108 求められた役割
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ラーシュノイル魔法学院の二年生であるラウレッタは、小さなルームメイトによって連れ出された場所に立ち、ぷるぷると震えてしまっていた。
遠巻きにこちらを見ているのは、初級クラスのクラスメイトだ。『初級』に所属する生徒は少なく、全部で二十人ほどしか居ない。
少人数のクラスだが、まったく授業に参加していないラウレッタからしてみれば、ほとんど面識のない他人たちだった。
彼らは中庭に現れたラウレッタを見るなり、隅の方まで離れてしまった。けれどもそれは当然で、ラウレッタは過去に魔法の暴走を起こしているのだ。
『あう、う。う……』
こちらに突き刺さる視線が怖い。口をはくはくと開閉させて、声にならない言い訳をしようとした。
そんなラウレッタの手を引いたのは、昨日からルームメイトになった一年生のクラウディアだ。
「というわけでね、ラウレッタ先輩」
にこにこ笑ったクラウディアは、ラウレッタから見ても可愛らしい。それなのに彼女の微笑みには、言い知れない力があるのだった。
「クラウディア、セドリック先輩と勝負をするの。だからラウレッタ先輩は、クラウディアのこと近くで見てて!」
「――――……」
それはたとえば、こんな風に願いを掛けられてしまったら、絶対に断れない気持ちになるような力である。
「……っ」
数秒してからはっとしたラウレッタは、ぶんぶんと首を横に振った。向こう側に立っている三年生のセドリックは、怪訝そうにこちらを見ている。
ラウレッタは俯いた。あそこにいるセドリックからは、ラウレッタが一年生のときに、こんな言葉を投げ掛けられていたからだ。
『君がラウレッタ?』
セドリックはラウレッタの前に立ちはだかると、冷たい声音で言い放った。
『魔力鑑定で妙な数値を叩き出したらしいね。強力だけれど波があって不安定、とても危うい結果だったとか?』
『うあ……』
『初級クラスになったそうだけれど、暴走事故を起こす前に考え直してくれないかな? そういう気持ちが少しでもあるのなら、ね』
あのときのことを思い出し、ラウレッタは深く俯く。
『君の存在が初級クラスにある時点で、迷惑だ』
ラウレッタはそれからしばらくして、実際に魔力暴走の事故を起こしそうになってしまった。
セドリックの姿を見掛ける度、たとえ声を掛けられなくとも、視線だけで責められているように感じる。そんなラウレッタに応援を頼むなんて、クラウディアは間違っていた。
『だめ。応援、だめ。やめた方がいい』
「どうして? ラウレッタ先輩」
『私なんかが応援したら、クラウディアまでみんなに、怖がられる』
くちびるの動きだけでそう言うと、クラウディアはきょとんと不思議そうにする。
「でもクラウディア、ラウレッタ先輩に応援してほしい」
『っ、でも……!』
ラウレッタと手を繋いだクラウディアが、その手をぎゅっと握り直す。
「だってラウレッタ先輩は、すごいんだもの!」
「〜〜〜〜っ!」
真っ直ぐな目でそう言われると、どうやっても抗えなくなった。
それは昨晩、誰もが怖がるラウレッタの魔法を見つめ、きらきらと瞳を輝かせてくれたときと同じものだ。
「ラウレッタ先輩に見ててほしいの。ね?」
(う……)
その笑顔があまりに眩しくて、ラウレッタは息を呑んだ。
(もしかして。……クラウディア、セドリック先輩が私に言ったこと、知っている?)
考えてみれば、あのときラウレッタに『忠告』をしてきたセドリックが、クラウディアに同じようなひどいことを言っていないはずがない。
(私に見ててほしい、理由。……クラウディアが勝負をするのは、自分のためじゃない)
いきなり寮の部屋から引っ張り出されたことについても、そう考えれば説明がつく。
(私のために、セドリック先輩と勝負……?)
戸惑いながらもクラウディアを見据えれば、彼女はそのまま見詰め返してくれる。
(う……)
ラウレッタはとうとう根負けし、おずおずと頷いた。
「ありがとう、ラウレッタ先輩!」
「……」
クラウディアが嬉しそうにぴょんと跳ねれば、ローブの裾も同じように跳ねた。そんな無邪気な様子を見て、他の生徒がひそひそと何か話している。
それはいつものことなのだが、何度経験しても居心地が悪い。
(怖がられて当たり前。当然。……それなのに、クラウディアはどうして)
同じく『制御不可』と鑑定されたはずのクラウディアは、同じ視線を浴びていても気にしていなようだ。
「セドリック先輩、よろしくお願いします!」
「ふん。誰に応援させたところで、君が僕に勝てるはずもないのだけれど?」
「そんなことないもん。ラウレッタ先輩が頑張れーって思ってくれてるだけで、元気いっぱいになるんだから!」
ぎゅっと握った拳を上にあげ、クラウディアは主張した。ラウレッタが聞いていても、その理屈には無理がある。
「くだらないな。……だが、本気でそんなことを言っているのだとしたら」
セドリックは両腕を組みながら、皮肉っぽい笑みをくちびるに浮かべた。
「声援どころか、必要とあらばラウレッタと協力して挑んでもらっても構わないよ?」
「!?」
クラウディアが何か答えるまえに、ラウレッタはぶんぶんと首を横に振った。セドリックはそれを見て、さらに冷笑を深める。
「ラウレッタが手を貸すはずもないか。なにしろ初級クラスの授業にすら、これまで一度も顔を出していないほどなんだから」
「……っ」
「セドリック先輩! そんな意地悪よりも、勝負の内容はクラウディアが決めてもいい?」
クラウディアは挙手をして、セドリックに提案した。
「セドリック先輩は、炎の魔法が得意なのよね? 炎を上手に操れる?」
「当然だろ? 僕を誰だと思っているんだ」
「なら、クラウディアの魔法と追いかけっこにしよ! セドリック先輩の炎が逃げたりするのを、クラウディアが魔法で消したらクラウディアの勝ち! 三分間ずっと消えずに逃げたら先輩の勝ち。どうかなあ」
セドリックがやれやれと肩を竦める。
「本当は時間制限があるものでなく、一瞬で勝負をつけられる方が良いんだが。仕方ないな」
「わあい、やったあ!」
「それと念の為。負傷者が出たり、僅かにもその可能性があったりするような事態が起きれば、即時中断の上に僕の勝ちとする。こう決めておかないと、制御不可能の魔力で何をされるか分からないからね」
棘のあるそんな言い方に、聞いているだけのラウレッタはむっとする。しかし、過去に暴走した前歴のあるラウレッタには、ここで何か発言する資格もない。
「始めようか。――先生」
初級クラスを担当する男性教師は、穏やかだが少々頼りない。セドリックの態度に気圧されて、少しおどおどしながら口を開く。
「で、ではこれより、上級クラス所属セドリック・フィル・ハーツホーンの協力による授業を開始する」
「『深淵より湧きあがれ。我が忠実なる炎、灼熱の業火よ』!」




