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103 水槽のお姫さま

「ラウレッタ先輩、すごいすごい!」


 寮のお風呂に入ったあと、ラベンダー色のナイトドレスに身を包んだクラウディアは、二段ベッドの下段でぱちぱちと拍手をした。


 同じ石鹸の香りをさせているのは、アイボリーのナイトドレスを着たラウレッタだ。クラウディアの向かいにぺたんと座り、シーツの上にたくさんの貝殻を並べている。


「こんなに綺麗な貝殻、たくさん持ってるなんて素敵!」

「…………」


 クラウディアに尊敬のまなざしを向けられたラウレッタは、無言のままではあるものの、鼻高々な表情で胸を張った。


「白くてつやつやのと、ピンクできらきらしてるのが可愛い。クラウディア、貝殻はこの一枚しか持ってないの」

「……」

「えへへ、これも可愛い? ありがとうラウレッタ先輩!」


 ラウレッタが身振りで褒めてくれたのを感じ、クラウディアは笑う。

 宝物をこうしてお披露目できることが楽しいのか、ラウレッタはクラウディアが寝台に上がるのを許してくれたのだ。


 お互いにふわふわの枕を抱っこして、可愛らしい貝殻を眺めながら遊ぶ様子は、幼い少女たちにぴったりの光景だっただろう。クラウディアは紫色の貝殻を手に取ると、もう一枚あった同じ色合いの貝殻と並べた。


「貝殻はどこで集めるの? 結界の外にある海?」

「……」


 ラウレッタは首を横に振ったあと、身振り手振りで懸命に説明する。


「地面を掘る? そっかあ。学院の地面は、海の砂を固めたものなのね! 掘ると貝殻が出てくるんだ!」


 ラウレッタはこくんと頷いたあと、くちびるの動きで紡いだ。


『外には、出られない』


 それを見て、クラウディアはわずかに目を眇めた。


(……学院を覆うこの結界は、生徒たちを守るためのもの。並の魔術師では、外から転移してくることはおろか、この学院がどの位置にあるかも掴めないわ)


 必然的に、人の出入りは限定的だ。

 結界内の転移を許可する魔法式は、教師だけがその内容を知っていて、学院を去る際は決して口外できないように魔法を掛けられる。


(すべては外からの侵入を防ぐため。王侯貴族の子息や、成長すれば国家を揺るがす魔術師になるかもしれない子供たちがいるのだもの。それくらいしなければ守れない、けれど)


 外からの侵入を防ぐ魔法は、同時にその逆にも作用するのだ。


(この学院に入った子供たちは、自分の意思で外に出ることが出来ない)


 そんな造りにせざるを得なかったことは、創始者アーデルハイトであるクラウディアにとって、確かな心残りなのだった。


「ラウレッタ先輩は、お外に出たいの?」

「……」

「それとも、ずうっとこの中にいたい?」


 ラウレッタは俯いて答えなかったが、クラウディアが首を傾げると、やがてゆっくりとくちびるを開いた。


『ここは、静か』

「……先輩」


 声を発さないくちびるの動きは、クラウディアに話をするというよりも、まるで独り言を紡いでいるかのようだ。


『落ち着く。ゆったりする。透き通る。うとうとする……』


 ラウレッタは窓の外に目を遣ると、結界の向こうに広がる海を見上げる。


『……お父さま。私を外に、出さない』


 彼女はぎゅっと枕を抱きしめると、表情を変えずに淡々と言った。

 クラウディアは、昼間にフィオリーナから聞いた言葉を思い出す。


『――私も本当は、クラウディアちゃんと同じ、お姫さまなのです』

(学院には、王侯貴族の子供たちがたくさん通っている。私のような王女だって、他に居たっておかしくないけれど……)


 一日学院を歩いてみた結果、フィオリーナが王族の血筋であるという話は聞こえて来なかった。

 ルーカスだって話題に出さなかったのだから、少なくとも学院の人々には、王族だと思われていないようだ。


(王族が、その血筋を隠しながら学院に通っている可能性だって、十分に考えられるわね)


 この四年、クラウディアは呪いの調査を続けて来た。


(呪いの核となるものは、五百年前から伝わっている魔法道具)


 そして、その魔法道具から『主』として選ばれるのは、王族の血を引く人物であることがほとんどだった。


 クラウディアの異母姉であるエミリアや、五百年前の弟子だったシーウェルだけではない。

 四年の間に解決してきたたくさんの騒動を思い返しながら、クラウディアは髪を耳に掛けた。


(呪いには強い願いに加えて、強い魔力が必要になる。必然的に王族や、高位の貴族に限られてくるわけだけれど……)


 先ほどラウレッタを抱き締めた際、間違いなくフィオリーナと同じ血筋だと感じた。ふたりの魔力はとてもよく似ている。


 呪いの主がどちらであるか、そこまでは断定出来そうになかったものの、このまま調査をすることで間違いは無さそうだ。


(フィオリーナ先輩やラウレッタ先輩は、王族の血筋であることを隠している……)


 そうだとすれば、今回もまた呪いの魔法道具が、王族を主に選んだということになる。


(やっぱり偶然が重なりすぎているわね。呪いの魔法道具をばら撒いてきた人たちは、王族を意図的に狙っているとしか思えないわ)


 四年の間に何度も考えてきたが、忌々しいことだ。クラウディアが目を伏せると、ラウレッタが不思議そうに首を傾げた。


「……クラウディア、眠たくなっちゃった……」


 半分以上の本心を混ぜながら、ごしごしと幼く目を擦る。ラウレッタもこくんと頷いたので、クラウディアは微笑んで彼女に言った。


「ラウレッタ先輩、上のベッドで一緒に寝よ! シーツに並べた貝殻を片付けるの、明日にしちゃいましょ」

「!」


 こうしてクラウディアは、十歳の子供が眠るにはほんの少しだけ早い時間に、ラウレッタと一緒に眠ったのだった。




***




 クラウディアがすやすやと寝息を立てている頃、各種の魔法を組み合わせて男子寮を抜け出したノアは、この学院を覆う結界の傍を歩いていた。


 結界の向こう側に広がるのは、真っ暗な海中の景色だ。

 学院と海を隔てる結界は、触れてみればひどく冷たい。ノアは目を閉じると、結界から感じ取れる魔力を分析する。


(……この結界を構築する魔法式は、緻密なのに華やかだ)


 魔法とはその使い手によって、同じ効力でも構成が異なる。

 それは生来の魔力によるものであったり、代々受け継ぐ血筋の傾向や、本人の魔法の使い方。そういったものが折り重なって、唯一無二のものとなるのだ。


(さまざまな魔法が丁寧に折り重ねられているのに、迷いのようなものがひとつも感じられない。それでいてたくさんの遊び心や、茶目っ気のようなものがある)


 ノアが脳裏に描くのは、命よりも大切な主君の姿だった。


(……これが、五百年前から残り続けている、『アーデルハイトさま』の魔法なのか)


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