093-5-19_セシリカの決意と王国の事情
セシリカは、はっきりとした口調で言い切った。
「ローズ男爵様を陥れたジャブロクとマラジーナ伯爵に、これまでの借りを返したいのです。そして、奴隷だった私は、伯爵に人の尊厳を踏みにじられました。だから、私は、伯爵に一矢を報い、私の誇りを……」
彼女は言葉を区切り、一旦、大きく息を吸い込んだ。
「取り戻すっ!」
そして、右手でガッツポーズを取り力強くそう言った。するとその時、後ろで、金属の何かが落ちる音がした。アリサが手に持っていたトレーを落としてしまったようだ。しかし、アリサは直ぐにそれを拾い上げ、キリっと背筋を伸ばして、姿勢を正した。男爵は、一度、アリサの方を見てから頷くと、僕に視線を向けた。
僕も、是非、セシリカの気持ちを応援したい。
「セシリカは、辛い経験をしたけど、もう、自分の心と向き合える強さを取り戻したんだ。だから、セシリカには、もう、恐れるものはないと思うよ。それに、セシリカは、演算スキルの上級持ちだから、そこいらの相場師では誰もセシリカに敵わないよ」
男爵は僕の言葉を聞くと、またニンマリとした顔に戻り、みんなに聞こえるように大きな声で言った。
「セシリカ女史! 君の言葉の意味を理解した! ここに控えている使用人たちの思いも一緒に連れて行ってくれ。勝負は全て君に託す。これは、ボズウィック家からの依頼である。セシリカ女史に必要な資金を提供することを約束しよう。その代わり、セシリカ女史、奴らが慌てる顔をワシに拝ませてくれっ! ワッハッハッハ!」
男爵がそう言うと、アリサが一歩前に出て、セシリカに向けて九十度のお辞儀をした。すると、他の使用人も、アリサと同様に一歩前に出て、セシリカに向けて九十度のお辞儀を行った。セシリカは、背後でお辞儀をしている使用人に、同様のお辞儀をして返礼すると、男爵に向かって、また、力強く言った。
「私にお任せくださいっ!」
男爵はセシリカの返事に、「よし!」と頷いた。
セシリカがやる気に満ちている。
後は、僕がちゃんと小麦の浄化をするだけか……。
実は、ほんの少しだけ懸念材料がある。それは、イグニス山で神池の浄化を行った際のことだ。あの時、ものすごく力が湧いてきた気がした。その時使用した魔法、ヴェネディクト・ヒールは今まで使ったことが無かった規模の魔法だったのだ。魔法を放つ前からイメージしていたから、大丈夫だったとは思うけれど、あの時、大人の身体になってなかったら成功していたのだろうか? と考えてしまっている。セシリカには、「任せて!」と言ってあるけど、二週間後に小麦畑の浄化を行う面積は、イグニス山の時の五百倍、いや、もっとだろう。それだけの広範囲な土地と種を浄化しなければならない。
まぁ、最悪は魔法をなん度も繰り返えせばいいよね。何とかなる!
男爵は、一呼吸置くと、ローズ男爵夫妻の赦免に関するもう一つの案件について話し始めた。
「ところで、ローズ男爵殿が国王陛下からお赦しをいただくための要となる第二王女様のお身体の事であるが、これについては、貴族の醜い派閥争いがもたらしたものである。知らぬ者もおるだろうから、今一度、経緯を確認しておきたい。まずは、ワシからこの王国の現状を説明しておこう……」
男爵はそう言うと、王宮の跡目争いの経緯と、その背景にある王国と二つの大国との関係について説明を始めた。
「……初めに、この国と大国との関係であるが、それには地政的な問題が大きく関わっておる……」
男爵によれば、辺境国のクライナ王国は、立地上、二つの大国の緩衝地帯になっているということだった。
確か、王国の西側に聳える中央山脈の反対側は、もうレムリア神聖王国の支配地域なんだったよね。それに、王国から南方の町、メルーズはアトラス共和国の影響下にあるんだった。
改めて考えると、クライナ王国は、結構、両大国と近い位置にある。つまり、大国にとっては、自国の影響下に取り込みたい国であると同時に、決して相手に取り込まれてはいけない国なのだった。少しバランスが偏るだけで、世界の均衡が崩れかねない。三国はそういう微妙な関係になっているようだ。
国同士がとても緊張関係にあるんだね。
「そして、国内の事情であるが……」
男爵は、王宮が国内の貴族に対して権威を誇示するための力が、失われつつあるのだと言った。王宮が独自で動かすことが出来る武力は、現状では、王宮騎士団のみであるらしい。本来の最大武力であるクライナ王国軍は、貴族の所持する兵の寄せ集めであるからだ。そのため、軍は、国外有事の際にしか役に立たたない。
そうした理由から、クライナ王宮は、例え国内貴族が大国と強いつながりを持つと分かっていても、それらの貴族を排斥することもできないのだった。その結果、王宮は常に貴族の顔色を伺うことになってしまう。つまり、クライナ王国の内政に、有力貴族を介して、両大国がしばしば干渉してくることになるとのことだ。
王国、大丈夫なの?
