126 重なるもの
「……違う」
静かな声が、礼拝堂に響き渡る。
「私は、ラウレッタじゃない」
「ラウレッタ先輩は、嘘が下手だわ」
クラウディアが穏やかに微笑むと、ラウレッタはむっとくちびるを結んだ。
「ラウレッタ先輩は、八年生の授業の問題もすらすら解くことが出来るわよね。フィオリーナ先輩も、セドリック先輩もそう言っていたわ」
「……ラウレッタが十八歳だと思った理由は、たったのそれだけなの?」
「ふふ。まさか」
そのこともヒントのひとつではあったものの、この事実で結論を出したわけではない。クラウディアはひとつずつ、ラウレッタに説明することにした。
「ラウレッタ先輩とフィオリーナ先輩の魔力は、あまりにも性質が似ているもの。この私が、呪いの名残となる歌を聞いていても尚、どちらの魔力なのか判別が難しかったほどに」
「……」
「この礼拝堂で、先日聞いた歌声もそう。フィオリーナ先輩の声にもラウレッタ先輩の声にも聞こえてしまって、やっぱり判別出来なかった」
クラウディアはあのときのことを思い出しながら、ラウレッタに説明を続ける。
「きっと、あの夜にお顔を見ることが出来ていても、姉妹のどちらであるかは分からなかったでしょうね」
「…………」
ラウレッタのその顔は、フィオリーナと本当に瓜二つだ。
双子でも顔立ちが異なることはあるだろうが、ふたりは表情が違うだけだった。
「成績優秀で教師の信頼も厚い先輩に、フィオリーナ先輩が転入してきた三年前のことを調べてもらったわ。すると当初は同じ五年生に、ふたりの転入生がやってくるはずだったことが分かったの」
「……」
「けれども『入学手続きの際の手違い』として、急遽ひとりは取り消しになっていたわ。その取り消しになったひとりというのが、本当は姉と同い年である双子の妹……ラウレッタ先輩じゃないかしら」
そんなクラウディアの問い掛けに、ラウレッタはゆっくりと口を開く。
「……違う。わざわざ、双子であることを隠す理由、ない」
「偽装の目的は、周りに双子を秘密にすることそのものでは無いものね」
「!」
ラウレッタの肩が跳ね、その瞳が丸く見開かれた。
「あなたたちが双子であることを隠したのは、『普段は双子として過ごしたくないから』というのが理由ではないかしら?」
「……っ、ちが……」
「もうひとつ付け加えるならば、『常に瓜二つでは困るもの』がある。だからこそ、双子の片方の外見年齢を変えて、本来の年齢相応のものとは変えたかったのでしょう?」
クラウディアは、そっと自らの喉に触れる。
「――あなたたちは、ふたりのうちどちらかの『声』を変えたかった」
「……!!」
そのとき、ラウレッタの顔色が青褪めた。
「……違う。そうじゃない、私たちは」
「あなたにそれを言い付けた人は、もう隠す気は無いみたい」
「!」
ラウレッタがはっと息を呑んだ。
クラウディアが緩やかに振り返れば、ノアが守っていた礼拝堂の入り口には、いまのラウレッタと瓜二つの女性が立っている。
「こんばんは、フィオリーナ先輩」
「……クラウディアちゃん……」
フィオリーナが礼拝堂の中に踏み込もうとすると、ノアが静かに声を発した。
「それ以上、姫殿下にお近付きになられませんよう」
「――――……」
普段の微笑みを消したフィオリーナが、無表情でノアを睨み付ける。
こうして顔から感情を消せば、フィオリーナとラウレッタはやはり瓜二つだ。
「招待状の時間よりも早く来てしまってごめんなさい、先輩」
「……いいのです。想定よりも早く始めてしまったのは、私の方ですから」
フィオリーナはくちびるだけで微笑みを作るが、その目はまったく笑っていない。
