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123 招かれるまでの準備

 ノアの淹れてくれたお茶が、クラウディアの前に置かれる。お礼を言ってカップを手にしたクラウディアに、カールハインツが一枚の紙を差し出した。


「続いてこちらが、姫殿下の兄君おふたりにお話があったお見合いの一覧です。ご要望通り、これまでにお話があった全件のお相手のうち、王族筋のものを纏めさせています」

「こんなに沢山。にいさまたちは大人気ね」


 それもそのはずで、アビアノイア国はこの世界でも有数の大国だ。

 同盟関係や後ろ盾を得るために、ほとんどの国から申し込みがあると言っても過言ではない。これは言うなれば、世界各国にいる年頃の姫君のリストである。


「カールハインツ。この中から更に絞り込んだ一覧を作りたいのだけれど」

「追加のお手紙でいただいた条件については、こちらに作成しております。」

「ふふ。さすがね」


 クラウディアが受け取ったのは、先ほどよりも随分と名前の減った一覧だ。


「伝統的に、精神操作や空間魔法を得意とする王族の血筋であること。海に面した国であること。ここまでの条件に当てはまるのは、その紙の上段に記載した方々となります。そして最後の条件――」


 カールハインツはティーカップを手にしたまま、クラウディアを見据えて口にする。


「月の満ち欠けで吉兆を占う伝統がある国の姫君は、下段に」

「月……」


 ノアがぽつりと呟いて、クラウディアの手元に視線を向ける。


「姫殿下。これらの条件は一体、どのような理由で?」

「……礼拝堂で見た会衆席の面々。あれは恐らく、消えた船に乗っていた船乗りの一部よ」


 クラウディアは目を閉じて、ふかふかした革張りの背凭れに身を預けた。


「表情の虚さが物語るように、彼らは魔法によって洗脳されていた。あれは精神操作の魔法に間違いないわ」

「船は海中に引き摺り込まれたのではなく、この学院……結界の中にあるということですね」

「大きな船を何隻も仕舞う、そんな魔法を使っているはず。中に居た人たちを生かしたままというのなら、高度な空間魔法よ」


 ゆらゆらと子供っぽく足を揺らしながら、クラウディアは言葉を続ける。


「フィオリーナ先輩はルーカスとの結婚の夢を語る際、満月の日を吉日だと話していたわ。船が消えるのも満月だから、呪いに繋がった『強い願い』は、船と満月に纏わるものだと思うの」

「それで『海のある国』を条件に?」

「たとえ海のない国であろうとも、海を希望の象徴にすることは珍しくない。けれどそういった国で作られる寓話や戯曲は、海そのものを希望とするものが多いの。『船』はそれよりもっと具体的で、目的がはっきりしているわ」

「呪いの主は、船を使った目的がある、ということですね」


 ノアに頷いたクラウディアは、手元に書かれた紙を見詰める。


「ここに書かれたふたりの姫君の名前は、フォルトゥナータとリオネイラ。……恐らくはフィオリーナ先輩とラウレッタ先輩の、本当の名前ね」

「……やはり、『姉と妹』と単純に言い切れる関係ではなく……」


 ノアが眉根を寄せたとき、カールハインツがこう尋ねてきた。


「姫殿下。この学院で、問題なく休養は取っておられますか?」

「あら。もちろんよ、どうして?」

「呪いに関することだけではなく、先ほどのレミルシア国の王太子の件でもなにやら調べていらっしゃるご様子でしたので。ノア、姫殿下の体調に常日頃から気を配っているのだろうな?」

「当然です。……力及ばない面も多々あり、歯痒いですが」


 心配性の筆頭魔術師に、クラウディアはくすっと笑う。


「大丈夫。眠くなったらすぐにノアに抱っこしてもらっているもの、ねえノア?」

「俺としては、そのような事態になる前にお休みいただきたく」

「それにカールハインツ、なにも私は無関係な調査にまで手を広げている訳ではないのよ? これらの件は、そうね」


 先日、フィオリーナに淹れてもらったお茶のことを思い出しながら、クラウディアは微笑む。


「言うなれば、重なっているの」

「重なり、ですか?」


 カールハインツが訝るので、ゆっくりと頷いた。


「歌声のハーモニーのように。あるいは、絵合わせのあるカップとソーサーのように」

「……?」


 クラウディアは顔を上げ、にこっと朗らかな笑みを浮かべる。


「カールハインツが不思議に思うのも無理は無いわね、だってこれまでの調査に同行していなかったのだもの。安心して、次の満月までにみっちり情報共有してあげるから!」

「お待ちください姫殿下。次の満月とは?」

「それからノア、セドリック先輩にお手紙を書くわ。届けてくれる?」


 こうしてクラウディアは、呪いを砕くための準備を始めるのだった。


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