346-16-26_侵入者!
上を見上げると、空の高いところに弓の形をした月が光っている。もう、すっかり真夜中だ。
ピュリスたちを見送った後、屋敷玄関の扉の前まで戻って来た。今さっきククリナが言った事に気を取られながら、真鍮で出来た扉の引き手を握る。重厚な手触りの引き手は、格式の高さを思わせる扉に相応しく、職人の丁寧な仕事によって、可憐に咲いた花と、これから咲くぷっくりと膨らんだ蕾の装飾が施されていた。
ん〜、ククリナもアリサもあんな風に言ってるけど、私ってそんなに軽く見えちゃうのかなぁ? 男からつけ込まれたりなんてしてないと思うんだけどね。二人とも、ちょっと心配し過ぎだよ。
扉をゆっくりと引き開ける。外気が屋敷の中に滑り込んだ。
さて、そろそろ奴らも動き出す頃だし、私もスピカに行かないと、って……ん?
思わず手を止める。
なんかおかしい!
五感を研ぎ澄ます。すると、空気の流れに逆らう様に、少し開いた扉の隙間から異様な殺気が漏れ出してくるっ!
何これっ!? もの凄く嫌な感じがするっ!
粘り気のあるその殺気は、ジワジワと床を這って足元に溜まる。そして、足の先から踵を伝い、ふくらはぎから上の方へと纏わりつくように這い上がって、太腿を撫で上げたっ!
「キャッ!」
誰かに足を触られた気がし、咄嗟にドレスの裾を押さえるっ! 足の力が抜けてしまい、鼓動は高まってくるっ!
「どうかなさったのですかっ!?」
アリサがしゃがみ込んで、私の裾を確認した。ククリナはアリサの様子を覗くと、一瞬で状況を把握したようだ。
「エリア様、これは……」
「ええ、二人とも気をつけてっ! お屋敷の中に侵入者がいるわっ!」
ククリナは、すぐさま背を向けると周囲を警戒する。
「開けるわよ!」
扉に向き直り、フッ! と強く息を吐いて、気を整えた。
「ご注意を!」
アリサが緊張している。
彼女に無言で頷くと、殺気の元に意識を向けながら、扉をゆっくりと開ける。すると……。
「なっ、何これっ!?」
見ると、正面階段から少し左手の応接間の前に黒いマントを纏った紫色のレオタード姿の女と、黒いフードを被った女が部屋の扉を挟んで立っていた。異様な殺気を出していたのはコイツらだ。そして、重厚な扉には赤い髪の少女が磔にされているっ!
「何これ、って、見りゃ分かるだろ? 今からこの子をいたぶって遊ぼうとしてるとこさ……」
「アイリッシュっ!!」
何だ、この状況? 強盗? いや、そんな雰囲気じゃないっ!
「エリア様っ! 後ろにも賊がっ!」
ククリナはそう言って、アリサを庇うように左手を伸ばし姿勢を低くした。
誰だコイツらっ!? なんでアイリッシュを!
アイリッシュは、頭を項垂れながらも瞳は開いている。そして、彼女は薄笑いを浮かべていた。
「……あなたたち、一体、何者よっ!? その子をどうする気っ!?」
視線を逸らさずに目の端で周囲の状況を把握する。すると、左手の廊下の奥には、メイドと警備の使用人数人が倒れているのを確認した。
クッ!
「やっぱそう言う事聞くんだねぇ。場末の劇じゃあるまいし、そんな質問に答えるバカなんて、実際、この世にゃいないのさ……」
そう言って、女はニタリとイヤらしい笑みを浮かべる。
「……とは言え、話さなきゃあたいの仕事が先に進まないからねぇ。だからって、あたいはバカじゃないよ」
答えるのねっ!
女は、腕組みして短剣を摘むように持っている。そして、もう一人の黒いフードを被った女は、アイリッシュの喉元にナイフを突きつけていた。レオタードの女は、私から目を離さない。
この女、見るからに暗殺系スキル持ちだわ。でも、何を企んでいる?
すると、女は、何かに気が付いたように、大きく目を見開いた。
「おや? 本当に首輪をしてるんだねぇ。そそるじゃないか」
あの女のペースには乗っちゃダメ! でも、どうする?
エクストラセンスを使えば、フードの奴がナイフを突き刺すよりも先にアイリッシュを助けることが出来るかもしれない。でも、あのレオタード女が何をするか知れないし、それにアイリッシュの様子がおかしい!
コイツらっ!
「……なんだ、褒めてあげたのに反応無しかい? 釣れない子だねぇ、まぁいいさ。あたいの名はサリーダってんだ、カバールの……」
「その子に何をしたのっ!?」
「あんた、空気読めないのかい? 今、私が自己紹介を……」
「その子を離しなさいっ!」
「クックック。そうかい、そうかい、無視なのかい。性格悪いよあんた……」
女は、呆れたようにそう言った。そして、言葉を続ける。
「……でも、あたいはあんたの名前を知ってんのさ。あんたはエリアってんだろ? キュートな名だねぇ。想像するだけで、おかわり出来そうだよ」
おかわり? 何の事言ってるのか分からないけど、コイツが変態だって事は確かだわ。
「何で私の名前を知っているっ?」
「おや? そこは反応するんだねぇ。会話は出来るのかい? 一方的な言い草だけど……」
女は、そう言ってまたニンマリと笑った。
「……あたいの要件はあんたさ、エリアちゃ〜ん。クゥ〜〜〜。早く縛り上げて、あんたの縋るような顔を眺めながらゆっくりと名前を呼びたいもんだ、素っ裸にしてねぇ」
そう言って、女は、持っている短剣の刃先を舐める。
キモっ! サディスト女めっ!
そして、アイリッシュの右頬にその切先をあてると、ジリジリと引っ掻くようにして肌を傷を付けたっ!
「ちょっとっ何してんのよっ!? アイリッシュっ!」
ところが、アイリッシュは、痛むどころか悦んでいるかのように表情を緩める。
あの女! ムムムッ! ヤバいわ、グズグズしていたらあのサディストが何をしでかすか分からない!
「どうだい? いい顔しているだろ? あたいの毒が効いてるのさ……」
「ど、毒だって……?」
「そうさ。いい物見せてやるよ……」
そして、女は、胸の間から試験菅のような入れ物を取り出した。中には黒ずんだ緑色の液体が入っている。
「そ、それはっ!」
「美しいだろ〜。コイツはねぇ、あたいが調合した新しい痺れ毒さね」
「まさかっ、それをその子に使ったんじゃないでしょうねっ?」
「ハッハッハッ。使ったに決まってんだろ。話の流れで分かんなかったのかい? あんた、やっぱ空気読めないねぇ。まぁ、そういう天然な子は嫌いじゃないんだけどさぁ。そんな子ほど、攻められると以外に真顔で赦しを乞うんだよ」
どうしよう! この女、アイリッシュに毒をっ!