「クラウディアちゃんが随分と大人っぽい姿だから、最初は別人だと思ってしまいました。それに、双子であることが気付かれていたなんて、外から聞いていて驚きましたね」
「っ、お姉さま……?」
「もういいのです。ラウレッタ」
妹が貫き通そうとしていた嘘は、姉によって容易く引き摺り出されてしまった。ラウレッタはそのことに動揺したようだが、フィオリーナはラウレッタの方を見ない。
「それよりもどうして私たちの目的が、片方の声を変えることだと想像したのですか?」
「ふふ。……フィオリーナ先輩は、私にお茶を淹れて下さいましたね」
姉妹の間に立ったクラウディアは、目を細めつつフィオリーナに答える。
「ティーカップとソーサー。ふたつを重ねることで完成する、本当の図柄」
「……」
「あのときこうも仰いました。誰かと歌を歌うときは、異なる音階を調和させるハーモニーもあれば、『まったく同じ音階の歌声を重ねる』斉唱の技法もあると」
そう話すと、フィオリーナの顔から再び笑みが消える。
「ラウレッタ先輩が一年生のときの魔力暴走は、フィオリーナ先輩が夜にお部屋を訪ねて起こったものなのですよね?」
「……それが、どうかいたしましたか?」
「ノア」
クラウディアが尋ねると、ノアはフィオリーナを牽制したまま頷いた。
「外見の年齢を変える魔法は、ずっと保てる訳ではありません。ラウレッタはそのとき、本来の十八歳の姿に戻っていた可能性があります」
ノアは続いて、ラウレッタのことも鋭いまなざしで見据える。
「姫殿下の転入初日、ラウレッタが部屋から追い出そうと魔法を使ったのも、魔力暴走への恐怖心や人見知りだけが理由とは考えにくいかと。……セドリックの話にあった、『結界を脅かす』という規模の魔法であれば、寮の同室であろうと別室であろうと、被害に遭うことは防げませんから」
転入初日となった夜、クラウディアとラウレッタはこんな会話を交わしていた。
『ラウレッタ先輩も、クラウディアが魔法で怪我をしなければ、一緒のお部屋に居るのは怖くない?』
『少し、だけ』
ラウレッタが怖かったことは、他にもあったのだ。
「ラウレッタ先輩は、定期的に魔法が解けて大人の姿に戻ってしまう。目撃されることを防ぐため、寮の部屋では極力ひとりで過ごそうとしたのではありませんか? けれど、フィオリーナ先輩が何らかの理由でラウレッタ先輩の部屋を訪れていたときに、『条件』が揃ってしまった」
「……」
ラウレッタの持つ声には、特殊な魔法の性質がある。呪文の形を取らずとも、クラウディアの名前を呼ぶだけで、それが詠唱と見做されるものだ。
恐らくは双子のフィオリーナにも、同様か類似した性質があるだろう。
「まったく同じ声を持つ、双子の姉妹。呪いの発動条件は、『重ねる』こと」
「……るさい」
「あなたたち双子が斉唱し、その歌声を重ねると、重なり合って強大な魔法が発動する」
「うるさいと言っているんです……!!」
「おねえさま……!!」
フィオリーナが俯いて、自らの耳を両手で塞いだ。
ラウレッタがそれを案じるように、思わずといった様子で手を伸ばす。その指に輝いているのは、銀色の指輪だ。
ラウレッタの指輪を見付けたノアが、息を呑んでからフィオリーナを見る。フィオリーナのその指には、よく似た指輪が輝いていたからだ。
「呪いの魔法道具。やはり」
その指輪は互い違い、左右を反転したような造りをしていた。
「あれは、対の指輪か……!!」
「……ふたつでひとつ。ひとり分だけの歌声には、呪いの魔力を帯びないのだわ」
それこそがフィオリーナの歌声に、教室に、呪いの痕跡を感じ取れなかった理由なのだろう。




