表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/229

14 魔術師の思惑

「さて」


 そうして、人差し指でふわりと宙を撫でる。


 まるで指揮でもするかのような仕草のあと、ぽんっと音を立てて現れたティーセットに、カールハインツは息を呑んだ。

 クラウディアが操るポットが、ティーカップへとお茶を注ぐ。柔らかな湯気と共に、こぽこぽと音を立てるそれを、ノアが静かに眺めていた。


「お茶におさとうは必要かしら? おきゃくさま」

「……いいえ。どうぞ、お気遣いなく」


 クラウディアは微笑み、カップのひとつをカールハインツの眼前に浮かばせる。

 彼がカップを受け取ったのを待って、魔法の浮力を解除した。自分のカップにも手を伸ばし、ふうふうと息を吹きかける。


 カールハインツは、ためらうことなく紅茶を飲んだあと、カップをテーブルに置いてから無表情で言った。


「――無から有を生み出すのは、非常に高度な魔法です。加えて、これほど繊細な動きの制御と温度の調整。それら一連の魔法を、無詠唱で発動させるとは」


 赤い瞳は、淡々とクラウディアを見つめている。しかし、次に告げられたその賛美は、正真正銘の本心だろう。


「お見事です。姫殿下」

「ありがとう」


 優雅に微笑んだクラウディアは、六歳の少女の演技をやめている。


 このカールハインツに対しては、取り繕っても意味がない。

 筆頭魔術師を冠しているだけはあり、他の魔術師たちとは明らかに違っていた。ほどよく熱い紅茶を飲みながら、クラウディアは目を伏せる。


(誤魔化せないのなら、違う方法を使うしかないわよね。――この男が、私の邪魔にならないように)


 クラウディアの小さな体では、椅子に座ったままテーブルに手が届かない。

 ノアに「置いて」と命じれば、彼はカップとソーサーを受け取り、そっとテーブルに置いてくれた。


「それでは、おきゃくさま。本題をきこうかしら」


 もちろん、カールハインツの目的なら知っている。

 伯父とカールハインツの会話について、クラウディアは全部聞いていたのだ。だが、敢えてカールハインツの口から語らせる。


「国王陛下は国防のため、新たな戦力を求めていらっしゃいます。そして、それにはまず王族をとのお考えから、王族の皆さまの魔力についてを改めて調査なさっている」

「では、水晶をわたしてちょうだいな。わたしの魔力をはからせてあげる」


 微笑んだままのクラウディアは、飴玉をねだる子供のように、華奢な手を前に差し出した。


「『やっぱり欠けている』とわかったら、おとうさまは放っておいてくださるのでしょう?」

「……」


 物言いたげな視線を向けてきたのは、椅子の斜め後ろに立っているノアだ。

 そこに呆れが含まれているのは、振り返らなくても分かった。もちろんクラウディアだって、そんな要望が通るとは思っていない。


「姫殿下。私はこの国に仕える身です」


 案の定、カールハインツは生真面目に言った。


「国を護るために、国王陛下が施策を講じられたのであれば、それに従わなくてはなりません。あなたが、水晶の鑑定結果をどのように操作なさろうとも、この目で見たものを報告する義務があります」

「こまったわ。わたしはまだ六歳の、ほんのちいさな子供なのに。せんそうのための武器として利用されるなんて、いけないわよね」


 クラウディアは目を細め、くすっと笑った。


「姫殿下におかれましては、陛下へのご報告後、王都にお戻りいただくことになるでしょう。そこでしかるべき教育を受けていただきながら、来たる戦いに向けての準備をしていただき……」

