142 王との交渉
その上でにこりと笑顔を作り、アシュバルに向かって問い掛けた。
「黄金の鷹、ってなあに?」
「それは……」
クラウディアの問いに、アシュバルは人差し指をくちびるの前に立てる。
「悪いが教えるわけにはいかねえ。これについては国家機密で、意図しない人間に知られちまった場合は『口を封じる』ことになってるからな」
「わあ。こわーい」
「無茶な頼み事をした上に、そんな危険を負わせる訳にはいかねえよ。だからすまねえ、黄金の鷹については黙秘させてくれ」
「アシュバル陛下」
静かに歩み出たノアが、クラウディアを庇うように立って言う。
「我々にとっては依然として、状況が不透明なままです。私に『代わりに王になれ』と仰せですが、それが黄金の鷹が盗まれたことに関連するのですか?」
「その通り。俺は黄金の鷹を探すため、王宮を不在にしなくてはならない」
「はーい! 私、分かった!」
年齢よりも幼く元気な振る舞いを意識しつつ、クラウディアは明るい挙手をした。
「だからアシュバルは自分が探されないよう、ノアにアシュバルのふりをさせたいのね?」
「ご名答!」
おおよそ察していたことではある。『黄金の鷹』についてが機密であれば、外でそれを探せる人間が限られているということだ。
「黄金の鷹が盗まれたことは、王宮の人間でも一部しか知らない。この国の存続に関わるからな」
「でもアシュバル。さっき会ったばかりの私とノアに、そんな大事なことを頼んで平気なの?」
「我が主のお言葉が正しいかと」
ノアはクラウディアの言葉を継ぐように、引き続きアシュバルを警戒しながら言う。
「アシュバル陛下の影武者となった私が、あなたさまやこの国に不利益な行動をしないとは限りません。最悪の場合、そのまま私に王宮を乗っ取られる可能性もあることをいかがお考えですか?」
「生憎だが、その可能性はハナから想定していない」
「……何故、そのようなことを」
怪訝そうなノアのまなざしに対し、アシュバルは口の端をにっと上げた。
「それはな、目だよ!」
「……目……?」
「ああノア、あんたの誠実そうで真っ直ぐな目を見たからだ。餓鬼の頃から盗賊として生きてきて、数年は王の経験もした、そんな俺の直感というやつだな」
「…………」
快活に言ってのけるアシュバルの言葉が、ノアには到底理解できないようだった。
「その直感の暁に、私がこの国を我が物にしても構わないと?」
「絶対に有り得ないと言い切りたいところだがな。万が一そうなったとしても、真贋を見極めるまなこを持たない愚かな王の国よりも、ずっと良いものになるだろう」
無言で目を細めるノアの様子を見て、クラウディアはくすっと笑う。
(ノアの誠実さは確かだもの。アシュバルの言う直感というものは、結構当たっているようね)
けれどもノアからしてみれば、信じられない生き物を見るような心地なのかもしれない。
「……クラウディアさま。いかようになさいますか?」
アシュバルには姫という身分を明かしていないので、いつもの『姫殿下』とは違う呼び方をされる。クラウディアはにこにこ笑いながら、迷うことなく答える。
「いいよ! 私、アシュバルにノアのことを貸してあげるね!」
「……」
ノアにとっては予想通りだろう。一方でアシュバルは、安堵したように息を吐き出した。
「こいつは有り難い……! もちろん、俺とこの国に出来る礼ならばなんでもする。見たところ高貴な身の上だろうし、少々の財宝に興味は無いかもしれないが、数年分の国家予算程度の金額ならすぐにでも――」
「いらない」
「!」
クラウディアは首を傾け、にこりと微笑んだ。
「私にもちゃんと、アシュバルへのお願いがあるもん」
「……はは、分かるぜ。これは相当なおねだりをされちまう顔だな」
冗談めかしてアシュバルが言うものの、その表情は引き攣っている。クラウディアの本性を察知しているのだとしたら、やはり彼の勘は優秀ではないだろうか。
「私、この近くの国にお友達がいるの。前に一緒に遊んだお兄さんで、だけどなかなか会えなくなっちゃったんだ」
「へえ。そいつはどこの国だ?」
「あのね」
クラウディアは微笑んで告げる。
「レミルシア国、っていうのよ」
「……!」
クラウディアが口にした国名は、かつてのノアの祖国だった。アシュバルが僅かに目を瞠り、息を吐く。
「……なるほど。あの国は最近巨大な結界を張って、気軽に出入り出来なくなったようだからな」
「もにふくす? っていうんだって。国王さまが亡くなっちゃって悲しいから、そうやって国全体でお葬式をするんだよ。でも私、レミルシア国のお友達に会えなくて寂しいの」
にこにこと無邪気な笑みを続けながら、クラウディアは言う。
「アシュバルにノアを貸してあげる。だからアシュバルも、黄金の鷹を見付けて王さまに戻ったあとは、レミルシア国の結界を見張って。不思議なことがあったら教えてほしいな」
クラウディアの要求は、つまりある意味での同盟だ。
「だってクラウディア、お友達が心配だから!」
「……いいだろう」
クラウディアが無邪気な子供ではないことを、アシュバルはとうに分かっているだろう。
しかし彼との交渉は、恐らくこのくらいでちょうどいい。想像した通り、アシュバルは大きく息を吐き出して笑った。
「やはり俺は、何処までいっても盗賊の性分だな。人助けをしてくれと頼み込むよりも、お互いに利のある約束の方が安心出来る」
「えへへ。どっちにも良いことがあるの、嬉しいよねえ」
そしてクラウディアは、無事に貸し出される運びとなったノアを見上る。
「それから、私もノアと一緒に行く! ノアが王宮に行っちゃって、なかなか会えなくなったら嫌だもん」
「おっと。そうしてやりたいのはやまやまだが、王宮に女が入るとなると……」
アシュバルが言葉を濁し、ノアをちらりと見遣る。
「何か?」
「……怪しまれず、正規の手続きでクラウディアを王宮に入れる方法はある。あるが、どうする?」
「方法による、としか申し上げられません」
きっぱり言ったノアに対し、アシュバルは「だよなあ」とひとりごちた。
「アシュバル。どうやったら私も王宮に行けるの?」
「それはな。王のために召し上げられることだ」
「めしあげ?」
「つまり――」
アシュバルは長椅子に座る姿勢を崩し、煌びやかなシルク生地に包まれたクッションに身を預ける。
「――後宮入り。王のふりをするノアの夜伽相手として、献上される姫君になるのさ」




