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97 歌う姫君


「ルーカス先輩!」


 にっと笑ったルーカスは、悪戯っぽく目を細める。

 揶揄うようなその表情は、女子生徒たちの視線を一気に釘付けにした。ルーカスはひょいと肩を竦めると、少しだけ意地の悪い声音で言った。


「お前たちが取り囲んでるの、アビアノイア国のお姫さまだぞ?」

「え!?」


 女子生徒たちが一斉にクラウディアを見遣ったので、ノアに抱っこされたままのクラウディアは、にこっととびきりの笑顔を作った。


「た……っ」


 状況を飲み込んだ彼女たちは、大慌てで一歩引いて頭を下げる。


「大変申し訳ございませんでした、姫殿下!!」

「なんたるご無礼を……!」

「んーん! クラウディアのこと可愛い可愛いってして下さって、恥ずかしいけれど嬉しかったです!」


 クラウディアは愛らしい振る舞いのまま、抱き上げて守ってくれたノアの頭を撫でた。


「ノアも自慢のノアなのです。お姉さまたちが格好良いって仰るから、鼻高々でした。ね、ノア!」

「姫殿下……」


 女子生徒たちは、クラウディアの言葉に瞳を潤ませる。


「なんて純真無垢なお方なのでしょう。クラウディア姫殿下はお姿だけでなく、そのお心までが天使のよう……!!」

「クラウディアさま、学院生活で困ったことがあったら何でも頼って下さいね。今度女子寮の六年生の部屋でクッキーパーティーを開きますの、是非いらして下さいな!」

「わあ! ありがとうございます、お姉さまたち!」

「お、お可愛らしい〜〜……!!」


 女子生徒がきゃあきゃあと声を上げる中、ノアはじっと黙って一点を見据えていた。

 その視線の先には、ルーカスがいる。ルーカスは目を細めたあと、クラウディアに恭しく礼をした。


「さて姫殿下。どうやらお急ぎでいらした所を、上級生に呼び止められて災難でしたね」


 顔を上げたルーカスは、クラウディアを抱き上げたノアに視線を向ける。


「そちらの騎士殿も、姫を守り抜いて立派だったぞ。大丈夫だったか?」

「……お気遣いを賜り、ありがとうございます」


 ノアは静かにそう言ったが、この眉目秀麗な青年のことを警戒しているようだ。クラウディアにしか分からない程度だが、雰囲気でそれが分かった。


 ルーカスは後ろを振り返ると、遠巻きにこちらを見ていた少女に声を掛ける。


「フィオリーナ。クラウディア姫殿下は僕が案内するから、お前は先生の所に行ってこい」

「ルーカス。でも」

「はは、これくらい任せとけって!」


 明るく笑ってみせたルーカスに、フィオリーナは何か言い掛けて止める。そのあとに、微笑みを浮かべてクラウディアを見た。


「……残念ですけれど、またねクラウディアちゃん。改めてじっくりとお喋りいたしましょう?」

「はあい、フィオリーナ先輩!」

「ほーら、そこの下級生たちも散った散った」


 ルーカスの合図によって、クラウディアたちの周りに集まっていた生徒たちはあっという間に解散した。


 クラウディアは女子生徒に大きく手を振りつつ、ノアに下ろしてもらう。

 ルーカスはそんなクラウディアの前に跪くと、丁寧に挨拶を述べた。


「お初にお目に掛かります、クラウディア姫殿下。僕はルーカス・ヴィム・メルダース、八学年です。学友フィオリーナに代わり、姫殿下のご案内役を務めたく」

「ルーカス先輩初めまして! クラウディア・ナターリエ・ブライトクロイツ、十歳です! お隣は私のノア!」

「はは! 一国のお姫さまに『先輩』などと呼ばれるのは、少々落ち着かないですね。外見こそ姫殿下より年上かもしれませんが、中身が相応に成長出来ているかは自信が無い。僕に対しても、どうぞそちらの従者くんに話すようにしていただければと」

「うん! じゃあ、先輩のことはルーカスね!」


 クラウディアは一切の躊躇いを見せず、元気に笑ってそう呼んだ。


 いかにクラウディアが王女といえど、年少者からの呼ばれ方を内心で気にする人は多い。


『気軽な口調で話してほしい』と提案された場合、その相手が本心から言っていそうな場合に限って、クラウディアは口調を崩すことにしている。


「ルーカスも、お友達とお喋りするみたいにクラウディアに喋って平気! 『ひめでんか』も付けないで、クラウディアって呼んでほしいの」

「それではお言葉に甘えて。問題ないか? 従者くん」

「姫殿下がお決めになったことであれば、私から申し上げることは何もございません」

「ははっ、お前も固いなあ! 適当にしてくれていいんだぞ、『ノア』」

「滅相も。そのようなことより、そろそろ移動した方がよろしいかと」

「クラウディア、魔力鑑定室に行かなきゃ!」


 そう告げると、ルーカスは「ああ」と合点がいったように笑った。


「こっちだ。ついておいで」




***




 ルーカスは鑑定室までの道中、クラウディアが退屈しないように気遣ってか、色々な話をしてくれた。


「あの結界の向こう側に泳ぐ魚は、夜になると色が変わるんだ。不思議だろう? それと、満月の夜に海面を見上げると綺麗だぜ。僕も初めて見たときに感動した、是非体験してみるといい」

「わあ。すごく楽しみ、ノアも一緒に見に行こうね」

「はい。お守り致しますので、存分にお楽しみ下さい」

「それからこの学院を囲むのは、世界的に見てもかなり質の高い結界だ。魔女アーデルハイトの残した結界を去年、クリンゲイトの王太子殿下が視察に来て改良してくれたんだよ」

「結界、ぴかぴかで綺麗! あとで触りに行こうっと!」


 そんなやりとりをしながらも、ドーム状の結界に守られた海底の学院内を歩いた。時々すれ違う生徒たちが、クラウディアやノアに興味を示して囁き合う。


「ルーカス先輩と一緒にいる男子、誰かしら。背が高いけれど四年生?」

「あの女の子も可愛い! きっと将来はフィオリーナ先輩のような、素敵な美人さんに成長すること間違い無しね」


 クラウディアはその言葉をきっかけに思い出したふりをして、隣を歩くルーカスのことを見上げた。


「ルーカスは、フィオリーナ先輩と仲良しなの?」

「フィオリーナ先輩、すごくやさしくて綺麗! クラウディアも先輩みたいになりたいの。どうしたらなれる?」


 するとルーカスは顎に手を当て、「ううん」と考える。


「たっぷり寝て、たっぷり食べて、運動する。それからわんぱくでもいい、元気いっぱい遊ぶことかな」

「むう……フィオリーナ先輩、本当にそういう子供だったの?」

「はは、バレたか! 実はフィオリーナも転入生だったんだよ。三年前、あいつが十五歳のときに学院にやって来たから、小さな頃のことはよく知らなくてね」


 三年前というその言葉に、クラウディアは少し目を細める。それに合わせ、ノアもこちらを一瞥した。


「それじゃあいまの先輩は、放課後をどんな風に過ごしているの?」


 ルーカスは、ふっと目を細めるように柔らかく笑う。その微笑みはとても目を惹く、美しい表情だ。


「――フィオリーナは、いつも歌を歌っている」

「……歌……」






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