所を譲られて外の砂漠を見た。


 はるか眼下、雲が月を隠して暗闇となったその砂漠に、金色を帯びた火花が爆ぜる。


「遠雷……いいえ」


 辺りを照らしてくれる光の球が、砂漠のただ中に向かってゆく。


「……随分と、巨大な火竜ね」


 砂漠で暴れ狂うその巨体は、開いた口から炎を噴き上げていた。


 轟音の咆哮が響く度に、凄まじい魔力の波動が迸る。先ほどクラウディアたちが感じ取ったのは、この竜の魔力だ。


 火竜が両翼を広げた姿は、この都に建つ平均的な民家よりも遥かに大きい。

 そして竜は怒り狂っているかのように、その頭を振りながら業火を吐き出して、再び夜空に向かって吠えている。


「俺が対処して参ります。どうか許可を」


 月を隠していた雲が晴れ、黒曜石の色をしたノアの瞳をはっきりと写す。

 太陽の下で見ても綺麗な双眸は、月光を透かしてももちろん美しい。


「許すわ。私のノア」


 そう告げると、跪いたノアは瞬時に転移する。クラウディアは窓の外に向き直り、目の前に水鏡を出現させた。


 遠くの景色を拡大する鏡に、月下の砂漠で暴れ回る火竜の姿を映し出す。直後、火竜の頭上には、まったく別の鮮烈な光が瞬いた。


 強い光を切り裂くように落ちるのは、大きな剣を手にしたノアだ。ノアは真上に剣を構えると、迷いのない動きで剣尖を繰り出す。


 落下の重力を利用して、まずは竜の片翼を切り砕いた。


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