062-4-11_妖精の気持ち
おじさんが落ち着くのをしばらく待って、女の子の耳の回復について、提案してみることにした。
「この子の耳だけど、僕なら治せるかもしれない。彼女が承諾すればだけどね」
この子は、見ず知らずの僕にさえ優しさを見せてくれた。だから、僕も彼女のために女神の力を使いたい。
おじさんは、目を丸くしている。
「そ、そんな事ができよるんですか? 旦那様と奥様が、あらゆる手を尽くされても、お嬢様の耳は治りゃせんじゃったが?」
おじさんが彼女を見る。彼女はその視線の意図を探るように濁りの無い澄んだ瞳で、おじさんの顔を見ていた。そして、おじさんは、決心が固まったように、突然両手を床に付いて頭を下げた!
「も、もし、ワシにできることなら、なんだってやりますじゃ。で、ですから、あなた様の言う通り、お嬢様の耳が聞こえるようになるんなら、なんとか、なんとか、お願いできんでしょうか?」
おじさんは一生懸命に頭を下げる。本当に彼女の事を想っているようだ。彼女は目を丸くしておじさんを見ている。おじさんが、突然、土下座をしたもんだから、驚いているようだ。
「お、おじさん、そんな事しないでよね。僕が彼女にしてあげたいんだから……」
僕は、心のままに行動したいんだ。そんな風にされちゃうと、誰かの意思で自分が動いているような気分になるからやめて欲しい。おじさんにもそう言うと、僕の気持ちが分かってもらえたのかして、頭を上げてくれた。そして、妖精にお願いし、エインセルから彼女に説明してもらう事にした。
「妖精さん。またお願いしてもいい?」
「いいわよっ!」
妖精はそう言って、彼女に説明してくれた。そうすると、彼女は両手を自分の耳に当て、天真爛漫な笑顔を向けて大きく頷いた。
ホント、素直で可愛い子だね。うんうん。
おじさんの言ったとおり、この子は本当に健気だ。
「よし」
彼女も承諾したようだし、はじめるとしよう。
まずは、彼女の診断を行う。彼女の頭の横に両側から手を翳し、微弱な魔力を流した。しかし、直ぐには難聴の原因がつかめない。
「それほど単純な原因じゃないのかな?」
深呼吸し、もう一度、落ち着いて手を翳した。すると、脳裏に、「遺伝子」という言葉が浮かんだ。
また、インスピレーション!? 彼女の難聴は、遺伝子の異常なのか?
そう自分の中で言葉にすると、また、脳裏にこの子の遺伝子の映像が浮かび上がった。それは、何かの暗号のような文字の配列情報で、異常カ所が浮かび上がり、配列情報が上書きされていくような映像だった。
なるほど。それなら、映像の通りに遺伝子の修復をすれば回復するかもしれない。イリハの時もインスピレーションによって、病気の原因を特定し、その後、女神の祝福をして、イリハの病気を治すことが出来た。あの時と同じようにやってみよう。
彼女の遺伝子が修復されることをイメージする。
うん、やれそうだ。でも、彼女には事前説明無しでいいよね。いちいちキスがどうとか言うと、この子が驚いてしまうといけない。
だ・か・ら……。
彼女の目の前に顔を寄せ、いきなり彼女の頬を両手で押さえて、唇にキスをした。
「チュッ!」
彼女が目を丸くして驚いている。でも、暴れたりはせず、固まっているだけのようだ。女神のエネルギーが彼女に流れていくことを感じる。そして、数秒してからゆっくりと唇を離した。
どうだろう、女神の祝福は効いたかな?
