135 愛しい兄姉
するとそのとき控え室に、ひとりの少女が飛び込んでくる。
「ううう、ぐす……っ!! おめでとうノア、そしてクラウディア……!!」
「わあ、エミねーさま!」
泣きじゃくりながら抱き着いてきたその少女を、クラウディアはぎゅっと抱き止めた。
立ち上がったノアが見守る中、クラウディアを抱き締めたその少女は、ノアと同じ十六歳になった姉姫のエミリアだ。
「エミねーさまどうして泣いてるの? どこか痛い?」
クラウディアはいつもの通り、十三歳にしては幼い振る舞いに切り替える。エミリアはクラウディアに抱きついたまま、涙声でこう言った。
「泣いてしまうに決まっているじゃない、あの小さかったクラウディアが叙勲式を務め上げたんだもの……! 可愛いし綺麗だし美しかったわ、クラウディアは世界一のお姫さまよ!」
「えへへ、嬉しい。だけど世界一のお姫さまは、エミねーさまの方だよ?」
「クラウディアの意見だろうと譲れないわ! 世界一のお姫さまはクラウディアよ!」
エミリアは続いてクラウディアから身を離すと、今度は傍らのノアを見上げた。
「ノアあなたも、本当に本当におめでとう……! 九歳のときからクラウディアに仕えて七年、孤児の身分から騎士爵を得るなんて……!! それもこれもあなたの弛まぬ努力が、うっ、ううう、ずび……っ!!」
「……エミリア姫殿下。お言葉は有り難いのですが、まずはお顔を拭かれてはいかがかと」
「そうだぞエミリア」
遅れて控え室に入ってきたのは、兄王子ヴィルヘルムとエーレンフリートである。ぐすぐす泣いているエミリアを見て、長兄のヴィルヘルムが呆れた顔をした。
「あーあーひどい有り様じゃないか。嬉し泣きとはいえそんな状態じゃ、クラウディアが困るだろ? なあクラウディア」
「んーん! 私、エミねーさまにぎゅっとされて嬉しかったよ?」
「一大事だ。俺たちの妹が良い子で可愛すぎる……」
額を押さえて溜め息をついたヴィルヘルムは、十七歳になってすっかり青年らしくなった。少年の頃の正義感はまっすぐに育まれ、城下にも頻繁に赴いているようで、いまや庶民の子供からも慕われる存在になっている。
大泣きをしている姉姫のエミリアは、あちこちの国から結婚を申し込まれていた。
そのうちの一カ国の王子とは、魔法の手紙を毎夜やりとりしているのだという。ある晩「クラウディアにだけは」と、頬を染めながら打ち明けてくれた。
エミリアはこの頃、前にも増してクラウディアを溺愛するようになったのだが、それは自分がもうすぐこの国を離れるという自覚がある所為なのだろう。姉がお嫁に行ってしまうのはクラウディアも寂しいので、その愛情を存分に浴びることにしている。
「まったく……」
そのとき次兄のエーレンフリートが、怜悧な瞳を伏せながら溜め息をついた。
「兄上もエミリアも暑苦しいよ。もっと僕やノアみたいに、落ち着いて冷静な態度でいるべきだ」
「エルにーさま!」
エーレンフリートは各国の魔法機関に呼び出され、眠る暇もなく働いている。本人が好きで学んでいることとはいえ、目元には薄い隈が浮いていた。儚げな風貌に磨きが掛かり、女性たちには大人気なのだそうだ。
「クラウディアももう十三歳なんだし、立派に儀式を遂行できて当然だろ? ノアだってこれだけ頑張ってきたんだから、騎士爵を授与されるのは既定路線。何をそんなに感動してるのか分からないな」
「そんなこと言ってエーレンフリート。あなただって叙勲式のとき、泣きそうになってたの見たんだからね……!」
「っ、そ、それは……!!」
兄や姉たちのその言葉に、クラウディアはくすくすと笑った。
「にーさまたちもねーさまも、見守っててくれてありがと! にーさまたちが『頑張れ』って心の中で応援してくれてたの、ちゃーんと分かったよ!」
「く、クラウディア……!」
「だけど今日の『おめでとう』は、私じゃなくて全部ノアのものにしてあげたいの。だからノアを褒めてあげて?」
クラウディアは一歩踏み出すと、背の高いノアのことを見上げて微笑む。
「ね。ノア」
「……姫殿下……」
いささかばつが悪そうな表情をしてみせたのは、クラウディアの意図を汲んだからなのだろう。
本人が何もいらないと断言するものの、ノアの努力は本物だ。それを誰もが知っていたからこそ、滅多に授与されない騎士爵の地位が授けられた。
「特にとーさまのお許しが出たのは、とってもとってもすごいことよ?」
「そうだぞノア。あの父上がお前を認めてるってことなんだから、もっと胸を張れ!」
クラウディアだって、自慢の従僕である騎士をもっと褒めてもらいたい。そういうたくさんの賞賛を、ノアに浴びせてあげたいと感じる。
「これからお祝いのパーティよ、ノア。とーさまも参加するって言うし、カールハインツだってきっと内心ではわくわくで浮かれているわ!」
「……カールハインツさまが浮かれているところは、教え子としてあまり見たくない気もしますが……」
「貴重な瞬間を逃しちゃ駄目! さ、行きま――」
その瞬間、クラウディアはぴたりと声を止めた。
ほとんど同時にノアも気が付き、ふたりで同時に魔力を巡らせる。
(……来る)
クラウディアが視線で合図をすると、ノアがすぐさま結界を張った。室内の守りが固まった瞬間、辺りの空気がびりびりと揺れる。
「きゃああっ!?」
「な、なんだ!?」
兄姉たちが悲鳴を上げ、みんな咄嗟に耳を押さえた。




