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113 隠されていたもの




 ノアが僅かに眉根を寄せた。セドリックはそんなノアを一瞥したあと、表面上はノアのことなど気にしていない素振りで続ける。


「幼い頃に暴走事故を起こしかけたラウレッタのことを、フィオリーナ先輩は入学前から心配していたんだ。『慣れない学院生活で、妹が不安定になってしまったら』と」

「……フィオリーナ先輩は、やさしいお姉さんだもんね!」

「フィオリーナ先輩は、親しいご友人にだけその不安を打ち明けられたそうだ。しかし諸先輩方は、フィオリーナ先輩の憂いを払拭するべく、学院中に『新入生ラウレッタを刺激しないように』と伝えて回った」


 そんなことをしてしまっては、逆効果だったに違いない。セドリックが次に話した言葉は、クラウディアの想像通りだった。


「入学してきたラウレッタが馴染む前には、魔力暴走の危険がある生徒だとみんなが知っていたんだ。だからラウレッタは学院内で、いつもひとりで過ごしていた」

「でも、フィオリーナ先輩はラウレッタ先輩と一緒に過さないの? お姉さんと妹なのに」

「フィオリーナ先輩がラウレッタの傍にいれば、却ってラウレッタが傷付くだろう? あんなにも真逆の姉妹だ。比較する声も大きくなる」


 セドリックは溜め息をつき、「フィオリーナ先輩が傍に居ない方が、ラウレッタの為だ」と呟いた。


「けれど妹が孤立しているのを、フィオリーナ先輩も見ていられなかったんだろうね。ある夜、消灯時間が来る前に、フィオリーナ先輩がラウレッタの部屋を訪ねたらしい。――それからしばらくして、ラウレッタがとうとう魔力暴走を起こしたという話だ」

「それは一体、どんなことが起こったの?」

「……結界が」


 そのときのことを思い出したのか、セドリックは顔を顰める。


「この学院と海を隔てる、アーデルハイトさまの結界が壊された」

「!」


 クラウディアはぱちりと瞬きをした。


「結界が?」

「夜に大量の海水が流れ込んできて、女子寮は大パニックになったらしい。女子生徒の悲鳴や泣き叫ぶ声が、離れている男子寮まで聞こえてきて……」


 セドリックから詳細を聞かなくとも、混乱の様子は想像できる。

 この学院は海の中にあるものの、頑強な結界で守られているからこそ空気が保たれ、陸と同じように人間が生きられる。


 それが大前提であり、その結界が壊れて水が押し寄せれば、誰もが死を覚悟するはずだ。


「結界の穴はすぐに塞がった。アーデルハイトさまがこんなときのために、自動修復の魔法を掛けていたんだ。誰も怪我人はいなかったけれど、フィオリーナ先輩はラウレッタと話したことで刺激した所為だと自分を責めている。それ以来、フィオリーナ先輩は妹に近付かないし、ラウレッタも前より一層遠巻きにされているんだ」

「……」

「この話を聞いて分かっただろう? 危害を加えてくるかもしれない存在なんて、みんな怖いに決まっているんだ。『どんな人とでも仲良く』なんて、自分の安全が保証された上でのことだよ!」


セドリックは顔を顰め、両腕を大きく広げて説いた。


「適切な環境に身を置かない限り、君もラウレッタも危険な存在だ。初級クラスは、威力の弱い魔法しか扱えない生徒が所属すべきものであって、威力が高い魔法の制御が出来ない生徒が所属するクラスじゃない」

「……?」


 セドリックのそんな物言いに、クラウディアはふと気が付いた。


「そもそも規格外の力を持つ人間が、規格の中で人を教育するような学院にいることが間違いだ。学院なんか即刻退学した上で、能力に見合った環境で学んだ方がいいに決まっている」

「……セドリック先輩」

「そうじゃなきゃ勿体無いだろ、お互いに。せっかく力があるのに落ちこぼれ扱いされる生徒も、優れた同年代にびくびくしなきゃいけない他の生徒も……」


 セドリックは、更に忌々しそうに言葉を続ける。


「それにラウレッタは、魔法の問題はともかくとして、一般授業の成績はかなり優秀だ。まだ二年生にもかかわらず、八年生の問題も容易く解くんだぞ? それが評価される環境に行くべきだ、明らかに」

