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116 従僕の牽制

「……はい! さようなら、フィオリーナ先輩!」


 クラウディアがぶんぶんと手を振ると、フィオリーナは嬉しそうに笑って手を振り返してくれた。


「あ! 待ってください先輩、俺も合唱部の見学に行っていいですか!?」

「私も!」

「あらあら、うふふ。では皆さん、一緒に参りましょうか?」


 フィオリーナの周りにいた下級生たちは、全員が彼女について行ってしまった。

 クラウディアは彼女に手渡されたカードを広げると、そこに綴られた文字に目を通す。


「――――……」


 フィオリーナの書き文字は、几帳面で清楚な印象を受けるものだ。

 そっと目を眇めたそのとき、すぐ傍にある窓の下から声を掛けられた。


「よお、クラウディア!」

「……」


 快活なその声に、クラウディアは窓から顔を出して手を振った。


「ルーカス! こんにちは!」


 中庭で制服のローブを脱いだルーカスは、白いシャツ姿でネクタイを緩めている。

 片手にボールを抱えているので、クラスメイトと球技を楽しんでいたのだろう。


「そんなところで何してるんだ?」

「あのね、さっきまでフィオリーナ先輩が居たの! クラウディアに会いに来てくれたんだって!」

「へえ、フィオリーナが?」


 ルーカスはそう言って、ふっと柔らかく目を細める。


「あいつああ見えて、結構寂しがり屋だからな」


 そのやさしいまなざしは、他の女子生徒たちが見ていたら、頬を染め声を上げていただろう。


「それにしたってクラウディア、ひとりか。騎士殿はどうした?」

「ノアはきっともうすぐ! 今日はノアがお掃除の当番だから、クラウディアは終わるのを待ってるの」

「そうか、それならよかった。こいつらが君の姿を見て、心配そうにしていたからな」


 そう言ってルーカスが目をやったのは、彼の周りにいる下級生だ。リボンの色からして三年生の、三名ほどの男子生徒たちだった。


「ほらお前たち。クラウディアは大丈夫そうだ、よかったな」

「は、はい、ルーカス先輩! クラウディア姫殿下が何事も無くて、安心致しました!」

(ルーカスは下級生に慕われているわ。八年生たちとも仲が良いけれど、それ以上に四年生以下の扱いが上手い)

「ですがいかがでしょう、クラウディア姫殿下! 放課後に退屈なようでしたら、俺たちと一緒に!」

(私が前ほど下級生に意地悪をされなくなった理由のひとつは、ルーカスが人前で私に構うことね。多少の陰口はあっても、ひどいことはされないわ。反対に、私の魔力を知った男子生徒たちからのあからさまなアピールは増えたけれど、そっちの方は……)


 その瞬間、クラウディアの体がふわりと浮き上がる。


「!」


 何かの魔法によるものではない。クラウディアの小さくて軽い体は、ノアの手によって抱き上げられている。


「お待たせ致しました、姫殿下」

「ノア!」

「ひいっ!!」


 クラウディアがぱっと微笑んだのとは反対に、下にいた三年生たちが青褪めた。ノアの肩に手を置いたクラウディアは、首を傾げて彼らを見下ろす。


「三年生さんたち、行っちゃった」

「姫殿下に一言ご挨拶が出来たので、恐らく感極まったのでしょう」

(どう考えてもノアに怯えていたけれど、そういうことにしておこうかしら)


 大体の事情を察しつつも、クラウディアは特に触れないことにしている。ノアがクラウディアを守る方法について、基本的にはノアに任せているのだ。


 クラウディアはノアに抱っこされたまま、黒曜石の瞳を見下ろして言う。


「ノア、まずは一緒に宿題からやろ! それで終わったら、学院を探検して遊ぶの!」

「はい。それではこのまま図書室へお連れいたします」

「降りても大丈夫! んしょ」


 クラウディアとノアのやりとりは、下にいるルーカスに聞こえている。クラウディアは幼いふりを続けながら、ルーカスにぶんぶんと手を振った。


「ルーカス、またね!」

「ああ! ノアもな。また八年生の階に遊びに来いよ」

「ありがとうございます。……それでは」


 ルーカスと別れたあと、教室を出て長い廊下を歩きながら、クラウディアはノアに尋ねてみる。


「意外だわ。男子寮で過ごしている時間、ノアは八年生と遊んでいるの?」

「常に、という訳では。八学年は卒業を来年に控えていることもあり、魔法の能力を将来にどう活かすかを話し合っているので、情報収集をしています」

「まあ。いわゆる『進路相談』というものね」


 クラウディアには馴染みのない言葉だったので、新鮮味があって面白い。


「この学院に居るのは、さまざまな国から集められたさまざまな事情を持つ生徒です。裕福な国や厳しい自然の中にある国、常に戦争が絶えない国。庶民だったにもかかわらず優秀さで貴族位が与えられた生徒もいれば、生まれながらにして王になることが決められている生徒もいました」

「ふふ。そんな彼らが色んな目線で話し合っているのを聞くのは、とっても面白いことでしょう?」


 そう微笑むと、ノアは真剣に頷いた。


「あの寮で生まれた他愛のない会話が、いつか世界を変えるかもしれません。……各国の子供をここに集め、学院内では身分で区別しないことを定められたのは、そういった反応を起こすことが狙いですか?」


 クラウディアは横髪を耳に掛けながら、くすっと笑う。


「どんな子供たちの、どんなに他愛ない集いだって、世界を変える力になる可能性があるわ」

「!」

「共通点を持つ子供だけを集めても。全部が違っていて、異なる子供を集めても。その上で私は、ばらばらの子供たちが起こす反応を見たかったのよ」


 そんな環境に、いまのクラウディアにとって一番大切な『子供』であるノアが居るのは喜ばしい。図書室の扉を開けながら、クラウディアは小さな声で言う。


「もしかしたら、歌に似ているのかもしれないわ」

「……歌に、ですか?」

「同じ旋律が重なると、音に厚みが増して綺麗。異なる旋律が重なった場合、それが調和するのも綺麗」

「……」


 そう話しながら入室した図書室は、しんと静まり返っていた。


 この学院の図書室はふたつあり、片方はいつも賑わっている。外との行き来が出来ない学院の中で、本は人気の娯楽だからだ。

 しかし、クラウディアたちがやってきたこちらの図書室は、どちらかといえば学術書の類が並べられていた。試験の前などは別として、普段の放課後に限っては、この部屋は生徒たちの出入りがない。


 それでも防音魔法をかけた上で、ノアは机に数冊のノートを広げた。


「噂にあった『幽霊』について、一通りの聞き込みを終えました。お言い付けに沿った内容が集められたかと」

「ありがとう、さすがはノアね。……期待していた通りの情報だわ」


 綴られた文字を眺めながら、クラウディアは目を伏せる。

 一冊目のノートに書かれているのは、『幽霊』の目撃情報があった日付である。そして二冊目のノートには、別の日付が書かれていた。


「一致しているわね」

「はい。学院に誰も見たことのない生徒、『幽霊』が現れるのは……」


 ノアはその形良い眉を歪め、静かに紡ぐ。


「船が消えた日。つまりは呪いが発動した日に、重なっています」


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