表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
160/229

155 寵姫の出迎え

 その夜、後宮にたったひとつだけの門が、外に向かって開かれていた。


 夜間に門が開くのは、実に数ヶ月ぶりなのだそうだ。後宮の姫を乗せるためのラクダは、月を模った装飾の鞍をつけられて、王の寵姫をゆったりした足取りで運んでゆく。


 ラクダの手綱を引くふたりの女性魔術師は、十分にも満たないその道行きを護衛してくれていた。


 その鞍に横座りで腰掛けたクラウディアは、真っ白なベルベットのローブを羽織っている。砂漠の夜は冷えるため、たとえノアの指輪に守られていようとも、ふさわしい装いが必要だ。


 雲を使って織り込んだようなそのベルベットは、月の淡い光を受けてほんのりと輝いている。長い裾の下方には、星を思わせる小さな宝石がいくつも縫い込まれ、散りばめられていた。


 クラウディアが顔を上げれば、王の部屋に続く黄金の扉が見えてくる。そしてその扉の前には、数人の護衛を傍に控えさせたノアが立っていた。


 深いサファイアブルーの詰襟服は、まだまだ成長途中でありながら、しっかりとしているノアの体格をよく魅せている。


 太陽を思わせるような、精緻で煌びやかな金の刺繍が施され、それが遠目にあっても美しい。

 クラウディアが与えた耳飾りだけでなく、首飾りや腕輪に指輪といった装飾品を身に着けている姿は、いささか珍しいものだ。


 正しい姿勢で立つその姿は、見ている者も自然と佇まいを直したくなるほどだ。王らしき悠然とした余裕がありながら、剣士としての自然な警戒も怠っていない。


 それらが重なり合って生まれる威厳を前にしては、誰もこれが偽物の王だなどと思わないだろう。


(ふふ)


 三日ぶりに顔を合わせるノアは、眉間に少し皺を寄せている。


 それがあまりに可愛くて、クラウディアは小さく微笑んだ。するとノアではなく、その左右に立つ護衛たちの方が動揺して息を呑み、クラウディアに釘付けとなって惚けた目をする。


「……驚いた。絶世の美女とは、まさにこのこと」


 ノアの一番近くに立つ男が、小さな声で呟いた。

 遠くから集音魔法でそれを耳にしたクラウディアは、彼とノアの距離感が少し近いことに気が付く。ノアがうるさそうに顔を顰める様子も、王宮でその男と頻繁に会話を交わしているからこそなのだろう。


(アシュバルが言っていた、事情を知る側近のおじさまかしら。名前はファラズ……)


 ノアの素直な表情を見て、王宮内にそんな相手がいることを嬉しく思った。クラウディアを乗せたラクダは、そのままノアの前でゆっくりと止まる。


 クラウディアは高い鞍の上から、ノアを見下ろして柔らかく告げた。


「私の我が儘を聞き入れ、今宵お時間を割いてくださったこと。心から嬉しく思います、陛下」


 そうして次に、ノアの方に右手を差し出す。


(いまの私は主君でなく、王であるお前の寵姫よ。――分かるわね?)


 そんな意図を込めて微笑めば、渋面のノアは小さく溜め息をつく。


 その上で一歩踏み出すと、クラウディアの述べた手を取った。

 クラウディアの体が魔法でふわりと浮き、纏っている純白のローブが翻る。裾に散らした宝石がたいまつの光に瞬いて、まるで流星群のようだ。


 そうして鞍から降ろされたクラウディアの体は、ぽすんとノアに抱き止められる。

 ノアはクラウディアの背中に腕を回し、大切な壊れ物を扱うように抱き締めると、耳元でこう囁いた。


「――『ディア』」

「!」


 クラウディアのことを呼んだのは、低くて少しだけ掠れた声だった。

 本当の名前を使った偽名のため、まるでノアに愛称を呼ばれているかのようだ。やさしく梳くように髪を撫でたあと、静かにこう尋ねてくる。


「後宮で、不便な思いをしてはいないか」

「……ええ、陛下。いただいた贈り物のお陰で」


 そう教えると、少しだけ安堵したようだ。

 ノアはクラウディアへの華美な賛辞を口にするでもなく、それでいて周囲に見せ付けるように口説くのでもなく、ただ願う。


「早く寝所へ。……ふたりだけになりたい」


 そんな端的な言葉こそ、却って周囲には説得力があったのだろう。周囲の護衛たちは驚いたあとに、恋人同士の触れ合いにあてられたかのような雰囲気で、少し咳払いなどしながら俯いた。


(満点ね。私のノア)


 この様子を見た者は、クラウディアが王の寵姫であることを疑わないだろう。

 クラウディアが後宮を調べていることも、この逢瀬が互いの情報共有であることも、すべてを完璧に覆い隠してくれたはずだ。


(黄金の鷹が見付かった後にはアシュバルの口から、『ディア』は後宮調査のための人員だったと説明される手筈だもの。私の存在がナイラに長期的な悪影響を及ぼす心配もないわ)


 クラウディアはノアから身を離すと、間近に見上げてにこりと笑う。


「……抱っこして?」

「………………」


 小さな頃と同じ言葉で甘えると、ノアは頭痛を我慢しているかのような顔をしたあとに、クラウディアを横抱きに抱え上げてくれたのだった。



***



「……姫殿下……」

「ふふっ。会いたかったわ、可愛いノア」


 その寝台に降ろされたクラウディアは、白いローブを脱いで転がると、シルクのシーツが露出した肌に触れる感触を楽しんでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