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151 凛とした姫君


 クラウディアは内心の思惑を隠し、無邪気なふりをしてにこっと笑う。


「お姉さん、こんにちはあ!」

「…………」


 元気いっぱいの挨拶をすれば、ナイラは僅かに目を眇める。


「あのね! 私、ごえいさんなの!」

「……護衛?」


 てててっとナイラの前に駆け出したクラウディアは、小さな手足を大きく動かしながら説明した。


「ちょっぴりだけ魔法がつかえるから、それでこの子をひんやりさせながら来たのよ! あとちょっとでゴールなの!」

「……君は一体、何を言っている」

「おいで!」


 クラウディアは振り返り、姿が見付かりにくくなる認識阻害の魔法を解いた。


「!」


 現れた大きな蛇の姿に、ナイラが目を丸くする。


「この子のおうち、ここですか?」

「ミラ……!」


 どうやらこの蛇の名前は、ミラというらしい。ナイラは蛇に駆け寄ると、心配そうに屈み込んで声を掛けた。


「ミラ、大丈夫か!? よかった、心配したんだ……」


 ナイラに抱き締められた蛇は、心地良さそうに目を細める。『女の子だったのね』と納得しつつ、クラウディアは蛇に微笑み掛けた。


「よかった、やっぱりこっちがおうちなのね! ごえいのお仕事、これでおしまいー」


 両手をあげてぴょんと跳ねれば、ナイラは蛇から身を離してクラウディアの前に膝をつく。


「君がミラをここまで連れてきてくれたのか? ありがとう、礼を言う……」

「えへへ。なかよしになったから、一緒にきたの!」

「……見慣れない顔だな。君はもしや、先日この後宮に新しくやってきた姫君の……」


 クラウディアは後ろで手を組むと、可憐で幼い少女そのものの振る舞いで告げた。


「――『アーデルハイト』」


 この辺りでは珍しいであろう名前の響きに、ナイラがわずかに目を見開く。

 前世の名前を名乗ったクラウディアは、可愛らしく首を傾げながら続けた。


「これが私のおなまえ! ディアねえさまのおてつだいをして、お行儀をべんきょうするために、こーきゅうに来たの!」

「……そうか」

「おねえさんは、おなまえなんていうの?」


 彼女を呼ぶために尋ねると、ナイラは胸に右手を当てて真摯に答えてくれる。


「私はナイラ・エル・バラク。現時点で、最も長くこの後宮に住む者だ」

「じゃあ、おねえさまの『せんぱい』!」

「ふ。そうだな」


 クラウディアを見て微笑むナイラは、恐らく子供が好きなのだろう。クラウディアが辿々しく喋るたび、彼女の凛とした雰囲気の中に柔らかさが滲んだ。


「この蛇は私の友人でミラという。この国では蛇は不吉を象徴するので、みなを怖がらせないように存在を隠していたのだが、まさか庭から逃げ出すとは……」


 ナイラの手がやさしく蛇の頭を撫でる。


「私の不始末で、ミラには可哀想なことをした。君にも手間を掛けたな」

「ううん! ミラといっしょ、たのしかったよ!」

「ありがとう。なにかお礼をしたいのだが……果物などを出すにも、まず君の姉君に許可を取る必要があるな」


 ふむ……と考え込んだ様子のナイラを見上げ、クラウディアは小さな手を挙げた。


「わたし、ナイラおねえさんとおしゃべりしたい!」

「私と?」

「うん。ディアねえさまお昼寝してて、たいくつなの……だめ?」


 潤んだ瞳で甘えて見つめると、ナイラは「うっ」と唸って左胸を押さえる。


「……駄目じゃないさ。私でよければお相手いただこう」

「わあい! ありがとう、ナイラおねえさん!」

「ただ、少し待っていてくれないか?」


 ナイラは振り返ると、水路の横に植えられた椰子の木に歩いてゆく。その根元に転がっていたのは、美しい装飾の施された弓だ。


「ミラが居なくなったのに気付いたとき、慌てて放り投げてしまったんだ。この弓を片付けてこなくては」

「おねえさん、弓のれんしゅうしてるの? かっこいい!」

「ありがとう。そんなに大袈裟なものではないのだが、弓の扱いの訓練が私の日課なんだ」


 飾られたナイラの手が、愛おしそうに弓を撫でる。金色の輝く弓には、太陽と月をモチーフにした紋様が彫り込まれていた。


 あちこちに宝石も嵌め込まれ、繊細な細工がなされている。位の高い姫が手元に置いても違和感のない、武具というよりも美術品のような仕上がりだ。


 そしてなによりもその弓は、一羽の鳥が大きく翼を広げた姿を模ったような、そんな装飾が施されていた。


(黄金に輝く、まるで鳥のような造りの弓――……)


 ナイラはその弓から弦を外しつつ、足元の蛇に微笑みかける。


「ミラ。私が弓を仕舞いに行く間に、アーデルハイトを案内してくれるか?」

「……わあい! つれてって、ミラ!」


 クラウディアはにこにこと喜びつつ、ナイラには気付かれないように、その弓へと視線を向けるのだった。



***



 ナイラの宮に招かれて早速、クラウディアには気が付いたことがある。


(――この子。いま王宮にいる『王』がアシュバルではないことを、察しているのね)


 清らかな水が湧き出る宮内の庭で、ナイラはクラウディアにいろんな話をしてくれた。

 クラウディアは凍らせた果物をもぐもぐと食べながら、彼女の本心に気が付いたのだ。

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