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147 王と偽る


 三人の文官に伴われてやってきた男は、この国の大臣のひとりだという。


 ノアとその大臣とは、薄く透き通った布飾りで仕切られていた。玉座から見下ろす膝下に、ふんだんに刺繍の施された衣服に身を包んだ大臣が跪く。


「陛下におかれましてはご機嫌うるわしゅう。まずは無事のお戻り、何よりでございました」

「……」


 ファラズからの視線が向けられた。ノアは先ほど、ファラズにこう告げられてもいるのだ。


『王の機嫌を取るために、連中は長々とおためごかしを挙げ連ねる。退屈だろうから黙って聞き流しても構わんぜ、従僕の身にはきついだろ?』

(…………)


 けれどもノアは黙ってその男を見据え、彼が王に向ける所作を観察する。


 臣下が取るべき振る舞いは、国によって文化が異なるものだ。こういった機会において学ぶことが、いつかクラウディアのために役立つかもしれない。


 ノアが眼下へと向けるまなざしに、ファラズは気が付いたようだ。物好きを見るような気配を察したが、無視して観察を続けた。


「偉大なるアシュバル陛下。あなたさまの存在こそが、この国を輝かせる太陽にございます。黄金の神たる陛下の威光は、どのような雲に覆われようと翳ることはございません。今日という新たなる一日の始まりが、陛下の更なる栄光の第一歩になりますよう」


 臣下の男は、やはり王の顔を見ようとはしない。跪いて挨拶をし、懇々と王の素晴らしさと国の豊かさを喜び讃えた上で、ようやく手にしていた書類を差し出してくる。


 それを受け取ったのはノアではなく、薄布の向こう側に立つ文官だった。


「この文書につきましては、偉大なる王のお目に触れるにふさわしいものであることを、私の名誉にかけて誓約いたします」


 続いてふたりめの文官が受け取り、まったく同じ文言を口にする。


「……この文書につきましては、偉大なる王のお目に触れるにふさわしいものであることを、私の名誉にかけて誓約いたします」


 そこから三人目に渡り、その男も先のふたりと同じ言葉を口にした。


 その上で文官はファラズの元に向かい、書類を手渡す。ファラズは受け取って目を通し、それが問題ないことを確認したらしく、ノアの傍らに戻ってきた。


「陛下」

「……ああ」


 書類一枚を王に見せるだけで、踏まなければならない手順がいくつもあるようだ。ファラズが恭しく差し出してきた書類を、ノアは受け取った。


(……国家機密に抵触するような内容じゃない。当然といえば当然だが、俺の元に出されるものの内容を絞り込んでいるな)


 誰の采配かは聞かされていないが、繊細な調整が可能な人物の仕事だろう。ノアは極力王らしき振る舞いで、ひとつひとつをやり過ごせばいい。


(『この場で結論を出さず、後日調整して回答する旨を伝えて、提言した者を帰す』……)

「……?」


 ノアの数秒の沈黙に、警戒したらしきファラズが口を開いた。


「……陛下。こちらの件におかれましては、なにとぞ早急に結論を出されることなく……」

「分かっている。……だがその前に、いくつか確認しておきたい」


 ノアは静かに目をすがめ、書類から提言者である大臣へと視線を移した。


「水路拡大の事業を行うにあたり、人員の大半を他国からの魔術師とする計画が前提になっているようだが。これではこの国の魔術師に、多数の失業者が出る計算になる」


 淡々とそれを指摘すれば、それまで訝しげにノアを見ていたファラズが目を見張った。


「今回の国家事業において、自国の技術者を使わない意図はなんだ?」

「……っ」


 一方で尋ねられた大臣は、僅かな焦りを表情に滲ませる。


「そ……れは。他国からの知識を定期的に取り入れることが、この国の発展に繋がることかと考えまして」

「であればこの書類だけではなく、招致する魔術師がどのような知識を持ち、これまでどういった成果を上げているかが明白となる資料が必要だ。それがなければ検討の余地がない」


 慌てて顔を上げようとした大臣が、すぐに再び跪く。


「……仰る通りです。しかし恐れながら陛下、この魔術師たちは支払い報酬も我が国の魔術師より安価であり、長い目で見ていただければそういった利点もあるかと……」

「それについても具体的な数字を。第一に国の都合で失業した者に対しては、しばらくの手当金を出すのがこの国の規律だ。その際に支払う金額と、異国の魔術師がこの国の水資源に関する事情に馴染むまでの期間に発生する費用、それらを踏まえて判断する材料が足りない」


 ノアはそう言いながら、さりげなくファラズの方を一瞥した。

 ファラズが我に返ったように肩を跳ねさせ、それから頷く。ノアは再び大臣の方を見遣り、こう続けた。


「議論の場に上げるにあたって、この内容では不足がある。ひとまずこの場で受理しておくが、議論開始の期日までに補足資料を提出しろ」

「……承知、いたしました。我らが太陽、偉大なる陛下のお言葉のままに」


 大臣は深く頭を下げる。少々ばつの悪そうな文官たちと共に退室し、謁見の間はノアとファラズのふたりだけに戻った。


「……坊主、お前さん……」

「ご指示の通り一切の決断をせず、『今後議論して判断する』という回答をいたしましたが?」

「おいこら。絶対に確信犯だろうお前、この!」


 頭を触られそうになったので、ノアは無言でファラズの手をかわす。


「俺がこの対応を取った際、内心でほっとした癖に何を」

「……言うねえクソガキ……」


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