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150 幼い姿で




 肩の出たワンピース状の少女らしいドレスは、透き通った布地を幾重にも重ねている。編み紐の涼しいサンダルを合わせ、金色の丸いアンクレットを足首につけた。


 ミルクティー色をした長い髪を、本当の六歳だった頃ノアによく編んでもらっていた編み込みをしつつ、くるんと後ろでねじるようにして纏めておく。


 クラウディアが幼い子供の姿になったのは、この大蛇を送り届けるためだった。


「もう少しであなたのおうちよ。あつくないかしら?」


 蛇は返事をするように頭を揺らす。どうやらこの大蛇がやってきたのは、クラウディアに与えられた宮と対になる宮らしいのだ。


『砂漠に逃がしてあげる』と大蛇に話したとき、何かを訴えるように蛇が顔を向けたのは、後宮の反対側にある宮だった。


(アシュバルの婚約者だという、ここで最も位の高い姫君が住んでいる宮……)


 あの宮で飼われていた蛇が外に逃げ出し、クラウディアを驚かせたい女性たちに捕まってしまったのだろう。

 そのためクラウディアは蛇の護衛を兼ねつつ、暑さで弱らないように魔法で涼ませながら進んでいた。


 遣いを出して迎えに来てもらわなかったのは、この蛇に事情があるのではないかと推測されたからだ。


(この子の存在が後宮で知られているのであれば、私への嫌がらせに利用されたりしないはずだもの。こっそりと秘密裏に飼われているのだわ)


 それならば同じようにこっそりと、大蛇を宮の中に帰してあげなければならない。

 そしてクラウディアはとある予想を立て、子供姿に変身した。周りから姿を察知されにくくする魔法も重ね、ここまで歩いてきたのである。


「ふう。ようやくついたわね、ヘビさん」


 目的の宮を取り囲む壁に身を隠し、クラウディアはひそひそと話し掛けた。壁で隠されている死角の向こうには、クラウディアの宮と違い、見張りとなる女性魔術師たちが立っている。


(転移や侵入用の魔法を発動させると、結界に感知されるはず。それなりに多くの魔力を消費すれば対処できるかもしれないけれど、出来れば避けたいもの)


 そうやって魔力を使いすぎて、知らない人の宮で眠くなるのはいただけない。ここには甘えられるノアがいないので、眠たいときは自分で寝所を確保しなくてはいけないのだ。


 十三歳になっても相変わらず、クラウディアは魔法を使い過ぎると眠くなる。

 はっきりと口に出さないものの、数年前からノアがそのことを案じているのには気付いていた。


「……ヘビさん。どこから来たのか教えてくれる?」


 クラウディアがそっと尋ねると、蛇はするするとクラウディアを誘導するように動き始めた。そして案内されたのは、壁の一部がぼろりと崩れた穴の前だ。


「やっぱり。あなたが逃げ出しているということは、出入りできる場所があるということだものね」


 そしてこの蛇が入れる綻びは、子供姿のクラウディアであれば、十分に入ることの出来る大きさだった。


 宮の内側にさえ入れれば、そこからは他の人たちに気付かれず、飼い主の元に戻れるだろう。

 クラウディアはあと少しだけ、蛇が暑くない場所まで送り届けてあげればいい。


(子供姿の方が都合が良いわ。そのついでに、色々と探れるものね)


 蛇が先に中へ入ったあと、クラウディアが真似をして穴を通り抜ける。入り込んだ壁の内側で、クラウディアはぷうっと息を吐いた。

 そこは噴水と、オアシスの周辺でよく見られる植物に彩られた庭だ。


(……気配がする)


 クラウディアは内心で分析しながら、ことさら子供っぽく明るい調子で声を上げた。


「ヘビさん、おうちについたからもう少しだよ! きっとママに会えるから、いっしょに行こうね!」


 するとがさがさと音がして、誰かが足早にこちらへと向かってくる。クラウディアはようやくそれに気が付いたというふりをし、きょとんとした演技で振り返った。


「――そこの子供」


 そこに立っていたのは、凛とした雰囲気を帯びた美しい少女だ。


 月が明るい日の夜空を写したような、鮮やかで深い青色の髪。

 すらりとした長身に、細くて華奢な印象を受ける体型の彼女は、その双眸にはっきりとした意思を宿していた。


 重そうに見えるほど長い睫毛が、何処か神秘的な雰囲気を帯びている。

 彼女は眉根を寄せ、突き放すような冷たいまなざしでクラウディアと大蛇を見ると、淡々と冷静にこう尋ねてきた。


「私の庭で、何をしている?」


 身につけている宝飾品ははさり気ないものの、どれも見るからに一級品だ。

 そのように飾り立てていても、正しい姿勢でクラウディアと対峙する彼女の雰囲気は、ストイックな武人に近いものがあった。


(……この子がアシュバルの婚約者)


 六歳の少女の姿をしたクラウディアは、何も分からないそぶりで瞬きを重ねる。

 けれども彼女が現れるであろうことは、当然予想が出来ていた。


(後宮で最も身分が高いとされる、ナイラ姫ね)


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