表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/229

96 愛される姫君

 男子生徒たちの中心を歩くその少女は、波を描くようにふわふわとした紫色の髪を靡かせている。


 背丈は小柄で可愛らしく、女性らしくも華奢な体付きだ。

 アメジスト色の瞳はやさしげで、小さなくちびるは薔薇色に染まっている。周囲の男子生徒に微笑みかけるその表情は、儚い雰囲気を帯びていた。


 彼女が胸の前で抱き締めているのは、一冊の本だ。


「それにしても、遠慮なんかしないでくれよフィオリーナ」


 その呼び掛けを聞く限り、美しい少女はフィオリーナという名前らしい。彼女の隣を歩いていた男子生徒は、歩きながらフィオリーナに手を伸べた。


「君に荷物を持たせては、俺に紳士教育を施してくれた執事に叱られてしまう。ほら、その本を俺に渡して」

「抜け駆けだぞフィリップ。フィオリーナさん、僕が教室までお持ちしましょう!」

「お前たち何も分かっていないな。こんなに慎ましやかなフィオリーナさまが、他人に荷物を持たせるような真似をする訳がないだろう? そんなことより先に行き、校舎の扉を開けて待っている方がよほど良い」


 男子たちが言い争っている様子を、フィオリーナは控えめに苦笑しながら見守っている。そんなフィオリーナの視線が、不意にクラウディアたちの方へ向けられた。


「……あら?」

「あ! 何処に行くんだいフィオリーナ!」


 フィオリーナは男子生徒の輪から離れると、クラウディアの所に歩いて来て屈み込む。ふわりと漂ってくるのは、花のように甘い香水の香りだ。


「一年生さん、こんにちは。初めましてのお顔ですが、ひょっとしてアビアノイア国からのお姫さまでしょうか?」

「はい! クラウディア・ナターリエ・ブライトクロイツ、十歳です!」


 クラウディアは明るい笑顔を作り、元気いっぱいの演技をする。本当のクラウディアを知るはずもないフィオリーナが、くすくすと微笑みながら目を細めた。


「まあ、なんて可愛らしいのでしょう……! クラウディアちゃん、と呼んでもよろしいでしょうか?」

「えへへ。ノア、『クラウディアちゃん』だって!」

「……」


 新鮮な呼び方をされたので、心から楽しくなってしまった。ノアは何とも言えない顔をしていたが、クラウディアの方は気にしない。


「嬉しいです! んと、お姉さんは……」

「ふふ、私はフィオリーナ・エルマ・シェルヴィーノといいます。そちらの素敵な男の子は?」

「私のお世話をしてくれる、従者のノアです!」


 ノアが黙って頭を下げると、フィオリーナは「まあ」と笑った。


「ノア君。とっても格好良いし気品があるので、あなたも王子さまなのかと思ってしまいました」

「滅相もございません」

「はい、ノアはすっごく格好良いんです! 私の自慢のノアですから!」

「…………滅相もございません」


 クラウディアがにこにこ笑っていると、不意にフィオリーナがぎゅっとクラウディアを抱き締めた。

 彼女のくちびるが、クラウディアの耳元に寄せられる。


「本当はね?」


 フィオリーナの声は、クラウディアへと甘く囁き掛けた。


「私もクラウディアちゃんと同じ、お姫さまなのです」

「…………」


 そっと立ち上がったフィオリーナは、その人差し指をくちびるの前に翳して笑った。


「内緒ですよ?」

「……」


 クラウディアは同じように人差し指をくちびるに当て、フィオリーナに返した。


「はい、フィオリーナ先輩!」

「ふふ。ところでクラウディアちゃんは、これから何処へ? 私でよろしければ、行きたい場所まで案内いたしますが……」


 すると、後ろの方で見守っていた男子生徒たちが声を上げる。


「フィオリーナが行くのなら、俺たちも当然同行しよう!」

「待て、大人数でついて回ってはクラウディア姫殿下が怖がるだろう。ここはひとつ私がその役目を……」

「僕がフィオリーナの手助けをする!」

「まあ皆さま。どうか喧嘩をなさらず、仲良く……」