男爵は、歴史の教訓を踏まえ、王族が積極的に王位継承争いをすることは無いと言った上で、大国との関係性に付け込み、貴族たちが、自らの利益のために王族の跡目争いを演じてきたと言う。
「現クライナ王、アポストロ・ディア・クライナ陛下、つまり、アポストロ十三世陛下は、今から二十年前に先代から王位を継承し、今日に至っている。前回の王位継承の時には、現王とその弟君であるプロディ・ディア・クライナ公爵との跡目争いが、それを支持する貴族たちによって繰り広げられたのだ……」
その時に、アトラス派は弟のプロディを、レムリア派は兄のアポストロを支持していたということのようだ。
なるほど。そうすると、アトラス派にすれば、前回の王位継承では煮え湯を飲まされたということになるね。
男爵は、「考えたくは無いが」と前置きしたうえで話した。
「最近は、これまでの劣勢を巻き返そうと、アトラス派の貴族どもがあからさまな動きを取っておる。そのことから推察すると、第一王子様のご病気も、ワシは、黒い魔石が原因ではないかと思うのだ。王子様が病床に臥せられた時期と、イリハの体調が悪くなった時期が重なっておるからな。恐らく連中は、黒い魔石の効果をイリハで試し、第一王子様に利用したのではないかという気がしておる」
イリハで黒い魔石の効果を試した? もし、それが本当なら赦せないっ!
しかし、第一王子の命を奪うだけなら、もっと直接的な方法があるようにも思う。
「男爵様、アトラス派のやり方は酷すぎるよ。でも、第一王子様の命を狙うなら、もっと確実な方法があるんじゃないのかな?」
「ワシもそう思うところもあるのだがな、その背景には大国の思惑もあるように思うておる……」
男爵は、王位継承争いにしても、あるいは、貴族による派閥争いにしても、その背後には両大国の思惑として、クライナ王宮を生かさず殺さずにしておき、均衡を図っておきたいという暗黙の意図があったのだと言った。それは、大国同士が直接、戦争となることを避けたかったからであり、大国の関与が明らかになるような方法は避けられてきたのだろうということだった。ところが、男爵は、一度、目を閉じると、なにか懸念のある表情をした。
「しかし、あくまで、これは、今までの話だ。だが、第二王女様の魔獣襲撃事件は、これまでとは少し趣が違う気がするのだ……」
そのように、男爵が、何か違和感を感じているのは分かる気がする。先ほど、僕が昨日の出来事を説明する中で、セシリカは第二王女の魔獣襲撃事件について言及した。彼女によれば、第二王女一行を襲ったのはワイバーンという魔獣だったとのことだ。そのとき、アムもククリナも、ワイバーンなどイグニス山には生息していないはずだと言っていた。
そう言えば、あの森にはもともと強い魔獣はいないんだったよね。
ククリナによれば、ワイバーンという魔獣は二本足の飛竜で、姿がドラゴンに似ているが、人間との意思の疎通ができるほどの知性はなく、その特徴的な翼で風攻撃を行ったり、二本足の爪で攻撃したりする魔獣だ。しかし、自分のなわばりから出てくることは殆どなく、まして、人間の町に現れることなど、滅多に無い。ワイバーンは、そのような魔獣ということらしい。
ワイバーンか……。
男爵は、彼女たちの報告を踏まえ、そうしたアトラス派のやり方に違和感を感じているようだ。
「セシリカ女史の話では、王宮騎士団のレックスが、あの事件を主導した疑いがあるということだが、奴が、マラジーナ伯爵の手下であることは周知の事実なのだ。そうすると、伯爵が関与していることは容易に想像が付くのだが、それにしても、ワイバーンに襲わせるとはな。伯爵にとっては、少し、勇み足である気がするのだが。まぁ、元々、イグニス山にいる魔獣では、第二王女様への被害が、護衛によって食い止められかねないと考えたのかもしれん。しかし、そのお陰で、この事件と、アトラス派の関与が明らかになった」
男爵は、このローズ家事件ではアトラス派の手口に慎重さが見られず、彼らに、焦りが見えると考えている様だ。さらに男爵は、右手で自分の顎を撫でながら「ワシの考えすぎかも知れんが……」と言って、違う角度の話をし出した。
「エリアよ、レピ湖に捨てられた黒い魔石の件であるが、ワシは最初、貴族の派閥争いだと考えていた。しかし、イグニス山の話を聞いて、今は、ある疑念を持っておるのだ。斑点病という森の病気があるのだが、知っておるか?」
「面白いかも!」
「続きが気になるぞ!」
「この後どうなるのっ……!」
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