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138 砂と黄金の国

 クラウディアは頬杖のまま、微笑みながらノアに告げる。


「きっとお前の言う通りね。あれは呪われた末に何処かから逃げて来て、その過程でたまたまこの国に落下した」


 落ちてしまうことを悟ったグリフォンは、少しでも障害物のない場所を選ぼうとしたのだろう。それが城の上空だったのは、王都の街並みよりも緑が豊かだったからかもしれない。


「私を狙おうとしたのも。混乱の中で一番弱そうな存在を殺して、その隙に逃げようとしただけだわ」


 少し可哀想にも思えてくる。

 ノアの前でクラウディアを狙った以上、あのグリフォンの命はそこで終わりだ。けれどもきっと何もしなくとも、グリフォンは間も無く息絶えていただろう。


「あれは、ものを黄金に変える呪いよ。――生き物、あるいはすべての物質を」

「……『黄金の鷹』……」


 ノアが小さく呟いた言葉に、クラウディアは微笑んだ。


「その噂を聞いたのは三年以上前、砂漠のオアシスに作られた国だったわね。当時の王さまが亡くなったばかりで、国中がひどく混乱していたわ」

「通常であれば王が変わったところで、民に影響はありません。……ですが、あの国は」

「ええ」


 三年ほど前の記憶を辿り、クラウディアは目を伏せる。


「後継者となり得る唯一の王子が、行方不明になっていた。お妃さまが赤ちゃんごと後宮から逃げ出して、十五年もひっそりと市中で育てていたために」


 そのため王宮は総力を上げて、国中すべての『十五歳の少年』を集め、王子を探し回っていたのだ。


「ふふ。ノアが大人姿になれないから、私だけ大人姿になってあの国に滞在したのよね。私がノアのお姉ちゃんという設定で、とっても楽しかったわ」

「……姫殿下がご満足なのでしたら、それが何よりです」


 当時のことを思い出したのか、ノアは複雑そうな顔をしている。クラウディアはくすくすと笑いつつも、窓の外を見遣った。


「砂と黄金の国シャラヴィア。国宝は、その国を千夜で築き上げたという先代王の持つ、『黄金の鷹』と呼ばれる財宝……」


 窓硝子に指で触れれば、ひんやりと冷たい。


「ねえノア。やっぱり、この国の十二月は寒いわね」


 脈絡のないクラウディアの発言に、ノアが何かを察した顔をした。


「……室温を調整いたしますか?」

「魔法で部屋を温めるのもいいけれど、もっと開放的に過ごしたいの。叙勲の儀も終わったことだし」


 人差し指を頬に当て、首を傾げて考えるふりをする。そんなことをしなくとも、恐らくノアはお見通しに違いない。


「そうね、たとえば」


 クラウディアはにこっと笑い、たったいま妙案を思いついたかのように口にする。


「――暖かい国に行く、なんてどうかしら?」

「……姫殿下の、お命じになるままに」


 すぐさま頭を下げたノアに、クラウディアは「いい子」と言葉を向けるのだった。



***


 西の大陸にある砂漠地帯は、その大陸を北と南に分断するような位置に広がっていた。


 砂に囲まれた過酷な場所であり、旅をすれば死人が出ることも珍しくはない地域だ。けれどもその広大な砂漠こそが、北と南を繋ぐ唯一の土地なのだった。


 この世界には転移魔法という移動手段があるが、その魔法は誰にでも使えるものではない。

 仮に使えたとしても、重量や距離には制限があり、よほどの才覚がなければ砂漠を渡り切るのは難しいだろう。


 かといって北と南には、それぞれ大陸で一二を争う大国が存在している。二カ国のあいだでは商いもあれば、人の流れも存在しているのだ。


 よって砂漠を渡る職業は、この大陸においての要職とされた。

 人々は大金を稼ぐために、何日も掛けて砂漠を渡る。これらの隊商や砂漠案内人にとって重要なのが、砂漠の中央にある巨大なオアシスだ。


 シャラヴィア国という名前の新興王国は、そのオアシスを擁する形で築き上げられた、小さくとも凄まじい活気に満ちた国である。


「ぷわあ……っ」


 建物の陰に入ったクラウディアは、顔を覆っているヴェールを外して息をついた。

 日差しを跳ね返す一面の砂が、凄まじい熱気を帯びている。上からも下からも照り返す陽光は、この国全体を黄金のように輝かせていた。


 砂の中に埋められた石畳の道は、遠くに見える王宮に続いている。その左右に立ち並ぶ屋台からは、店主たちの朗々とした声が響いていた。


「さあさあそこの旅人さん、安くしておくよ! 砂漠を渡るときの命綱。保存の効く干し肉はいかが?」

「たくさん歩いて疲れただろう、よく冷えたパパイヤは食べたくないかい? ほうら一口食べていって、たくさんおまけするからさ!」


 砂漠の街を埋め尽くすのは、たくさんの荷物を背にした人たちばかりだった。

 日中という酷暑の時間帯の所為か、この国に住まう人は出歩いておらず、外から来た旅人が行き来しているのだろう。


「三年ぶりに来たけれど、あのとき以上の活気だわ。ねえノア」

「……姫殿下」


 上機嫌で街を眺めるクラウディアを見て、ノアは静かに息を吐いた。


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