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108 求められた役割


***




 ラーシュノイル魔法学院の二年生であるラウレッタは、小さなルームメイトによって連れ出された場所に立ち、ぷるぷると震えてしまっていた。


 遠巻きにこちらを見ているのは、初級クラスのクラスメイトだ。『初級』に所属する生徒は少なく、全部で二十人ほどしか居ない。

 少人数のクラスだが、まったく授業に参加していないラウレッタからしてみれば、ほとんど面識のない他人たちだった。


 彼らは中庭に現れたラウレッタを見るなり、隅の方まで離れてしまった。けれどもそれは当然で、ラウレッタは過去に魔法の暴走を起こしているのだ。


『あう、う。う……』


 こちらに突き刺さる視線が怖い。口をはくはくと開閉させて、声にならない言い訳をしようとした。


 そんなラウレッタの手を引いたのは、昨日からルームメイトになった一年生のクラウディアだ。


「というわけでね、ラウレッタ先輩」


 にこにこ笑ったクラウディアは、ラウレッタから見ても可愛らしい。それなのに彼女の微笑みには、言い知れない力があるのだった。


「クラウディア、セドリック先輩と勝負をするの。だからラウレッタ先輩は、クラウディアのこと近くで見てて!」

「――――……」


 それはたとえば、こんな風に願いを掛けられてしまったら、絶対に断れない気持ちになるような力である。


「……っ」


 数秒してからはっとしたラウレッタは、ぶんぶんと首を横に振った。向こう側に立っている三年生のセドリックは、怪訝そうにこちらを見ている。

 ラウレッタは俯いた。あそこにいるセドリックからは、ラウレッタが一年生のときに、こんな言葉を投げ掛けられていたからだ。


『君がラウレッタ?』


 セドリックはラウレッタの前に立ちはだかると、冷たい声音で言い放った。


『魔力鑑定で妙な数値を叩き出したらしいね。強力だけれど波があって不安定、とても危うい結果だったとか?』

『うあ……』

『初級クラスになったそうだけれど、暴走事故を起こす前に考え直してくれないかな? そういう気持ちが少しでもあるのなら、ね』


 あのときのことを思い出し、ラウレッタは深く俯く。


『君の存在が初級クラスにある時点で、迷惑だ』


 ラウレッタはそれからしばらくして、実際に魔力暴走の事故を起こしそうになってしまった。

 セドリックの姿を見掛ける度、たとえ声を掛けられなくとも、視線だけで責められているように感じる。そんなラウレッタに応援を頼むなんて、クラウディアは間違っていた。


『だめ。応援、だめ。やめた方がいい』

「どうして? ラウレッタ先輩」

『私なんかが応援したら、クラウディアまでみんなに、怖がられる』


 くちびるの動きだけでそう言うと、クラウディアはきょとんと不思議そうにする。


「でもクラウディア、ラウレッタ先輩に応援してほしい」

『っ、でも……!』


 ラウレッタと手を繋いだクラウディアが、その手をぎゅっと握り直す。


「だってラウレッタ先輩は、すごいんだもの!」

「〜〜〜〜っ!」


 真っ直ぐな目でそう言われると、どうやっても抗えなくなった。


 それは昨晩、誰もが怖がるラウレッタの魔法を見つめ、きらきらと瞳を輝かせてくれたときと同じものだ。


「ラウレッタ先輩に見ててほしいの。ね?」

(う……)


 その笑顔があまりに眩しくて、ラウレッタは息を呑んだ。


(もしかして。……クラウディア、セドリック先輩が私に言ったこと、知っている?)


 考えてみれば、あのときラウレッタに『忠告』をしてきたセドリックが、クラウディアに同じようなひどいことを言っていないはずがない。


(私に見ててほしい、理由。……クラウディアが勝負をするのは、自分のためじゃない)


 いきなり寮の部屋から引っ張り出されたことについても、そう考えれば説明がつく。


(私のために、セドリック先輩と勝負……?)


 戸惑いながらもクラウディアを見据えれば、彼女はそのまま見詰め返してくれる。


(う……)


 ラウレッタはとうとう根負けし、おずおずと頷いた。


「ありがとう、ラウレッタ先輩!」

「……」


 クラウディアが嬉しそうにぴょんと跳ねれば、ローブの裾も同じように跳ねた。そんな無邪気な様子を見て、他の生徒がひそひそと何か話している。

 それはいつものことなのだが、何度経験しても居心地が悪い。


(怖がられて当たり前。当然。……それなのに、クラウディアはどうして)


 同じく『制御不可』と鑑定されたはずのクラウディアは、同じ視線を浴びていても気にしていなようだ。


「セドリック先輩、よろしくお願いします!」

「ふん。誰に応援させたところで、君が僕に勝てるはずもないのだけれど?」

「そんなことないもん。ラウレッタ先輩が頑張れーって思ってくれてるだけで、元気いっぱいになるんだから!」


 ぎゅっと握った拳を上にあげ、クラウディアは主張した。ラウレッタが聞いていても、その理屈には無理がある。


「くだらないな。……だが、本気でそんなことを言っているのだとしたら」


 セドリックは両腕を組みながら、皮肉っぽい笑みをくちびるに浮かべた。


「声援どころか、必要とあらばラウレッタと協力して挑んでもらっても構わないよ?」

「!?」


 クラウディアが何か答えるまえに、ラウレッタはぶんぶんと首を横に振った。セドリックはそれを見て、さらに冷笑を深める。


「ラウレッタが手を貸すはずもないか。なにしろ初級クラスの授業にすら、これまで一度も顔を出していないほどなんだから」

「……っ」

「セドリック先輩! そんな意地悪よりも、勝負の内容はクラウディアが決めてもいい?」


 クラウディアは挙手をして、セドリックに提案した。


「セドリック先輩は、炎の魔法が得意なのよね? 炎を上手に操れる?」

「当然だろ? 僕を誰だと思っているんだ」

「なら、クラウディアの魔法と追いかけっこにしよ! セドリック先輩の炎が逃げたりするのを、クラウディアが魔法で消したらクラウディアの勝ち! 三分間ずっと消えずに逃げたら先輩の勝ち。どうかなあ」


 セドリックがやれやれと肩を竦める。


「本当は時間制限があるものでなく、一瞬で勝負をつけられる方が良いんだが。仕方ないな」

「わあい、やったあ!」

「それと念の為。負傷者が出たり、僅かにもその可能性があったりするような事態が起きれば、即時中断の上に僕の勝ちとする。こう決めておかないと、制御不可能の魔力で何をされるか分からないからね」


 棘のあるそんな言い方に、聞いているだけのラウレッタはむっとする。しかし、過去に暴走した前歴のあるラウレッタには、ここで何か発言する資格もない。


「始めようか。――先生」


 初級クラスを担当する男性教師は、穏やかだが少々頼りない。セドリックの態度に気圧されて、少しおどおどしながら口を開く。


「で、ではこれより、上級クラス所属セドリック・フィル・ハーツホーンの協力による授業を開始する」

「『深淵より湧きあがれ。我が忠実なる炎、灼熱の業火よ』!」


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