「そうなの? ラウレッタ先輩すごい! だけど、セドリック先輩」


 クラウディアはちょっとだけ驚きながら、ぱちぱちと瞬きをする。


「先輩は私たちをただ追い出したい訳じゃなくて、もっとピッタリな場所に行って欲しいと思ってくれているの?」

「当たり前だろ。君もラウレッタも学院内では危険因子だが、外で活かせばいくらでも英雄になれる存在だ」

(まあ)


 セドリックに悪意が無いことは、薄々感じ取ってはいた。けれども思いのほか分かりにくかったため、クラウディアはしみじみと考える。


(本人が謝罪してみせた通り、『言い方を選ばなかった』という点が罪深いのだわ)


 ノアも呆れた顔をしていた。もっともそれが判明したところで、クラウディアは容赦するつもりはない。


「でもクラウディア、セドリック先輩がクラウディアを追い出したいんだって思って、傷付いた」

「う……っ」


 にこっと無邪気に笑ったまま、さくさくと言葉を継いでゆく。


「ラウレッタ先輩もきっと怖かったよ? セドリック先輩が心の中ではやさしいことを考えてたって、そんなの関係無いもん。嫌なこと言われたとき、お胸が痛くてずきずきしちゃったら、それ以外のことは分かんなくなっちゃう」

「それは……!」

「正しいことならどんな言い方をしても良いなんて、間違いじゃないかなあ。ね、ノア!」


 クラウディアが同意を求めれば、ノアは静かに「仰る通りです」と目を伏せた。ノアに対して何かしら思うところがあるらしきセドリックは、それでますます顔を顰める。


 クラウディアはセドリックを見上げると、再びにこりと微笑んだ。


「ごめんなさい、ちゃんとしてね。――私じゃなく、ラウレッタ先輩に!」

「……っ」

「じゃないとクラウディアも、セドリック先輩のことずっと怒ってる。化け物だから恨みがましいの。がお!」


 手を広げて威嚇のポーズを取ると、セドリックが「うぐ……」と呟いた。自分がクラウディアを化け物呼ばわりしたことは、きっちり覚えているらしい。


(小さな子供の言ったことだし、本当は怒ってなどいないけれど。私が安易に流しては、ノアが大変なことになりそうだわ)

「…………」


 ノアは今でもセドリックを見据えているが、そのまなざしは絶対零度の冷たさだ。セドリックもなんとなくそれが分かっているのか、ノアの方を絶対に見ないようにしている。


「……分かった。明日すぐに、ラウレッタに謝る……」

「でもラウレッタ先輩、セドリック先輩のこときっと怖い!」

「こ、怖がらせないように配慮する! まずはそうだな、謝罪の手紙と……」


 ぶつぶつと呟くセドリックは、本人なりの誠意を見せようと真剣だ。クラウディアはくすっと笑いつつ、その表情を観察した。


(セドリック先輩は、王族の血を引いているという話だったわ。……あるいは……)

「セドリックさま。もう遅い時刻です、そろそろお部屋にお戻りになっては?」


 ノアがそう声を掛けると、セドリックは僅かに眉根を寄せる。


「き、君に言われるまでもない。……僕はこれで失礼する」

「差し出がましい真似を致しました。おやすみなさいませ」

「セドリック先輩、おやすみなさーい!」


 出口へと歩き出したセドリックの背中に、クラウディアはぶんぶんと手を振った。セドリックは途中で立ち止まると、最後にもう一度こちらを見る。


 セドリックが視線を向けたのは、クラウディアの方ではない。


「……」


 その瞳は、先ほどまで視線を遣らないようにしていたはずのノアを見据えていた。


「……ふん」


 セドリックはすぐにまた歩き始める。彼の足音が遠ざかるのを聞きながら、クラウディアはノアに尋ねる。





***



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