072-4-21_記憶の蓋
セシリカが奴隷?
彼女は自分の生い立ちを話し出した。
「私の実家は、代々続く両替商を営んでいました。そのおかげで、小さい頃は何不自由なく生活をしていたんです……」
両替商の家系に生まれたセシリカは、幼い頃から両親に算術を教えられ、自分も、将来は父親の後を継いで両替商になると漠然と考えていたらしい。しかし、突然、彼女の人生は狂いだした。
「大口の取引先が経営破綻し、連鎖倒産が発生してしまいました……」
彼女の両親の商売は、連鎖倒産の影響で、大きな負債を抱えてしまったのだった。そして、その挙句、事業が行き詰まり、借金だけが残ったそうだ。実家の財産は全て他人の手に渡り、それでも返しきれない借金の形として、親子共々、奴隷商に売られてしまった。
「その時から、両親とは、ばらばらです……」
一度、奴隷に落ちてしまうと、親子であっても配慮されることはなく、別々の主に買われていくことになってしまう。先に買われて行ったのは両親だったそうだ。大人は労働力としての価値があるのだろう。しかし、両親がどんな主に買われていったのか、セシリカには、それすら知る由もない。彼女は、両親に別れの言葉もかけられず、父と母それぞれの行方は、それ以来不明になってしまっている。そして、セシリカも、程なくして買われていったらしい。
彼女を買ったのは、マラジーナ伯爵 という貴族だ。奴隷商の男は、彼女が買われるときに、「いい旦那様に買われて幸運だ」と言ったそうだ。
「私のように体力のない女の子なんて、買いに来るとすれば、ロクでもない人間しかいません……」
セシリカを奴隷商から買ったのは、クライナ王国の伯爵だった。ところが、その伯爵というのは人格が破綻しており、屋敷に連れていかれた彼女は、その日からずっと虐待を受け続けることになったという。そして、彼女は、心に深い傷を負い、それ以来、彼女はずっと突然湧きおこる様々な症状に苛まれ続けてきたと言った。
その後、マラジーナ伯爵は、セシリカの心理的病を理由に彼女を奴隷商に売った。そして、彼女は、奴隷市場で彼女の算術の能力を気に入ったローズ男爵によって買われ、隷属魔法を解呪されて、今は奴隷から解放されているということだ。
彼女は言った。
「マラジーナ伯爵のところにいるときから、私は体調がおかしくなり、呼吸困難や、全身に痛みが走ったり発疹が出たりしました。伯爵はそんな私に興味が無くなったんでしょう。その後、ローズ家に迎えていただき、とても感謝をしています。しかし、今でも、突然、体調がおかしくなってしまうんです……」
セシリカは、虚ろな目つきをしている。彼女に、思い出したくない事を話させているようで、申し訳ない気持ちになった。
彼女は続けた。
「先程は、アトラス派の話が出ましたが、実は、マラジーナ伯爵こそが、アトラス派の旗頭であり、中心人物なんです。そのとき、伯爵の名を思い出してしまい、それで、ご心配をお掛けすることになってしまいました……」
しかし、セシリカはそこまで話をして、一瞬、驚いたような顔になった。
「私……伯爵の名を口にしても……何んとも……無い?」
そう言って、胸に手を当て自分の鼓動を確かめるようにゆっくりと呼吸をした。ラヒナは、心配そうにセシリカの顔を覗き込んでいる。セシリカは、何度か深呼吸を繰り返すと、最後に大きく息を吐いた。
「ふ~っ……。ラヒナ様、どうやら、大丈夫のようです」
セシリカは、ラヒナに笑顔を見せた。
「本当?」
ラヒナは、まだ心配している。しかし、セシリカは、ラヒナを抱きかかえると、「ありがとうございます」と言ってラヒナに頬ずりした。すると、ラヒナはくすぐったそうにして、コロコロと笑った。ホルトラスも肩をなでおろして、ホッとした顔をしている。
セシリカに女神の祝福が効いたのかな……。
しかし、セシリカは、先程からの説明の中で、ただ、状況のみを話しただけだ。彼女が、一度も感情を現す言葉を口に出していないのが気になる。
きっと、怖くて怖くて仕方なかったはずだけど……。
セシリカの中には、吐き出されなければならない恐怖の塊が、まだ残っているように思えてならない。
「セシリカ。本当は……怖かったんだよね?」
ポツリと言ってしまった。口に出さず、このまま置いておく事に、どうしても、モヤモヤとした違和感を感じてしまう。しかし、そう言うと、彼女が黙り込んでしまった。
「……」
「怖いと言っても大丈夫だよ。僕がいるから」
「……うっ!」
彼女は、咄嗟に、左手を口に当てた。
「ううっ~……ううっ~……うっ……ううっ~……」
彼女は、歯を食いしばりギュッと目を閉じて、唸り声を出し始めた。ラヒナは、そっと、彼女の膝から下り、心配そうにセシリカの顔を覗き込んでいる。すると、大粒の涙が、セシリカの目からボロボロと流れ落ち、口が開かれて、彼女は、感情を口に出した。
「止めてください……嫌だ。もう、止めてください。い、嫌っ!」
彼女の顔つきが恐怖に歪む。
「うううっ、嫌だっ! 怖いっ、怖いっ、怖いよっ! もう嫌だっ! うううっ、うううっ……怖い……うううっ……」
そして、セシリカはうつ向いたまま目を大きく見開き、お腹の中から叫び声をあげた。
「嫌っ! 嫌ぁぁぁぁーーーーっ! 嫌ぁぁぁぁーーーーっ! 嫌ぁぁぁぁーーーーっ!」
彼女の悲鳴が教会中に響く。
「うううう~。うううう~」
セシリカは叫び声を上げた後、唸るように身体を震わせた。そして、今度は、大きな声を出して泣いた。
「……誰もっ! 誰も、来てくれないっ! うわぁ~~~っん! うわぁ~~~っん! うわぁ~~~っん!」
セシリカは、震えながら泣いた。怖かった、恐ろしかった、そう口に出して、ようやく、彼女は、泣くことができた。彼女は手で顔を覆いながら鳴き声を上げた。
頭を下げ、蹲るようにして泣いているセシリカにそっと寄り添う。
「一人で、怖かったよね、セシリカ。ここまで、よく辛抱できたね」
そして、彼女の頭を胸に抱いてあげた。
「ううっ、ううっ、うっ……」
セシリカは、鳴き声か返事かわからないような声を出し、何度も頷いた……。
彼女は、しばらく泣き続けると、ようやく呼吸を整え始めた。彼女から離れると、ラヒナが椅子に上ってセシリカに抱き着き、今度は、ラヒナが声を出して泣き出した。セシリカは、ラヒナをしっかりと抱きしめると、ラヒナもセシリカの首に手を回し、ぴったりと密着する。セシリカには、ラヒナの心臓の音が伝わっていたのかもしれない。彼女は、目を閉じながらゆっくりとした呼吸をして、段々と落ち着きを取り戻していった。
「面白いかも!」
「続きが気になるぞ!」
「この後どうなるのっ……!」
と思ったら
下の ☆☆☆☆☆ から、作品への応援お願い申し上げます。
面白かったら星5つ、つまらない時は星1つ、正直に感じたお気持ちで、もちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当に励みになります。
重ねて、何卒よろしくお願い申し上げます。