 フィオリーナが止めに入ろうとしたそのとき、男性の声が聞こえてきた。


「――フィオリーナ」

「!」


 その瞬間、フィオリーナの表情が、これまでよりも一層明るく華やいだものになった。


「ルーカス……!」


 周囲に居た男子生徒たちが、一様にぎくりと顔を顰める。こちらに歩いて来たのは、フィオリーナたちと同じ八年生の青色をネクタイにした青年だ。


 ルーカスと呼ばれたその青年は、黒にほど近い紺色の髪に、サファイアの色をした瞳を持っている。人の目を惹く長身で、やや細身だが均等の取れた体格だった。


 フィオリーナを取り巻く青年たちも眉目秀麗だが、このルーカスの容姿に関しては、群を抜いて整っている。


「こんな所に居たのか。お前のクラスの担任が呼んでるぞ」

「私を探しに来てくれたのですか?」


 ルーカスと話すフィオリーナが、本をぎゅっと抱き締めながら頬を染める。近くを通り掛かった女子生徒が、そんなふたりを見て声を上げた。


「見て見て、ルーカス先輩だわ! なんて格好良いのかしら……!」

「フィオリーナ先輩と並んでいると、お似合い過ぎて絵画のよう」


 彼女たちだけではない。放課後の学院内を思い思いに過ごしていた女子生徒たちが、あちこちから見惚れているのが窺える。

 クラウディアは小さな声で、傍らのノアに話し掛けた。


「ふたりとも綺麗で、本当に絵画みたい。ねえノア」

「最もお美しいのは姫殿下ですので、お言葉には同意しかねます」


 ノアがきっぱりと断言したそのとき、女子生徒のひとりがクラウディアを見付け、驚いたように声を上げた。


「見て。あそこにいる一年生、すっごく可愛い!」

「まあ、本当だわ!」

「!」


 その途端クラウディアの周りには、瞬く間にたくさんの女子生徒が集まってきた。


「きゃあ、近くで見るとますますお人形さんのよう!! 初めまして、あなた転入生!?」

「わわ?」

「お目々ぱっちり、睫毛ふわふわ、ほっぺもすべすべ……! 一年生とはいえ小さいわ、なんて可愛らしいのかしら……!」

「髪の毛もさらさらよ! 大人になったら絶対に絶世の美女だわ。それどころか今も、可愛さと綺麗さが相俟っていて美少女すぎるわね」

「こんな可愛い妹欲しかったあ! ねえねえ、お菓子食べる?」

「見れば見るほど美人さんだわ。色んな可愛いドレスを着せてあげたい……」


 クラウディアがぱちぱち瞬きをしている間にも、上級生の数はどんどん増えていく。クラウディアのほっぺをつんつんと突つく女子が現れると、ノアが耐えかねたように手を伸ばしてきた。


「姫殿下!」


 ノアに対しては日頃から、『見縊られている方が都合が良いの。私が子供扱いされているときは、なるべく手を出さずに静観してね』と命じていた。


 けれども流石に看過できなくなったのか、ノアはクラウディアを抱き上げる。

 近頃のノアは、成人女性の平均身長よりも背が伸びていて、抱っこされたクラウディアは上級生たちを見下ろす形になった。


 けれど、それで助かった訳ではない。

 これまでクラウディアに注目していた女子たちが、ここで初めてノアの顔を見たらしく、一様に釘付けになったのだ。


「っ、君もすっごく格好良い……!」

「!?」


 その瞬間、ノアは心底苦い表情を浮かべてみせた。けれども女子たちはそれに構わず、クラウディアを抱き上げたノアを取り囲む。


「そのネクタイは四年生? つまりは十三歳か十四歳!? 既にこんなに格好良いのに、まだ成長の余地があるということ!?」

「一年生ちゃんを守る騎士さまなの? 可愛い……!」

(まあ。ノアがお姉さんたちに大人気だわ)

「姫殿下、転移魔法の許可を……!」


 ノアが小さく懇願した瞬間、人垣の向こうから声がする。


「こーら。下級生いじめるのも、それくらいにしておけよ?」

「!」


 女子たちが振り返ったその先には、先ほど現れた青年ルーカスが立っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