111 夜更けの食堂
【3章】
「お待たせいたしました。簡単なもので申し訳ございませんが、こちらをお召し上がりください」
「まあ、ノアの特製サンドイッチだわ」
夜の遅い時間、他の誰も居なくなった食堂で、クラウディアはぱちぱちと拍手をした。
テーブルのお皿に並ぶのは、三角に切られた小さなサンドイッチだ。ノアを正面に座らせたクラウディアは、早速そのひとつを手に取って食べた。
チーズとチキンの挟まったサンドイッチには、甘くてしょっぱいソースが塗ってある。
クラウディアの好きな味付けが施されたサンドイッチは、ただパンに具材が挟んであるだけではなく、美味しくするための工夫が凝らされているらしい。
「食堂のメニューも美味しいけれど、ノアのご飯が一番だわ。ありがとう、ノア」
「……滅相もございません。それに本来なら、もっとしっかりしたお食事をご用意したかった所ですが」
「こんなに夜遅く、生徒に厨房を使わせてもらえただけでも有り難いわね。ノアも食べて? あーん」
「っ、姫殿下」
「我慢しないの。育ち盛りでお腹を空かせているのだから、きちんと食べなきゃ」
ノアは少し慌てた声音で、クラウディアから目を逸らした。
「そのようなことよりも、先ほどの件ですが」
(まあ。無理やり話を逸らしたわね)
クラウディアは食事を再開しつつ、ノアの話に耳を傾ける。
「本来であれば魔法とは、頭の中で魔法式を構築させ、そこに魔力という燃料を注ぎ込むものです。その仕上げとして、言葉による詠唱で魔法を発動させる。その呪文は、発動させたい魔法に関連するもので構成されるのですよね?」
「そうよ。だからこそ一流の魔術師になるほど、短い詠唱……最低限のトリガーで発動させることが可能になるの。けれど無詠唱という例外を除いて、基本的にはどれだけ優れた魔術師であっても、詠唱の内容と魔法の内容は一致するわ」
「しかしラウレッタは、姫殿下の名前だけで強化魔法を発動させた……」
クラウディアが大量に魔力を消費した経緯について、ノアには先ほど説明していた。
「姫殿下がお休みになっていらっしゃるあいだ、ラウレッタに探りを入れに行きました。話を聞き出すのに苦労しましたが、なんとか拾えた内容から、これまで自身の特性には無自覚だったようです」
「そんな気がしていたわ。フィオリーナ先輩が知っていたのか、そちらも確かめておきたいけれど……」
「フィオリーナの方は、妹の魔法について勘付いていた素振りでした」
「さすがはノアね。私が知りたい情報を事前に把握して、ちゃんと動いていてくれるだなんて」
医務室の寝台に寝かされたクラウディアは、ぐっすり眠ってしまったようだ。ノアはそのあいだ、万全の処置をした上で、呪いの調査に集中してくれていたらしい。
「俺の自己満足でお傍にいるよりも、姫殿下のお役に立てることを優先すべきですから」
ノアははっきりと言い切った。その誠実な想いを聞くだけで、心の底から頼もしい。
「ありがとう。けれど、自己満足なんかじゃないわ。ノアが傍に居てくれると嬉しいのは事実なのだから、何も用事がないときは一緒に居てね」
そう言って微笑むと、ノアは真っ直ぐにこちらを見て言った。
「……たとえそのようなご命令が無くとも、当然です」
「ふふ」
クラウディアは美味しいサンドイッチを丁寧に味わいつつも、ノアに尋ねた。
「ノアが私を抱っこしに来てくれたとき、フィオリーナ先輩たちも一緒に来たのはどうして?」
「一緒に、という訳ではありません。フィオリーナ先輩はあの時点で、特級クラスの授業に参加していませんでしたから」
クラウディアが首を傾げると、ノアは更に教えてくれる。
「特級クラスの授業開始時、フィオリーナ先輩は講堂におらず、ルーカス先輩が探しに行ったのです。俺が初級クラスの中庭に向かったのは姫殿下の『魚』が見えたからでしたが、途中であのふたりに会ってはいません」
「ノアの方が先に着いたの?」
「いいえ。俺が到着したときには、すでにふたりの姿がありました」
初級クラスが授業をする中庭は、八年生の教室がある校舎からも遠い。クラウディアは目を伏せて、少し考える。
「きっと何処かで見ていたのだわ。初級クラスが授業をする光景を」
「……妹が授業に出てきたため、という訳ではなさそうですね」
「ラウレッタ先輩が授業に出ることを、事前に知ることは出来なかったはずだもの。私がラウレッタ先輩を連れ出す前から、中庭を見ていた可能性が高いわ」
「であれば」
ノアは眉根を寄せ、小さな声で呟く。
「目的は、姫殿下であると考えられますが」
「…………」
ノアが声を低くしたのは、発言の内容だけが理由ではない。
誰かの足音が少しずつ、食堂に近付いてきていたからだ。
「――なんだ。元気そうじゃないか」
「あ!」
クラウディアは幼い子供の表情を作り、食堂の入り口を指差した。
「セドリック先輩だ!」
「……ふん」
セドリックは何処かばつが悪そうな表情をしながらも、こちらに向かって歩いてくる。