「カールハインツ」


 ここにきて、初めて男の名前を呼ぶ。


 そこに込めた意味を、カールハインツは感じ取ったはずだ。

 クラウディアは、ふわふわのクッションを膝に抱きながら、あくまで穏やかに告げる。


「わたしがその気になった場合、おとなりの国をどれくらいの時間で壊せるか、当ててみて?」

「――……」


 カールハインツは短く息を吐き、慎重に答えた。


「……敵の王を討つだけならば、数秒とかからず。魔術兵を壊滅させるには数分、王都を破壊するには一時間、国をすべて焼き払うのであれば三日といったところでしょうか」

「ふふ。あなた、ほんとうに優秀なのね」


 こちらの魔法のうち、ほんのわずかな片鱗しか見せていないにもかかわらず、カールハインツの見立ては正解に近かった。


(けれど、近くても正解ではないわ)


 その情報を得られたことに満足しつつ、カールハインツを見つめる。


「では、ここにいるノアはどう?」

「粗削りですが、非常に優秀な魔法の才能を持っています。――それこそ、大国の王族にも匹敵するほどに」

「そうなの。ノアはね、わたしとおなじくらいの魔力をもっているのよ」


 黙って立っているノアの視線に、もはや異論の気配は無い。クラウディアがやりたいことを、すでに見抜きつつあるようだ。


(ノアに才能があるのは本当。だけど、私と同じ魔力量という話についてはさすがに嘘。……とはいえ今のノアは、眷属契約によって私の魔力を共有しているわ)


 クラウディアの魔力を調べたときと、ノアの魔力を調べたときでは、実のところひとつの貯蔵庫を覗いているだけに過ぎない。


 しかし、カールハインツからは、同じ大きさの貯蔵庫がふたつあるように見えるはずだ。


(カールハインツは優秀。……だからこそ、『私とノア』ふたりを合わせた場合、どれほどの脅威かを明白に想像するでしょう)


 クラウディアは、悠然とした笑みを向ける。


「わたしをつれていきたい理由は、国をまもるためなのね?」

「……仰る通りです」

「では、はなしは簡単よ」


 小さなくちびるの前に、人差し指を立てて言った。


「――そのいちばんの方法は、私のじゃまをしないこと」

「…………」


 カールハインツが、そこでゆっくりと目を閉じる。


「そのようなお言葉は、国に害成すと取られかねないものです。姫殿下であらせられようとも、看過するわけには……」


 そのとき、歩み出たのはノアだった。

 カールハインツがノアを見遣る。ノアはきっと、漆黒の瞳で静かに睨んでいるのだろう。


 心の中で、『いい子』とノアを撫でてやりながら、クラウディアは微笑んだ。


「わたしはね。やりたいことしかしないの」


 抱き込んだクッションに顎を乗せて、彼に告げる。


「カールハインツ。……あなたほんとうは、おとうさまのためにわたしを連れていくべきだなんて、それが本心ではないのでしょう?」


 そう告げると、カールハインツがわずかに目を見開いた。

 些細な変化だが、すでに勘付いていたことへの確証を得るためには、その反応だけで十分だ。


「この国が、ちかくの国と仲がわるいのはどうして?」

「……急激な緊張状態となりつつある原因は、国境付近の緊張状態が続いたことによるものです。両国民の小競り合いも起き、治安が乱れ、それをいさめる立場の魔術師同士で争いになることもあります」

