035-2-16_ピクニック
ダニーとマリーナと三人で話した翌日。
異世界転生して、今日で一週間が過ぎた。これまで結構いろいろな事があったけれど、その中でも一番の出来事はイリハとの出会いだ。彼女の病気を治したことで、僕は、ボズウィック男爵家の一員になった。つまり、この世界での貴族ということだ。しかし、貴族なんてしっくりこないし、柄じゃない。元奴隷の貴族というのも滑稽だし。まぁ、男爵がいいと言うので、甘えておくとして、あまり、そう言う事に縛られないように、この先も、心のままにやっていこう。それにしても、これから具体的に何をしていくべきだろう? とりあえず、生活拠点はできた。当面の間は、この生活を楽しみたいところだけれど、追々、この国の社会情勢なども知っていかないとだめだろうし。それに、レムリアさんは、救済を待つ困難な少女たちがいる社会だって言っていた。それって、奴隷制度の事だろうけど、それなら、ここの生活を楽しんでばかりもいられない……。
朝からそんなことを考えていた時、朝食前に、イリハが部屋にやって来た。
「エリア、いるんでしょ? 今日、お昼からピクニックに行くわよ!」
イリハはノックもせずに、いきなり扉を開けた。
「わっ! イリハ。急にびっくりするよ。何だって? ピクニック?」
「そう! お父様が、エリアと一緒ならいいって。行くでしょ? 一緒に」
彼女は、僕の両手を取り、天真爛漫な笑顔を見せた。
いきなり部屋に来て、ピクニックのお誘いか。でも、こんな可愛い子に誘われたら、嫌とは言えないでしょ。
「何だか分からないけど、何処でも一緒に行くよ」
「ヤッター! ありがとう、エリア」
イリハは、抱きついてから万歳して喜んだ。扉のところには、アリサが微笑んで立っている。アリサは、イリハの身支度を終えた後、僕の身支度を整えにやって来てくれたのだ。
「お母様とお父様に言ってくる!」
イリハはそう言うと、廊下を走って行ってしまった。無邪気な天使が去っていくと、部屋がすっかり静かになって、落ち着いた。
「おはようございます。エリア様」
アリサが丁寧にお辞儀をして部屋に入ると、僕を鏡台に座らせた。
「どうしたの、イリハ?」
アリサなら事象を知っているだろう。すると、アリサが教えてくれた。彼女の話によると、イリハは元気そのもので、体を持て余していたのだけれど、両親の男爵とローラ夫人は、相変わらずイリハを心配して、彼女を、屋敷の庭以外、外には出さないようにしていたのだ。
「確かにね……」
そう言えば、ここ数日、どこにも行っていない。
でもねぇ、イリハの身体は女神エネルギーで満たされたから、今なら擦り傷だって見てる間に治っちゃうんだけどね。
そして、とうとう、昨日の夜、イリハの我慢が爆発したらしい。彼女は、ローラ夫人に屋敷の外に出たいと訴えたようだ。
実際には、だだをこねたんだろうけど。
ローラ夫人は男爵に相談し、男爵は、僕が一緒に行くことと、馬車を使用することを条件に、しぶしぶながら許可をしたようだ。そして、行先は、これも男爵の指定した行先、館から歩いて直ぐのところにある、レピ湖の湖畔になったらしい。
「なるほどね。それで僕を誘いにね」
「ええ、イリハ様、とても楽しみしされていますよ……」
アリサは、話をしながらでも、手がよく動く。あっという間に、僕の身支度が完了した。今日の髪型は、三つ編みのツインテールスタイルだ。そして、服装は、白いブラウスにチャコールの毛織ジャケット。そして、下は、白いタイツに膝下丈のバルーンになったパンツだ。色はジャケットに合わせてある。トラディショナルな印象だ。
いいね。
「お疲れさまでした」
アリサはそう言って、後ろでお辞儀をした。
「ありがとう、アリサ」
毎日、身支度が楽しみだ。女の子って、こんな風におしゃれを楽しめるんだね。段々、ピクニックも楽しみになってきた。
早くお昼にならないかな~。
ーーーー。
午後。
ようやく、ピクニックに出発する時間になった。男爵の言いつけのとおり、レピ湖畔まで馬車を使って移動する。そのため、行先は屋敷の目の前にもかかわらず、御車にメイドに他の使用人にと、総勢十名の大所帯となってしまった。これなら、乗り降りする時間の方が長いくらいだ。
貴族が動くと大変だね。
お昼過ぎ、僕はイリハとメイド二人とともに馬車に乗り込んだ。御車以外は徒歩で現地に向かう。メイドの二人はアリサとサリィである。アリサの話では、レピ湖は、クライナ王国最大の淡水湖で、今の時期は黄色に染まる針葉樹がとても素晴らしいそうだ。湖には水の精霊ウィンディーネが棲むと言われ、霧が出る日はウィンディーネが湖面に姿を現すとされている。残念ながら今日は晴れていて、精霊は現れないだろう。イリハは、ウィンディーネと契約したいと言っていたが、出会うことすら難しそうだ。
馬車は屋敷の玄関前から出発し、敷地を出て閑静な林を抜けた。すると、急に馬車の中が明るくなった。早速、湖畔に到着したようだ。僕たちが到着すると、既に日よけテントが設置されており、イリハは一番先に馬車を降りると、こちらに振り返り、両手を大きく広げて言った。
「気持ちいいでしょ! これがレピ湖よ。エリアっ、もっと水の近くまで行こうよ」
イリハは、場所が近所であっても、屋敷から外に出ることができて嬉しそうだ。彼女はそう言ってから、僕の手を取り、水辺に向かって駆け出そうとしたので、僕も一緒に駆け出した。風が柔らかくそよいでいる。
本当に気持ちいいね。
視線を上げると、対岸の景色が目の前だ。あちら側は山が湖に迫っていて、アリサの言った通り、一面黄色く色づいた針葉樹の景色が本当に見事だ。
綺麗な景色だね!
