085-5-11_女神降臨?(挿絵あり)
「また、やっちゃったの?」
エイルが頭の上から言った。舌を出して、「てへっ!」とエイルに愛想を送ると、そぉっと、足音を立てないように、祭壇に向かう。そして、セシリカの肩を、ポンポンと叩いた。
「ご、ごめんね。ちょっと魔法が効きすぎちゃったみたい」
彼女に、ヒソヒソと小声でそう言った。セシリカは涎を垂らしていたけれど、それを手の甲でふき取ると、口の中のものをゴクリと呑み込んでこちらに向いた。そして、「あ、ありがとう……ござい……」と、言いかけたところで固まってしまった。セシリカは視線を上下に往復させると、ようやく小さな声で呟いた。
「だ、誰ですか……?」
そして、彼女は視線を首に合わせた。
「……も、もしかして、エリア様……ですか?」
彼女にニッコリ笑顔を向ける。すると、セシリカは、上体を後ろにのけ反らせ、目をまん丸に見開いた。
「何でっ!?」
「詳しい説明は後で」
彼女にそう言って、手を引っ張り、立ち上がらせると、セシリカは、外れていたブラウスの第一ボタンと第二ボタンを止めて、スカートを整えた。横を見ると、ホルトラスもへたり込んだまま驚いた顔をしている。
それ程強くは、魔力を使ってないつもりなんだけど?
さらに、その横では村長が膝立ちになり、いきなり両手を差し出してくる。
「ん?」
「め、女神様。こ、この私に祝福を……」
「祝福って!? そんなの、するわけないじゃないっ!」
どさくさに紛れちゃって、ありえないよ、ホント。
「あっ、祝福ってキスの事だよね?」
とんでもない親父だ。こんな若い女の子にキスをねだろうとするなんて! ん? そういう意味だよね? って、どっちでもいいっ!
セシリカは、改めて僕の姿を嘗め回すように見て、呆れたように、ジト目になった。
「後でちゃんと話を聞かせてくださいよ、まったく」
彼女はそう言うと、腰に手を当てて一旦シャキッと気合を入れた。そして、祭壇の前で、皆に向かって仁王立ちとなった。
「みなさんっ! 奇跡です、女神像に、女神様が……」
しかし、セシリカが話そうとしたとき、一列目の右端に座っている男が、突然、立ち上がり、野良仕事で鍛えられた野太い声で叫んだっ!
「め、女神様じゃっ! ほれっ! あの首のタトゥーと首輪!」
その男は、僕の事を指さし、とても驚いている。
何? 何? 急に?
さらに、今度は、今叫んだ男のすぐ後ろに座っていた男も、指を差しながら立ち上がった。
「み、見ろっ! 巫女様が、隷属の首輪を嵌めてなさるっ!」
すると、あちらこちらから声が上がリ、男たちが、次々と立ち上がった。
「お~っ!」
「本当だっ! 女神様だぞっ!」
「女神様が、ご降臨なされたっ!」
「め、女神様っ!」
「女神様だっ!」
「ワ、ワシらに、ワシらに祝福をっ!」
「いっ!?」
いやぁ~、何これ? 出てこない方が良かったかも……。
村長は立ち上がり、両手を上げて皆の興奮を静めるように言った。
「ちょっと、落ち着いてくれんか、皆の衆」
そう言って、彼は、身体ごとこちらに向き直る。
「あんたさんは、エリア様じゃろ?」
「エリア? 誰じゃ?」
先程、自分の種を持ってきたといってみんなに配った年配の男がそう言って、村長の隣から覗くように顔を出した。
「う、うん、僕は、エリア……」
セシリカに掴まりながら、身を小さくしてそう返事をした。すると、村長は、眉毛をハノ字にして、視線を上下させて舐めるよう僕を見ると、また、農民たちの方へと向いた。
「随分と背が伸びなさったが、間違いないわい。皆の衆っ! このお方こそ、小麦を発芽させる魔法を使ったお方じゃ。ワシも、みなと同じじゃ。このお方は、女神様の生まれ変わりじゃと思うとるでなっ!」
村長ってば、何、魔法の事バラシてくれてんのっ!
セシリカの計画では、女神像が奇跡を起こす段取りだったのに、ホルトラスさんは、村長さんに計画を説明してなかったの!?
すると、農民の誰かが大声で言った。
「村長も、ああ言うとるぞっ! やはり、このお方は女神様じゃ! ワシらは助かるぞっ!」
「女神様っ! 本物だっ! 本物の女神様だっ――!」
その声は、轟音となって、狭い教会内を一瞬で熱狂的な空気へと塗り替えていく。
「何っ? 何っ? みんな、ちょっと怖いんだけど……」
そのまま、セシリカに掴まりながら半身になって様子をみていると、今度は、誰かが、みんなに呼びかけるように掛け声を上げた!
「俺たちは、救われるっ! 今年は、小麦が育つぞっ! みんなっ、種を撒こうっ! 女神様っ、万歳っ! 万歳っ! 万歳ぁーーーーいっ!」
すると、その場の全員による万歳合唱が始まった。
「おおーーーーっ!」
「女神様っ! 万歳っ! 万歳っ! 万歳ぁーーーーいっ!」
「万歳っ! 万歳っ! 万歳ぁーーーーいっ!」
「万歳っ! 万歳っ! 万歳ぁーーーーいっ!」
合唱が何度か続いた後、一番前列の男が、祈りのポーズを取る。すると、その隣の男も……。
さらに次々と……。
教会内の轟音が一気に収まり、そこにいる全員が、祈りのポーズを取り出した。教会内が静まり返る。
「こ、今度は何……?」
ホルトラスも、村長も、セシリカも、床に跪き、目を閉じ祈る……。
「ちょっと、セシリカまで!?」
静かな時間が過ぎていく……。
しばらく静寂が続いたかと思うと、突然、後ろの誰かが祈りの言葉を唱え出した……。
我らの罪を……その身に受けし……ガイアの子よ
久しき昔の契約に従い……隷属の女神となりて……救済の光を……現し給へ……
その光、天に満ち地に注ぎ、我らを照らす……
さすれば、我らは、忘れ去った、久しき昔の友と……再び、親愛なる杯をかわす……
その声に続き、次々と皆が祈りの言葉を奏上しだす。声が合わさって教会が揺れている。
今度は、誰かが歌を歌い出した。その歌は伝搬し、祈りの奏上が合唱へと変わっていく。
この歌……。
ラヒナがいつの間にか隣に来て、一緒にハミングしている。
「m~、m~mm、m~、m~mm……」
やっぱり、このメロディ、あの歌だ。
歌のメロディは、ラヒナがライラによく聞かされていたと言って教えてくれたものだ。しかし、歌詞は何を意味しているのか良く分からない。
さっきの祈りとよく似た意味にも思えるけど……。
「久しき昔? 忘れ去る? 何だろう?」
しばらくして合唱は止んだ。そして、教会がまた、静寂に包まれる。農民たちは、皆、静かに祈りを捧げている。その後、一番前の席に座っていた男たちが、スッと立ち上がり、祭壇に向かってお辞儀をし、通路から扉に向かって歩き出した。さらに、また次の列の男たちが順番にお辞儀をして、扉に向かって歩いていく。
粛々と、静かに……。
農民たちは、晴れやかな表情で、次々に教会を出て行った。
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