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127 幽霊

「ノア。警戒を強めて」


 わざと周りに聞こえるように、クラウディアはノアにそう命じた。その後で、改めて言葉を続ける。


「ごめんなさい、先輩。……本当はこれ以上暴かずに、終わりに出来たら良かったのですが」

「……?」


 発言の意味が分からなかったのか、フィオリーナが訝る様子を見せる。


「どういう、ことですか?」

「登場人物が足りていません。ここまでのお話には、あなたたちが双子であるのを偽ることが出来た最大の要因が出て来ませんから」

「……」


 その瞬間、フィオリーナの表情がますます強張った。


「……なんのことでしょう? ラウレッタが子供の姿になれるのは、私たちの魔法によるものですが」

「それも嘘。あなたたちが自由にその魔法を使えるのであれば、ラウレッタ先輩が大人に戻ってしまった上、その際に魔力暴走の事故を起こしたりしていないはずですよね?」

「……!」


 くすっと笑ったクラウディアは、人差し指をくちびるに当てる。


「年齢操作の魔法を使えるのは、あなたたち姉妹のどちらでもない」

「……ラウレッタ!」


 フィオリーナはあからさまな焦りを見せた上で、妹に命じた。


「歌いましょう、先ほどと同じ讃美歌を!」

「で、でも」


 期待した通りの反応を前に、クラウディアは告げる。


「ノア。彼女たちに詠唱阻止の魔法を掛けて」


 こう命じれば、『その人物』は必ず妨害しにくると確信していた。


(……想像通り、ここに来たわね)


 ノアが詠唱しかけた瞬間に、案の定それは遮られる。

 ノアの頭上、礼拝堂の天井付近に広がった転移魔法の光から、ひとりの人物が降ってきたからだ。


「……っ」


 ノアが咄嗟に出現させたのは、魔法で作り出した剣だった。

 その人物がノアに振り下ろしたのも、一振りの剣の刃だったからだ。二本の剣がぶつかり合い、火花を散らして音を立てる。


「――――……」

「っ、と!」


 ノアに一撃を防がれた人物は、軽く体勢を立て直した。クラウディアはその男の姿を見て、微笑みを浮かべる。


「これくらいすれば、あなたを炙り出せると思っていたわ」

「はは! 全部君の読み通りか。つくづく素晴らしい魔女さまだな」


 そう軽口を叩く青年に、ノアが切っ先を向けながら警告する。


「姫殿下に気安く話し掛けるな。……ルーカス」


 黒曜石の色をしたノアの双眸は、目の前の青年を睨み付けた。


「――ジークハルトと、そう呼んだ方がいいか?」

「…………」


 ノアが口にしたその名前に、ルーカスが暗い笑みを浮かべる。

 かと思えば、彼はこんな風に軽口を叩くのだ。


「『ジークハルト』というのはもしや、レミルシア国の王太子かな? 面識は無いけれど知っている。その人物の年齢は十二歳の三年生、『ルーカス』よりは六つも歳下のはずだが」


 クラウディアをその背に庇いながら、ノアは低い声音で言った。


「姫殿下の先ほどのお話を、どうせ盗み聞きしていたんだろう」

「年齢を操作する魔法か。そんな魔法は聞いたことがないぜ?」

「五百年前には存在した。現に俺や姫殿下は、年齢操作の魔法を使うことができる」


 フィオリーナを後ろに隠したルーカスは、くっと小さく喉を鳴らす。


「君が使える魔法だからといって、万人がそうだと思わない方がいい」

「万人がそうだとは言っていない。そして、だからこそお前の正体が、俺の血縁者であることを物語っている」


 ノアは静かな瞳のまま、ルーカスのことを見据えていた。


「五百年前、年齢操作の魔法を使うことの出来た数少ない魔術師。……俺もお前も、レミルシア初代国王、ライナルトの血を引いているからな」

「…………」


 ルーカスと名乗っていたジークハルトは、口元に笑みを宿したままノアを睨む。


(『幽霊』の目撃証言は、今でこそ『アーデルハイト』と同じ、紫の髪を持つ少女についてが主流。これは恐らく、フィオリーナ先輩と髪型が違い、顔の目撃されていないラウレッタ先輩のことなのでしょうけれど……噂を辿ると最初期は、男の子の幽霊に関するものだった)


 幽霊の情報を得た際に、ノアはこんな風に話していたのだ。


『最初に噂が立ったのは、見知らぬ男子生徒についてだったそうです。低学年の少年という目撃情報だったようですが、それはすぐさま「見知らぬ女子生徒」の噂に変わりました』


 誰も素性を知ることのない、低学年の少年の姿。

 恐らくはこれこそが、ジークハルトにとっての本来の姿を目撃された際のものなのだ。


(それに、セドリック先輩が話してくれたわ。セドリック先輩は身分を隠しているけれど、レミルシア国の公爵令息なのだと)


 セドリックは先日の『勝負』の件で、クラウディアに対する負い目を持っていた。

 その罪悪感を利用して、いくつかの調査に協力してもらったのだ。ひとつはフィオリーナの転入当初、他に転入してくる予定だった生徒がいるかの確認だったが、もうひとつはセドリックが学院にいる目的そのものを確認した。


 セドリックが学院に送り込まれた理由は、学年が同じ三年生である王太子、ジークハルトの動向を探るためだったのだという。

 しかしいざ学院に入っても、ジークハルトは見付けられなかった。セドリックの父親は、現在のレミルシア王室の在り方に反発していたため、いわゆるジークハルトにとっての政敵なのだという。


 セドリックは父親に命じられ、身分を隠しているジークハルトを探していたのだ。


(セドリック先輩が人探しに焦っていたのは、筆頭魔術師の決定によって、ジークハルトが学院を去ることになったから。ノアが偽名でないかを疑ったのは、学年の近いノアの正体がジークハルトでないかを疑ったため。だって――……)


 ノアに対峙するジークハルトの瞳は、ノアと同じ黒曜石の色だった。


(ジークハルトも偽装していた。名前だけでなく、魔法によって瞳の色や、外見の年齢まで)


 セドリックに見付けることが出来ないはずだ。

 そして恐らくジークハルトは、わざと瞳の色を戻した上で、ノアとクラウディアの前に現れたのだろう。


「どうせ今更、隠すつもりなど無いんだろう」


 ノアが告げれば、ジークハルトは自嘲的な笑みを零す。


「そうだな、本当に今更だ。――会えて嬉しいよ、レオンハルト」


 皮肉っぽく眇められた双眸は、ノアと同じ色なのにまったく似ていない。


「そして、君に再会出来るのを待ち焦がれた。『アーデルハイト』」

「……」


 クラウディアの名前を知っているはずのジークハルトは、恐らくわざとそう呼んだ。


「お父君から、私の名前を聞いたのかしら」

「それもあるが、それだけじゃない。あの日、レオンハルトと城の屋上に立って、王都を見下ろしていただろう?」


 ジークハルトは剣先を下げると、ノアが守るクラウディアの方に踏み出した。


「あのときから、君にどうしても伝えたかった」

「ふふ。父親の仇に対して、一体なにかしら?」

「そんな些事などどうでもいい。それよりも……」


 ジークハルトが微笑みを浮かべる。彼の踏み出した次の一歩は、ノアの間合いの中にあった。


「君に結婚を申し込みたい」

「――――……」


 その瞬間、ノアが刃を薙ぎ払った。


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