しかし、彼女は、胸に手を当ててぼんやりと空中に視線を向けている。少し顔が赤らんでいるようだ。
「え、え〜と、僕の声、聞こえるかな?」
すると、彼女がハッとして、周囲を見まわした。そして、口を開け、恐る恐る声を出した。
「あ〜〜〜! ……?」
彼女は、ゆっくりと顔を動かした。
「お・と……? こ・れ・が……」
そして、彼女は、突然立ち上がり、外へと飛び出して行った。彼女の叫ぶような声が聞こえてくる。
「わぁーーーーっ! わぁーーーーっ! 私ぃーーーっ! 月ぃーーーー! 星ぃーーーー! 夜ぅーーーーっ!」
そして、声が止んだ……と、思ったら、また聞こえてくる。
「わぁ〜〜〜〜っ! わぁ〜〜〜〜っ! うわぁ〜〜〜〜んっ! うわぁ〜〜〜〜んっ! ううぇ〜〜〜〜ん、ううぇ〜〜〜〜ん……」
ところが、今度の声は、涙声になって震えている。
泣いちゃったね。
「うわぁ〜〜〜〜んっ! うわぁ〜〜〜〜んっ! うわぁ〜〜〜〜んっ……」
そして、彼女は、お腹の底から力一杯声を出して、泣き出した。
今は、思いっきり泣いていいよ……。
彼女の泣き声が、夜の闇に溶けていく。それを聞いていると、胸の中に温かいものを感じて、こちらまで優しい気持ちになってくるようだ。しかし、泣き声は目の前からも聞こえてくる。おじさんだ。彼も、肩を小刻みに揺らしながら、クックックッ、っと引き付くように喉を鳴らして泣いている。
このおじさんも、いい人なんだね〜。
しばらくして、外の様子が静かになった。気になって彼女のところに行くと、彼女は泣き止んで、じっと夜空を眺めていた。
「どうしたの?」
「……お空は、こんなにも大きかったんですね……星が……とてもきれいです。星の音は聞こえませんが、夜空の星が……美しいです。初めて、知りました……」
そして、彼女は僕に振り向くと手を胸の前で組み、潤んだ瞳で言った。
「……女神様……ですよね?」
「ん? ま、まぁ、これをどうぞ」
メイドドレスのポケットには、アリサがもう一つハンカチを入れてくれていた。それを、彼女に差し出す。
「ありがとうございます……」
彼女は、ハンカチを受け取って目頭に押し当てるとニッコリ笑う。
「抱き付いてもいいですか?」
「え?」
彼女はそう言って、僕の返事を待たず、飛びつくようにして腕を首に回してきた!
「女神様っ!」
「わっ!」
後ろに一歩下がりながら彼女の身体を受け止める。さらに僕の後ろには、いつの間にかヴィースが立っていた。彼は、壁になって僕の身体を支えてくれた。
女神様……か。
彼女の髪の優しい匂いが鼻をくすぐる。爪先立ちになっている女の子の身体を支えるように、背中を抱いてあげた。
僕の方が、ちょっぴり背が高いかな。
空を見上げると、綺麗な丸い月が山の上に顔を覗かせている。
明日は、満月だ。
そんなことを思いながら、彼女の体温と鼓動を感じていた……。
しばらくそうしていた後、彼女は、ようやく僕から離れると、両手で口を押え、小さな声で、「女神様が初めてで良かった」と言って、家の中に入って行った。
ん? ちょっとおませさんだね?
彼女の背中を見送ると、今度はエインセルがやってきて顔の前でホバリングする。
どうしたの?
「あの子、耳が聞こえるようになったのね? やっぱり凄い! ありがとう、女神様」
う、うん……。
何故かエインセルにお礼を言われる。そして、エインセルは小さな手を祈るようにして組むと、力強く言った。
「あのっ!」
「な、何?」
「女神様、私も、女神様のキスが欲しいわっ!」
小さいエインセルだが、よーく見ると顔は真剣だ。
「キスって、僕の?」
そう言うと、エインセルは腕組みして、少しふくれながら言った。
「もうっ、女神様しかいないでしょっ!」
「面白いかも!」
「続きが気になるぞ!」
「この後どうなるのっ……!」
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