137 黄金の鳥
「うわあっ!!」
空を切り裂く光と共に、貴族たちが怯えて悲鳴を上げる。突風が辺りに吹き荒ぶ中、グリフォンは翼を広げてそれに耐えた。
「どうなっているんだ、まったく喰らっていないぞ!!」
「姫殿下の従者の魔法が外れた……!?」
(馬鹿共が。何を見ている?)
あまりにくだらない叫びを聞き、フォルクハルトは鼻白む。ノアという名の魔剣士が放ったのは、グリフォンを攻撃するためのものではない。
「お下がりください。姫殿下」
「ありがとノア! 私、とーさまの後ろにいるね」
そう言って笑ったクラウディアが、フォルクハルトの傍に駆けてきた。
フォルクハルトは腕を広げ、マントの影に姫を庇ってやりながら、改めて観戦を続けることにする。
「クラウディアよ。お前の騎士はわざと初手で攻撃せず、グリフォンを減速させることに徹したな?」
「うん! だって、さっきの位置関係でノアが攻撃しちゃうと……」
マントの影からひょこっと顔を覗かせたクラウディアが、事も無く無邪気に笑ってみせた。
「グリフォンが落ちて来た衝撃で、クラウディアの髪がぐちゃぐちゃになっちゃうもん!」
「っ、ふ」
そのときだった。
けたたましいほどの悲鳴と共に、グリフォンが地面に衝突する。
見ればクラウディアの騎士となったノアが、絶命したグリフォンの背を踏み躙り、深く剣を突き立てていた。
「おお……!!」
先ほどまで怯えていた貴族たちが、途端に歓声を上げ始める。
「なんということだ。一頭いれば町ひとつ滅ぼせるグリフォンを、こんなにも容易く!」
「……」
ノアは平然とした顔で剣を抜くと、グリフォンの背から飛び降りた。魔法で作り出した剣を消し去って、フォルクハルトたちの前に跪く。
「終わりました、国王陛下。姫殿下」
「おつかれさま、ノア!」
「よくやった。初陣にしては物足りなかったか?」
「滅相もございません。陛下の御前で剣を振るう機会をいただけたこと自体、この身に余る光栄です」
フォルクハルトは笑い、カールハインツを振り返る。
「師のお前にとっても鼻が高いだろう。これを褒めてやれ、カールハインツ」
「ご命令には及びません。ノアがこの先も姫殿下をお守りしていくためには、この程度できなければ話になりませんから」
そしてカールハインツは、フォルクハルトにまなざしを送った。
「今はそれよりも、陛下」
「……ふむ」
フォルクハルトは改めて、その『異物』であるグリフォンを見遣る。
貴族たちも異変に気が付いて、ざわざわとどよめきを上げ始めた。ノアはクラウディアを守るように立ち、自らが倒した獲物を睨み付けている。
そのグリフォンの姿は、先ほどまでとは明らかに変質していたのだ。
両翼を覆っていた白い羽毛も、獅子の体も何もかもが、黄金の物質に変わっていた。カールハインツが歩み出て、金属になったグリフォンに手を翳す。
「そのグリフォンはなんだ。カールハインツ」
「……純金です」
「なに?」
分析を終えたカールハインツが、苦い表情で口にした。
「先ほどまで生き物だったはずのグリフォンが、純金の塊……『金属』に変化している模様」
「――――……」
***
王城内に作られた自室に戻ったクラウディアは、その窓から騒動の跡地を眺めていた。
式典用の白いドレスからは着替え、いまは深みのある赤色のドレス姿だ。外出用ではない普段着のドレスは、軽くても寒さからしっかり守ってくれる。
普段は真っ直ぐでさらさらしている髪は、儀式用の編み込みを解いたあと、魔法で巻いてふわふわのウェーブスタイルにした。
ゆったり過ごせる格好でノアのお茶を呑むと、体がぽかぽかと温まる。
クラウディアは、ここまでの身支度を整えてくれた功労者を見上げた。
「お前もゆっくり休んでいいのよ? ノア」
「ありがとうございます。――ですが、特に体力を消耗してはいませんので」
グリフォンを数分で葬り去ったこの従僕は、嘘偽りなく涼しい顔をしている。クラウディアはくすっと笑ったあと、頬杖をついて再び窓の外を見やった。
「あの純金の塊。お金にしたら、何人の国民が生涯遊んで暮らせるかしら?」
グリフォンだった金色の塊を、複数人の魔術師が取り囲んでいる。黄金をどのように処分するかはあとで会議に掛けられるようだ。
「父さまはあのグリフォンを分析して、敵国による生物兵器ではないか調査するように命じたそうよ。この国の王城の上にやってきて、結界を破ろうとしたのだから当然ね」
「……」
「とはいえ相当な重量もあるようだし、分析後に移動させるのも大変だわ。カールハインツなら大丈夫でしょうけど、また胃痛を起こしてしまうわね」
「姫殿下」
椅子に掛けてゆらゆらと脚を揺らすクラウディアに、ノアが尋ねる。
「お父君が処分なさる前に、あのグリフォンを調査なさらなくてよろしいのですか?」
「あら、どうして?」
するとノアは目を伏せて、淡々と言い切る。
「あのグリフォンは兵器ではなく、呪いによって黄金に変えられた魔物でしょう」
「……」