「こくみんが、おとなりの国とけんかをする理由は何かしら」

「国境付近に流れ着いたこの国の民は、貧しさに苦しむ者が多い傾向にあります。明日の暮らしに困った結果、国境を侵して盗みに入る」

「では、そのひとたちがおなかを空かせているのは、だれがわるいの?」

「……姫殿下」


 記憶を取り戻す前のクラウディアは、ぽつんとして人形のようだった。


 それでも、何も見聞きしてこなかったわけではない。

 入ってきていた情報を、いま改めて整理すれば、おおよその事情くらいは分かる。


「おろかな王に、一国をもかんたんに滅ぼせる『兵器』を与えたらどうなるか、誰だってかんたんに分かるでしょうに」


 カールハインツが眉根を寄せる。

 国に仕える身である彼は、ここで軽率に言葉を発することが出来ないのだ。


「ようく考えてね。この国をまもるために、一体なにがひつようかを」

「……」

「――さて!」


 クラウディアはぴょんと椅子から降りると、幼い少女の笑みを浮かべた。


「おきゃくさまがお帰りだわ、ノア。お見送りをしなくちゃね」

「ああ」


 そう返事をしたノアの声には、カールハインツへの牽制が滲んでいる。

 カールハインツは立ち上がると、クラウディアに向かって一礼した。


「今日のところは、これにて失礼いたします。我々は近隣の村に滞在しておりますので、また日を改めて」

「筆頭魔術師がいつまでもこんなところに滞在して、怪しまれたら迷惑だ」


 カールハインツにそう告げたのは、ノアだった。

 溜め息をついたカールハインツは、ノアを見下ろす。


「……黒色の瞳か」

「いいでしょう? でも、あげないわ」

「……」


 クラウディアが口を挟めば、カールハインツは無礼を詫びるように再び礼をする。

 そして、部屋を出ていった。


(ふう)


 クラウディアはもう一度椅子に腰を下ろすと、クッションを抱きながら考える。


(この先に起こることも、きっと大体は想像通りかしら。つまらないけれど、仕方ないわ)


 目を瞑っていると、傍らに立っていたノアが動いた気配がした。

 クラウディアは瞼を開き、そちらに視線を向ける。すると、神妙な面持ちをしたノアが跪き、クラウディアの頬に手を伸ばすのだ。


 そして、尋ねてくる。


「……魔力をまた、消耗したんだな」

「カールハインツには、わたしのちからを理解させておかないとね。それに、おちゃがのみたかったの」

「俺やあんたの服を、魔法で作り出してみせるのは、やっぱり高度な魔法なのか」

「そう。高度で、とてもかちのある魔法よ。きちんとした装いをしているだけで、ことばや振る舞いに、たくさんの説得力がでるの」


 微笑んでそのことを説明すると、ノアはぐっと眉根を寄せたあとに言った。


「……茶の淹れ方は、俺が覚える」

「……ノア?」


 予想していなかったその言葉に、クラウディアはぱちくりと瞬きをした。


「着替えも用意する。髪も俺が梳かして、毎朝あんたの着飾りたいようにさせてやる」

「……」

「従僕として、やるべきことはなんだってやる、だから」


 そして、真剣な顔で言うのだ。


「そんなに、自分を削るようなことを、するな」

「――……」


 これには、本当に驚いてしまった。


 魔力と体力はとても似ていて、枯渇してくると疲れたり具合が悪くなる。クラウディアが眠気に抗えないのも、すべてはその消耗によるものだ。


 けれどもまさか、こんなに真っ向から心配されるなんて思わなかった。


 前世の魔女アーデルハイトだって、こんな言葉を掛けられたことはない。

 アーデルハイトが強大な魔法を使い、一国の運命すら左右することなど当たり前で、アーデルハイトが消耗していることなんて、誰も考えもしなかっただろう。


 だというのに、目の前の九歳の少年は、真摯にクラウディアを案じている。

 あんまりに驚いて、しばらく何も言えなかった。そのうちにノアは、ばつが悪くなってしまったのか、気まずそうにふいっと視線を逸らす。


「……いや。的外れなのかも、しれないけど」

「……おまえが」


 クラウディアは、きょとんとしたままノアに尋ねた。


「おまえが、わたしの支度をしてくれるの?」

「!」


 漆黒の目を丸くしたあと、ノアはすぐさま真摯に頷く。


「ああ」

「……ふふ」


 クラウディアはにこりと笑い、心からの言葉を口にした。


「それは、とてもうれしいわ」

「…………」


 ノアの方も、ふっと綻ぶように笑ってみせる。


 そうと決まれば、まずは何から教えるべきだろうか。クラウディアはわくわくした気持ちになりながら、ノアの教育プランを考えることにする。

 それは、これまでに一度も想像したことのなかった、不思議な展開なのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