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99 浴びる注目

※昨日も更新しています。前話をお読みでない方は、ひとつ前のお話からご覧ください。




【2章】




『初級クラスの転入生は、無茶苦茶な力を持っているらしい』。そんな噂が学院中を駆け巡るには、夕食までの数時間で十分だったようだ。


 学院内の食堂で、クラウディアはわくわくしながらメニューの看板を読んでいる。そんなクラウディアを遠巻きに、生徒たちがひそひそと囁きあっていた。


「ほらあの子。魔力鑑定の水晶を、全部粉々にしちゃったんだって……」

「何言ってるんだ、そんな訳あるか。大方なにかの拍子に割れたのが、大袈裟な噂に変わってるだけだろう?」

「だけど現に、王女だけど初級クラスになったんでしょ? 魔法を制御する力が無いなんて、怖いじゃない」

「魔法を制御できないといえば、思い出すのはフィオリーナ先輩の妹だけど……」


 クラウディアの使う魔法によって、小声の噂話もすべて収集されている。しかしクラウディアは気にすることなく、黒板に書かれたメニューに興味津々だ。


「ノアノア、見て! こっちのカウンターで選べるお料理は、南の大陸のお料理だって!」

「特有の香辛料が多く使われている、少し癖のある料理ですね。姫殿下には辛く感じられるかもしれませんが、中和が必要でしたら俺にお任せ下さい」

「だけどあっちのお料理も、すごく美味しそうでどきどきするの。お野菜いっぱい入ってるかなあ?」

「半分以上お召し上がり下さるのでしたら、残りの野菜は俺がいただきます。姫殿下のお心のままに、お好きなものを」

「わあい! ノアありがと!」


 この学院の原則は、生徒を身分で区別しないことと決まっている。従者や庶民であろうとも、王族や貴族と食事や授業を共にすることが出来た。

 ノアの食事マナーなどの勉強も兼ねて、クラウディアとノアが一緒に食事をすることは多い。


 ノアはそれをあまり良しとしていないが、クラウディアがノアと食べたがるので、諦めて同席してくれる。


「ふんふふん、ごはん、ごはーん」

「姫殿下、やはりトレイは俺がお持ちした方が」

「んーん、自分で持つの! えーっと、お席は……」


 きょろっと周囲を見回せば、他の生徒たちがさっと視線を逸らした。


(魔力鑑定の噂が広まって、適度にやりやすくなったわね。魔力量があっても初級クラス所属になった理由について、説得力があったようで何よりだわ)


 こういう事態は予想していたので、食堂が空いていそうな早い時間を選んでいる。クラウディアとノアは食堂の隅に向かい、艶々した木製のテーブルにトレイを置いた。


「ふふっ。防音魔法を使わなくとも、会話を聞かれる心配はなさそうで良かった」

「姫殿下を悪し様に言う論調については、到底看過出来かねますが」

「あら。みんな私の思惑に乗ってくれている、素直で可愛い子たちなのよ?」


 クラウディアはくすっと笑い、オムライスにスプーンを入れた。

 ノアがいつも作ってくれるオムライスは、ふわふわの蕩けるオムライスだ。一方この食堂のオムライスは、薄く伸ばされてしっかり火の通ったものだった。


 ノアが作るものが一番だけれど、他のオムライスだってとても美味しい。クラウディアは小さな口を開けて、むぐむぐとオムライスを味わった。

 クラウディアと同じオムライスを頼んだノアは、真剣な表情で顎を動かしている。


(調味料や食材は何を使っているのか、考えながら食べている顔だわ。ノアはいつでも勉強熱心ね)


 にこにこと微笑ましく見守っていると、気が付いたノアは少々ばつが悪そうな顔をしたあと、こほんと冷静な表情を作って言った。


「……カールハインツさまに連絡し、水晶の弁償について話を進めていただいています。お言い付け通り、姫殿下の私財を使っていただくようにとお伝えしました」

「初級クラスに入る演出のために、学院の備品を壊してしまったものね。泣きながらしっかり反省したし、これで安心よ」

「いえ。泣き真似は相変わらずお下手でしたが」

「むう……。ノアは私のことが大好きなのに、泣き真似の判定だけ厳しいのはどうしてなのかしら」


 クラウディアはぷくっと頬を膨らませたが、ノアは素知らぬ顔で食べ進めている。ノアは従順な従僕だが、ほんの時々だけ生意気なのだ。


「寮の部屋は、フィオリーナ先輩の妹と同室になったわ」

「――……」


 スプーンをぴたりと止めたノアが、ほんの僅かに目をすがめる。


「もしや、姫殿下……」

「それ以外の空室はすべて、鍵が壊れていたり床が脆くなっていたり雨漏りの跡があったりしたそうなの。不思議ねえ」

「……そうですね」


 魔力暴走の危険がある生徒と同室など、他の生徒が拒んだはずだ。

 寮では集団生活を学ぶという名目上、血縁者同士が同室になることはないようになっており、フィオリーナの妹がひとりで部屋を使っていることは想像できていた。


「魔法の授業は毎日午後、通常授業の後に行われるのですって。特級クラスの方が時間は長いようね」

「初級クラスの授業が終わったあと、姫殿下をお待たせしてしまうことになります。……俺の授業は途中で切り上げた方が……」

「だーめ。ちゃんと授業を受けるのが、生徒のノアのお仕事でしょう?」


 あくまでクラウディアを優先しようとするノアのことを、柔らかく叱る。

 せっかく年相応の世界を知り、経験を積むことの出来る機会なのだから、それを存分に味わってほしいのだ。


「それに、初級クラスの授業が終わった後こそ――……」


 クラウディアは、視線をそっと食堂の隅に向ける。


「『彼女』のことを知る好機だもの」

「……」


 その少女は、姉と同じ淡い紫色の髪を持っていた。

 けれども姉ほどの存在感は無く、その雰囲気は透明で、食堂内の人混みに掻き消されてしまいそうだった。


 瞳の光は茫洋としていて、表情無くくちびるが結ばれている。どうやら彼女は目立たないよう、気配を殺しながら歩いているようだった。


 あれがフィオリーナの妹であり、高い魔力を持ちながら初級クラス所属になったという、十一歳の少女ラウレッタだ。



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