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136 結界への侵入物


 ノアの魔法による結界のお陰で、衝撃は多少和らいだはずだ。それでも不快な耳鳴りが、鼓膜を震わせて痛みを生んだ。


(この国を守る結界に、なんらかの接触があったのだわ。場所はこの王城の上空、つまりは真上)


 クラウディアはぱっと顔を上げると、自分を庇うように立つノアに告げる。


「ノア」

「は。姫殿下」


 ノアに抱き上げられたクラウディアは、兄たちを振り返ってにこりと笑った。


「にーさまたち! 私、ノアと一緒に見てくるね!」

「クラウディア!?」


 詳細な指示を出さなくとも、優秀なノアは理解している。転移魔法の行き先は、結界の反応がある場所だ。


(嫌な気配。これは、この目で見るまでもなく――……)


***


 クラウディアの父王フォルクハルトは、足を止めて上空を見上げていた。


 この国を覆う結界は、筆頭魔術師カールハインツを始めとする魔術師たちの魔法によって練り上げられている。許可の無い他国からの転移魔法や、攻撃魔法の類を弾くものだ。


 これは最高峰の防御であり、少々のことでは脅かされない。傍に控えたカールハインツも、涼しい顔で空を見据えている。

 だが、フォルクハルトたちがわざわざそちらに視線を向けたのは、結界を破ろうとしている『何か』が異質なものだったからだ。


「ふ。……あれはなんだと思う? カールハインツ」


 フォルクハルトは喉を鳴らして笑い、その異物を注視する。太陽の光を受けたそれは、眩い金色に光り輝いていた。


「魔法の類ではないようだが、それにしては異質な魔力を帯びている。――あれではまるで、星が落ちてきたかのようだ」

「城内にお入りください。フォルクハルト陛下」


 カールハインツはフォルクハルトを背にして立つと、ローブの裾を翻しながら続けて述べる。


「結界が防いでいるようですが、万が一ということもあります。どうやらあの異物は、かなりの重量がある様子」

「なんだ。面白いではないか」


 この国の王城を狙ってきたのか、偶然の代物なのかは分からない。とはいえ興味を惹かれたので、フォルクハルトはこう命じた。


「結界を開き、あの異物を城内に受け入れてやれ」

「陛下」


 カールハインツの声音には、フォルクハルトを窘める響きが混じっている。


「恐れながら。そのようなお戯の末に、陛下の御身に何かあっては……」

「誰が私直々に遊んでやると言った? ちょうど良いのがいるだろう。そら、呼び出してやる前に来たようだ」


 フォルクハルトは後ろに視線を向ける。カールハインツも分かっていて、小さく溜め息をついてみせた。


「陛下」

「我が娘の騎士が叙勲したというのに、その披露目が儀式だけでは物足りん。見ろ、何やら臣下どもも集まって来たようだぞ」


 その瞬間、転移魔法が発動した。


「――――……」


 光の中から姿を見せたのは、ひとりの魔剣士だ。

 末娘のクラウディアを抱きかかえた黒髪のそれは、フォルクハルトの姿を見留めると、クラウディアを降ろしてから跪く。


 その魔剣士の姿を見た瞬間、貴族たちが期待の声を上げた。


「見ろ、姫殿下の騎士だ!」

「この国に生まれた新たな騎士。筆頭魔術師であるカールハインツ殿の弟子であり、クラウディア姫殿下を守る剣……!」


 フォルクハルトは小さく笑い、その騎士の前に立って目を眇める。


「よく来たな。こういうときに鼻が効くのが、使い勝手のいい臣下というものだ」

「私はご命令を賜わったまで。慧眼をお持ちなのは姫殿下です」

「ねえねえとーさま! お空にあるきらきら、あれはなあに?」


 クラウディアは無邪気な表情で目を輝かせ、空に光るものを指差した。その幼さは、先ほどまでの式典とは全く違ったものだ。


「この国の結界を破ろうとする異物だ。忌々しい魔力を帯びている」

「ふうん? ねえねえ、じゃああれ……」


 天真爛漫に振る舞っているが、クラウディアが纏う雰囲気は異質だ。幼い子供そのものの言動を取っていても、その根底には支配者たる魔術師の胆力がある。


「――ノアがやっつけちゃっていい?」

「っ、ははは!」


 幼い姫のその言葉が、フォルクハルトには心底から面白い。


「結界を開け。カールハインツ」

「……我が王のお命じになるままに」


 カールハインツが溜め息をつき、指を軽く弾いて鳴らす。

 上空を覆う結界の、透明な膜に歪みが生まれた。そこから落下してきたものを見て、集まっていた貴族たちが無様に慄く。


「あ、あれはなんだ……!?」

「嘘だろう。おい、まさか……」


 そこから落ちてきたものは、一匹の魔物だった。

 牛よりも大きな獅子の体に、鷲の頭と翼がついた生き物だ。


「グリフォンか」


 それだけならばつまらない侵入者だった。しかしそのグリフォンは、落下しながら悶え苦しみ、不快な鳴き声を上げている。


 目視できる高度まで落ちて来たそれは、クラウディアの姿を見付けたようだ。最も弱く見える者を前に、両翼を動かして立て直そうとする。だが、金色に輝いている翼の片方に、なにやら異変が生じているらしい。


 凶暴性が増しているように見えるのは、その金の翼によるものだろうか。

 鋭い爪の先がクラウディアに狙いを定めた、そのときだった。


「――――……」


 クラウディアの前に飛び込んだノアが、グリフォンに向けて剣を一閃する。

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