323-16-3_な〜んか、イライラするっ!
そして、レイナードは、メイドの二人に男爵を寝室まで連れていくように言った。男爵が、メイドたちの肩を借りて談話室から出ていくのを見送った後、レイナードはソファに腰を下ろし、先程まで彼と男爵が監視していたジャブロクたちの様子を話し始めた。
「エリア、やっぱり奴らは君の言っていた通りに動いているよ。さっき、手下をマラジーナ伯爵のところに使いにやったようだ。小麦手形を購入したアトラス派貴族の取り付け騒ぎを抑えるためにね。どうやら、小麦調査員の報告は伯爵のところに届けられるみたいでさ、伯爵に情報統制を依頼しに行ったんだろう……」
「そうなのね、セシリカの予測通りだわ。という事は、奴らは、もう間も無くローズ領に攻撃を仕掛けるわね」
「ああ、その通りさ。でも、奴らはその前にザリッパという奴隷狩りのアジトを調べるって言ってたんだけど、さっき、エリアが言いかけた奴隷狩りの事じゃないの? 奴らは、そのザリッパに連絡を取ろうとしたのに取れなかったみたいだよ。それって、エリアが捕まえて王宮騎士団に引き取ってもらおうとしてる件の事だよね?」
「そうよ。今、奴隷狩りはククリナのお腹の中にいるの」
「えっ? や、やっぱり! さ、流石はククリナ様だね〜。奴隷狩りも気の毒なもんだ、ハハハハー」
「何それっ! 冗談でも、奴らの肩を持つような事を言わないでっ!」
「ご、ごめん……」
まったく! 奴隷狩りなんて、殺しても飽き足らない奴らなんだからっ! ムゥ〜!
レイナードがしょげたように肩を落とした。
ホントにもうっ! でも、仕方ない。お兄様にも話しておいてあげるわ。
「お兄様にはまだ説明してなかったんだけど、実はね、私とアリサは、一度、奴隷狩りに攫われちゃったのよ。そこにククリナたちが来てくれて、奴隷狩りたちを捕まえたって訳」
「そんな事があったんだ……それは、すまなかった、エリア。君たちが怖い思いをしていたのに、僕は、何て無神経な人間なんだろう……」
「もういいわ。お兄様がそんなに気を落とす事も無いでしょ? そのお陰で奴隷狩りの奴らを捕まえる事ができたんだから」
「……」
レイナードが俯いて目を伏せた。
「兎に角っ……」
彼の肩がビクッと反応する。
「……奴らもそろそろ動き出すってことよ! 私たちも悠長にしてられないわっ! 急がなきゃ!」
「う、うん、そうだね……」
レイナードは、そう言って顔を上げた。そして、物言いたげな目をする。
「どうしたの、お兄様?」
「ね、ねぇ、エリア、一つ気になっている事を聞いてもいいかな……?」
ん? 奴隷狩りに攫われた時の事? そんなの話す気分じゃないんだけど。
「何よっ!?」
「……い、いや、え〜とね、父上からは、何も聞かされてはいないんだけど、さっき、奴らが言っていた隷属の女神っていう伝説の存在の事なんだけど……」
ぬぅ〜。また面倒な事を聞いてくれるわねぇ〜。 お兄様ったら、この話はスルーしてくれてたんじゃなかったの!? まったく!
「……僕も学園でこの世界の歴史を学んだから少しは知っているんだ。特に、デミヒューマンたちの社会を中心に伝承されていて、この世の秩序を変えるために千年から数千年に一度地上に顕現する女神……だったかな……。そ、そう言えば、ライラは、その話に食い付いていたみたいだったけど」
「それが、何っ?」
「……う、うん。それで、その隷属の女神は、その身に女神ガイアの枷を背負っているってことだった……」
彼の視線が、私の首元を見ている。
「……でもね……どの時代の女神も……その結末がどうなったのかまでは分らないそうだよ。……いつの間にか、歴史から消えてしまっているんだって。……だから、歴史学者の中には、その時代の権力者によって……秘密裏に消されたって言う人もあるらしい……」
レイナードは、言葉を切れ切れにして話す。そして、私の目を見つめ、少し悲し気な表情で無理に笑顔を作ろうとする。
「あっ、そう。だから何なの?」
彼から目を逸らさず、その様子を窺う。すると、レイナードは、次の言葉を飲み込もうとしたのか、暫し沈黙した。しかし、その後、彼は、意を決したような表情で言葉を口にした。
「……僕は、今の今まで、エリアの事を勘違いしていたみたいだ。母上が手紙で言っていた事は、例え話の様な意味じゃ無かったんだね……」
「お兄様、一体、何が言いたいのっ!」
「……き、君のその首のもの……も、もしかして……」
「何言ってるのよこんな時にっ! これはただの飾りよ! 知らなかった? チョーカーって言うのよ。まぁ、呪いで取れなくなっちゃってるんだけど。でも、どうやって外したらいいのかは調べてる最中なのっ!」
ホント、どうかしてるっ! それ、今言わなきゃいけない事っ?
