131 暖かな海(第3部・完)
「っ、うわ……!」
ノアが焦った声が聞こえて、ぐらりと世界がひっくり返った。
転移先の船の中で、クラウディアを抱えたノアが寝台に沈んでいる。こちらを見上げるノアの表情を見れば、クラウディアがわざと転移の座標をここにしたことを、完全に見抜いている顔だ。
「……姫殿下」
ぎゅうっとノアに抱き付くと、ノアは大きな溜め息をつく。
「ご機嫌がとてもよろしい時に、俺に抱き着いてお眠りになる癖は直してください。……中身は俺より大人なんですから」
「あら、ノアがとっても生意気だわ。私はただ嬉しくなったら、お気に入りの場所で眠りたいだけなのに」
仰向けのノアの上にうつ伏せになる形で、クラウディアはノアの顔を覗き込んだ。
「たとえ海の底に沈んでも、ノアさえいれば安心できるの」
「……俺は」
「!」
ぎゅっと抱き込むように引き寄せられ、クラウディアは少しだけ驚いた。
「本当は生きた心地がしていません。……あなたをどれほど信じていても、あなたが敵の魔法に飲まれれば、それだけで心臓が凍り付く」
「……」
クラウディアの髪に口元を埋め、独白のように零された言葉は、紛れもないノアの本心なのだろう。
きっと心配を掛けている。それでもノアは傍に従い、クラウディアの望む最善を果たそうとするのだ。
そんな存在を得られたことは、なにものにも代え難いことだった。
フィオリーナの空間魔法の中、支配によって従わされた船乗りたちを思い出し、クラウディアは改めてノアに告げる。
「もしも少しだけ運命が違って、あのときノアに出会っていなければ。……今世の私はきっともう、誰かが傍にいることを許さなかったわね」
「――――……」
たとえ何かの順番が違い、ジークハルトと先に邂逅していたとしても、従僕になどしていなかっただろう。
前世でたくさんの弟子を失い、そのことがとても恐ろしかったからこそ、ずっと傍に置く誰かを作らないつもりでいた。けれどもそれを覆し、ノアがこうして居てくれる。
そんな誰かを得ることは、素晴らしい魔法使いにも難しい。誰かを支配できる魔法が使えても、呪いの魔法道具を使っても、本当に望むものは手に入らないのだ。
「姫殿下」
自然な気持ちで告げたことなのに、ノアはゆっくりと息を吐き出す。クラウディアを抱き締める手の力が、今までとは違った空気を帯びた。
「あなたは俺の王女です。たとえ運命が違っていても、どんな出会い方をしていても、俺はあなたに同じ忠誠を誓ったはずだ」
「ふふ。ほんとう?」
「本当です。……何があろうと」
そう言い切ってくれるノアの言葉には、それこそ魔法が宿っているかのようだ。
ひょっとしたらノアもラウレッタのように、特殊な詠唱が使えるのかもしれない。そんなことは無いと知りながらも、微睡の中の空想で考える。
クラウディアがやがて眠りにつくまで、ノアはクラウディアを抱き寄せたまま、頭を撫で続けてくれたのだった。
***
花の咲き乱れる屋上庭園で、ジークハルトは記憶を辿る。
ここ数年は学院に居た所為で、本来の姿を取るのは久し振りだ。十二歳の少年にふさわしい身長では、さまざまな景色が違って見える。
けれど、黒曜石の色をした瞳に焼き付いた光景は、瞳の色を偽装していたときでも変わらなかった。
「四年間、ずっと待っていた甲斐があったな」
そんな独白を零しながら、四年前にアーデルハイトがいた場所に立つ。
王都を見渡せるこの場所で、あの魔女は何を考えていたのだろうか。幼い頃に見た彼女の姿に、海の底の礼拝堂で出会った彼女の姿を重ねた。
「強制転移は通用した。彼女の魔法を相殺する構築式で、髪色を変えるらしき魔法も解除することが出来た。……研究は順調だ、問題ないな」
そして傍らに従った、自分と同じ黒曜石の瞳を持つ青年の姿を思い出す。
「アーデルハイトと、レオンハルト……」
ジークハルトの呟いた名前は、レミルシア国の夜の風へと消えていった。
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