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156 寝所での寛ぎ

 室内に焚かれた香からは柔らかな甘みのある、この地方の花蜜の香りがしている。魔法で快適な温度に保たれた部屋は、とても過ごしやすい。


「見てちょうだい、この閨着。昔読んだ本を参考に作ってみたのだけれど、とっても可愛いでしょう?」

「……」


 クラウディアが纏っている閨着は、柔らかなターコイズブルーのドレスだった。

 軽くて柔らかなそのドレスは短く、太ももの半分くらいまでしか隠さない丈だ。


「この裾の短さ。暑い日でも快適に過ごせる工夫というだけでなく、露出している太ももの形が綺麗に見えるわ。脚のラインが透けて見えるのも洒落ているわよね」

「…………」


 ゆるやかなドレープを描いて広がる裾は、滑らかな曲線を描く太ももの形を滑らかに際立たせた。

 太ももだけでなく肩も出し、華奢な肩紐によって吊る形の衣装になっていて、これにはくったりとした柔らかな質感の布地を使っている。


 銀の糸によるふんだんな刺繍は、美しい花を描いた図柄にした。胸のすぐ下を絞るように結んだリボンは、華奢な体を優美に強調するためのものだ。


「コルセットを着けていなくても、ウエストのくびれがよく目立つように考えられているみたい。背中も大きく空いているから、素肌や肩甲骨を見せることですっきりした印象になるのね」

「………………」


 そしてこの辺りの伝統である織り方をした生地は、上質な手触りでありながらとても薄い。

 そのため少しでも目を凝らせば、閨着からクラウディアの体のシルエットが、太もも以外も透けているのだった。色の着いた光を纏っているかのようで、その軽やかさがとても心地良い。


「それに、ほら」


 胸元は殊更に大胆で、谷間を見せるように大きく開き、大人姿をしたクラウディアの豊かな胸を包み込んでいた。

 ちょうど谷間のところに揺れるのは、雫のようなダイヤモンドの粒を使った首飾りだ。


「胸元がこんなに空いているのに、デコルテが上品に見えるフリルと刺繍が素晴らしいの」

「………………左様で………………」


 そうしてノアは頑なに、クラウディアの方へ視線を向けない。


「ノアが作ったのではないドレスを着るのは、下着以外だと久しぶりね」


 クラウディアはうつ伏せにころんと寝返りを打ち、大きな枕を抱き締めながら笑った。


 下着の類はノアが可哀想なため、クラウディアが自分で魔法によって作り出しているが、人目に触れる衣服はすべてノアに任せているのが日常なのだ。

 思い出せる限りでは数年前、海の底にある学院に入った際の制服まで遡るかもしれない。


「あら? でも、これも下着のようなものかしら」

「姫殿下……」


 クラウディアが太ももの辺りの布地をぴらっと摘めば、ノアが自身の額を押さえて俯いた。


「……ご自覚が無いのであれば、恐れながら申し上げますが」

「あら。もちろんわざとやっているのよ?」

「……………………」


 ノアの眉間の皺がますます深くなる。揶揄っているのを白状した結果、ノアはいよいよ本格的にそっぽを向いてしまった。


「お上着を用意しますので、お待ちを」

「ひどいわノア。せっかく可愛くおめかししたのに、お前が褒めてくれないなんて」

「あなたがお可愛らしいのは、俺などが言い表すまでもありません」

「嫌。ちゃんと言って?」

「……」


 ノアは溜め息をついたあと、顔を上げてクラウディアの目を見る。


「……お美しいです。とても」

「良い子!」


 可愛いではなく美しいと言われ、クラウディアは大満足だ。

 ノアは少し眩しそうに顔を顰めたあと、再び視線を外してしまう。それから何か魔法を使おうとしたので、クラウディアは手を伸ばした。


「どうせ何か羽織って隠すなら、お前の着ている上着が良いわ」

「……承知しました」


 ノアは纏っていた詰襟のボタンを外すと、寝台に乗り上げるように片膝をつく。

 まるで上掛けのように広げ、クラウディアの背を覆ってくれたので、袖を通してからまた寝返りを打って体に巻き付けた。


「この三日間で、何かお困りのことはございませんでしたか?」

「それはもう、たくさん不便があったわ。なにしろノアが傍に居ないのだから」


 何も困っていないとは告げない。クラウディアはノアが日々世話を焼いてくれることに、最上級の評価を向けている。


「けれどこの指輪たちには、とても助けられているわね」


 クラウディアは指に輝く指輪をながめ、目を細める。


「魔法道具造りに関しては、私からノアに指導することはもう何も無いみたい。いまのお前なら、どんな魔法でさえも道具に閉じ込められるのではないかしら」

「……勿体無いお言葉」


 魔法道具とは、さまざまな魔法を物に流し込み、それを閉じ込めたものだ。ドレス生成の魔法のように、あらかじめ決めておいた魔法を発動させる。


 高品質な魔法道具は、たとえ作成から五百年経とうとも、込めておいた魔法が正しく機能するのだ。


 とはいえノアにとっては、魔法道具といえば呪いの込められたものだというイメージもあるのだろう。

 正しく使えば便利なものなのに、ノアはあまり積極的に作成する気にはなれないようだった。


「一刻も早く俺がお傍に戻れるよう、調査を進めます。この三日間のご報告ですが……」

「こちらに来て座りなさいな。でもその前に、ノアの淹れたお茶が飲みたいわ」

「姫殿下のお命じになるままに」



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