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133 叙勲の儀

【一章】




 アビアノイア国王城の聖堂には、錚々たる顔触れが集まっていた。

 筆頭魔術師のカールハインツや、各部門の大臣ばかりではない。聖堂の二階に設けられた特別席には、王族たちが着座している。


 この国の現正妃であるカサンドラと、十七歳である王太子ヴィルヘルム。十六歳の王子エーレンフリートと、同じく十六歳の王女エミリアだ。


 そして彼らの後ろには、国王フォルクハルトが王の椅子に着き、頬杖で階下を見下ろしていた。


 いまこのときが、ちょうど頃合いだ。正装のローブを纏ったカールハインツが歩み出て、儀式の始まりを宣言する。


「これより、騎士爵の叙勲式を始める」


 国や王族を守る魔術師たちは、多くの国で『騎士』の称号を与えられていた。

 アビアノイア国でも例外ではない。日頃は『魔術師』と呼称されるものの、国家直属の魔術兵は騎士に分類される。


 その中でも、親から継ぐべき爵位のない優秀な騎士には、騎士爵という特別な爵位が与えられることになっていた。


 例外的な地位ということもあり、あまり存在しない身分だ。アビアノイア国では十年以上前、筆頭魔術師のカールハインツが授与されたのが最後である。


 この珍しい式典に、参列者たちは何処か浮き足立っていた。

 カールハインツはそれを一瞥すると、祭壇の奥に立つ王女へと請う。


「クラウディア・ナターリエ・ブライトクロイツ姫殿下。こちらへ」

「――――……」


 王女クラウディアが歩み出た瞬間、聖堂内には感嘆の溜め息が零れた。


 クラウディアが悠然と歩み出せば、燭台の灯りを受けたミルクティー色の髪が、淡く発光しているかのように輝く。


 緩やかに編み込んだ髪は、大人びたアップに結い上げて、頭には硝子のティアラを付けていた。華奢なティアラはクラウディアの容姿を引き立て、神々しさすら放っている。


 クラウディアが身に纏うのは、神聖な儀式にふさわしい白のドレスだ。


 体のラインに沿ったシルエットを描き、上品でシンプルな作りのドレスは、金糸での刺繍が施されている。


 どの職人が仕立てたドレスなのかと、令嬢たちが血眼になって探しても見付からない。クラウディアが纏うドレスはすべて、忠実な従僕の魔法による作品だからだ。


「クラウディア姫殿下。この所ますますお綺麗になられて……」


 参列者のひとりが小声で呟く。厳粛な儀式の最中でも咎められないのは、誰もが同じ感情を持っていたからだろう。


「まだ十三歳であらせられるというのに、無邪気さの中に素晴らしい気品をお持ちだ」

「…………」


 祭壇の中央に立ったクラウディアは、赤く伸びる絨毯の道に向き直ると、参列者たちに向けてにこりと微笑んだ。


 つい先日、十三歳の誕生日を迎えたクラウディアは、相変わらず年齢の割には小柄だ。今日はドレスの上にマントを羽織っており、それが却って華奢さを際立たせている。


 にもかかわらず、クラウディアの放つその存在感は、その場にいる人間の視線を釘付けにして離さないほどのものだった。


 ぱっちりとした大きな瞳と長い睫毛、通った鼻筋。小さなくちびるは柔らかな赤に色付いていて、可愛らしくも美しい。


 クラウディアは参列者を見渡した後、瞑目してから表情を消した。

 ややあって彼女が目を開くと、その場の空気が一層澄み渡る。ただでさえ静かだった聖堂内が、ますます清廉に静まり返った。


 クラウディアの透き通ったその声が、言葉を紡ぐ。


「――どうかこちらへ。私のノア」


 閉ざされていた聖堂の扉が、ゆっくりと重厚な音を立てながら開け放たれた。


 振り返った参列者たちは、差し込んできた強い光に目を眇める。そうして陽光の向こう側に、青年の姿を見留めるのだ。


 背の高い黒髪の青年が、真っ直ぐに王女を見据えていた。

 それを見詰め返したクラウディアのまなざしが、青年の歩みを許したのだろう。彼は迷いのない足取りで、王女の元に伸びる赤い道を進んでゆく。


 青年の涼やかな面差しは、女性たちが息を呑むほどに整っていた。

 切れ長の瞳は凛としていて、冷たく見えるのに誠実そうだ。実直な意志を宿しており、力強く揺るぎない。


 身長は高く、均整が取れた身体であり、しっかりと筋肉がついているのも窺えた。まだ何処となく細身の印象を受けるのは、更なる成長の余地を残しているからなのだろう。


 青年の刻む硬い靴音は、クラウディアの前で止まる。


「――クラウディア姫殿下」


 黒の軍服を纏った彼は、その場で彼女へと跪いた。

 その光景はとても絵になっており、まるで一枚の絵画のようだ。従僕に名を呼ばれたクラウディアは、それに応えてくちびるを開いた。


「『私の忠実なるしもべ。私の剣であり、盾である者』」


 その口上をひとつの詠唱としながら、クラウディアは右手を虚空に差し出す。

 銀色の光が集まって、それは剣の形を作り始めた。


「『永劫の忠誠を捧げなさい。さすれば我が力はお前を助け、お前に栄誉を与えましょう』」

「……」

「『私の騎士たる者。私の誉れであり、矜持となる者』」


 光によって作られた剣の刃を、クラウディアはノアに突き付ける。


「『誓いなさい。永劫の、忠誠を』」


 儀式のあり方は様々だ。この刃を従者の首筋に当てる主従もあれば、従者の肩に刀身で触れる主従もある。

 このふたりはどんな様式なのか、参列者たちが注目のまなざしを強めた。クラウディアに忠誠を促されたノアは、跪いたまま口を開く。


「……元より」


 手袋を嵌めたノアの手が、クラウディアの剣に触れる。

 まるで女性のおとがいを捕まえるかのように、指先がそっと刃をすくった。


 小さなざわめきが生まれたのは、ノアがその剣の刃に対して、口付けを落としたからだ。


「――私のすべては未来永劫、姫殿下のものです」

「……」


 熱烈な宣誓を受け取ったクラウディアは、くすっと笑って高らかに告げた。


「……今ここに宣言いたします! 国王陛下の名代たる私の名のもと、ノアはこれより我が国の、誇り高き騎士となりました!」


 その瞬間、大聖堂は歓声に包まれる。

 こうして十六歳になったノアは、この国の成人年齢に到達したことにより、騎士爵という身分を与えられたのだった。


***


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