前世の時、いつか行きたいって思ってた山の景色みたいだ。山の麓から中腹にかけては、黄葉の中に別荘のような建物が点在していた。左手を見ると、湖は細い幅で続いており、先の方には桟橋がところどころに見える。そして、反対に右手の方はどんどんと湖の幅が広くなっていき、遠くの方は霞んで、空と湖面の境が分からなくなっていた。対岸に迫る山も、右手に行くほど山すそを雄大に広げている。先の方に見える灰色がかった山並みは、もう雪を纏っていた。そして、水辺には、小さく波が寄せている。砂浜から数メートルは色が透明で浅いようだけど、その先は深い紺色をしていて、急に深くなっているようだ。
しかし、気になるのは、この湖には人間がレジャーを楽しめるような明るい雰囲気がないということだ。何か人を寄せ付けない感じがある。湖の深い色がそう思わせるのかもしれない。横を見ると、イリハが裸足になっている。そして、彼女は、ぺちゃぺちゃと水に入っていった。
「きゃっ! 冷たいっ!」
イリハは、これまでの闘病生活で溜まった鬱憤を晴らすかのように、身体いっぱいではしゃいでいる。
男爵からは決して水に入るなと注意を受けていたよね。肌寒いから入るわけないと思っていたのに。
イリハが僕を呼んだ。
「エリアも早くおいでってば!」
冷たそう! 子どもは元気だね。風邪ひいちゃうよ。仕方ないな、ちょっとだけ付き合ってやるか。
裸足になって湖に足をつけてみた。
マジ、冷たい!
しかし、それよりも驚いたのは、湖水の魔力の高さだ。足に感じる魔力はかなり濃密で、この湖自体が魔力溜まりになっていると思われる。
なるほど、これがさっきから気になっている原因かな?
サリィも、イリハの近くで危険が無いように見てくれている。今日のサリィに蜘蛛はついていないようだ。何気なくサリィに聞いた。
「今日はペット君はいないようだね」
するとサリィが言った。
「あ、あの子たちは決して湖に、ち、近づこうとしないのです」
そうなのか。やっぱりこの湖はちょっと危険な何かがあるようだね。昼間はいいけど、あまり夜には近寄らない方が良さそうだ。
イリハと一緒にひとしきりはしゃいだ後、日よけテントに入り、椅子に座ってアリサに出してもらったクッキーを食べ始めた。
イリハが話しかけてきた。
「エリア、あなた魔法使えるでしょ? 精霊様のイニシエーションって受けたことある?」
イリハは、精霊のイニシエーションに強く関心を持っている。精霊のイニシエーションは満月の夜に精霊が宿る場所に赴き、祈りを捧げて精霊に契約を要請する儀式だ。精霊に認められれば契約ができて、魔法使いになることができる。
「いや、受けたことないよ。女神様のような人には会ったけどね」
僕は、女神の顕在化した姿だなんて言えるわけもないけれど、多少はそれらしいことを言わないとイリハは納得しないだろうから、適当にそう言った。女神ガイアには会ったことないけど、女神の飲み友達を自称するレムリアさんには会ってるんだから、それほど間違いでもないだろうしね。
「ふ~ん。その人ってどんな人?」
やっぱり気になる? レムリアさんは、フェミニン系の美人だけど、マイペースで説明下手。それに適当な性格をしている。きっと、生活力は無いだろう。なんて本当のこと言ったらダメだろうね。
「そうだな、まぁ、何でも知ってるような人だ」
そう言うと、イリハは、「そう」とそれだけ言って黙ってしまった。彼女は、精霊のイニシエーションを受けたいと言っていた。きっとそのことを考えているんだろう。イリハが言っていたイニシエーションが可能となる次の満月は、五日後だ。しかし、彼女の希望だけで男爵が了解するとは思えないから、実現はしないと思う。それに、やっぱりこの湖は、人間を拒絶しようとする意図を感じる。
さっきからずっと、何かに見られているような気もするし……。
イリハが、ポツリと呟いた。
「精霊様に会いたいなぁ……」
「そうだね……」
おやつを食べた後、今日のピクニックは終了することになった。
「面白いかも!」
「続きが気になるぞ!」
「この後どうなるのっ……!」
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