彼の目を睨むように見つめた。
ムゥ〜、な、何? その目! お兄様ったら、なんか寂しそうにしちゃって!
レイナードの目の奥には、微かな憂いが宿っているように見えた。しかし、彼は、私の視線に耐えかねたのか、右手を後頭部に持っていき愛想笑いをして言った。
「……ハハハ。そ、そっか〜。そうだよね、い、いや、何でもないよ、今のは忘れてくれる? さっき言ったのは、ただの御伽話さ」
もうっ! 何言い出すのかと思ったら! そこは男爵様みたいに曖昧にしておいて欲しいんだけど! 相当気になってたみたいだけど、でも、やっぱり、私が隷属の女神って事をハッキリさせる訳にはいかないわっ! お兄様だけじゃなく、ボズウィック家の人たちみんなを危険に曝す事になりかね無いんだからねっ!
「忘れるも何も、そんな昔話、私には関係ないからっ!」
腰に手を当てながらそう言った。
それにしても、歴史では隷属の女神がそんな風に描かれてるんだ。アクアディアさんの言っていたこととは随分と違ってるみたいだけど。だって、過去の転生者たちは、愛するパートナーと幸せになるために、自らの選択で加護を手放したんだもんね。とは言え、そんな話をレイナードお兄様にするつもりも無いし、この件について、お兄様がこれ以上詮索するべきではないのよっ!
「こ、ごめんよ、エリア、余計な事話しちゃったね。怒ってないよね?」
「怒ってないわよ。それよりも、私たちも早く動かないとダメなんじゃないの?」
「そ、そうだね。で、でもちょっと待ってくれない……」
「今度は何なのっ!」
ムゥ〜、な〜んか、イライラするっ! さっきからお腹も痛くなってきちゃったし……。
「やっぱり怒ってるよねっ!」
「怒って無いってっ!」
「ち、違うんだよ! あ、あの、僕たち、まだ奴らに対抗するための具体的な作戦、き、決めて無くないっ?」
レイナードは、両手で否定の手振りをしながらそう言った。
「お兄様っ! そんなのはあれよっ! ダァーーーッて行って、バンッ、ってやって、ドンドンッ、ってやっちゃえばいいだけでしょっ!」
彼は、身振り手振りでの説明を、目を丸くして聞いている。そして、彼は、右拳を、ポンッ、と左手の掌に打ち合わせた。
「な、なるほど〜、よく分かったよ……」
「でしょ? 簡単よ、作戦なんて!」
彼がニッコリと笑う。
「君が、何言ってんのか分かんないっていうのがね……」
「どういう意味よっ? だから言ってるでしょ、まずは……」
「あのさ、エリア……」
レイナードに言葉を遮られる。
「僕の話を聞いてくれる? いいかい……」
何なのよ、心外ね! お兄様ってホント面倒臭いわっ!
とは言え、彼の口を無理やり閉ざす訳にもいかないし、仕方なくレイナードの話を聞くことにした。彼が言うには、ジャブロクたちは人工の転移魔石を使ってローズ領を魔獣で襲撃すると言っていたらしい。
「……ほら、ジャブロクが言っていたじゃないか、転移魔石の事。あれの仕組みは、多分、転移魔法と同じだと思うんだ。以前、学園に上級魔法術師が臨時講師にやって来た時、転移魔法の事を教えてもらったんだよ。あの魔法は、予め移動元と移動先に魔法陣を設置しておく必要があるらしい、それをポータルって呼ぶんだけど……」
そう言えば、転移魔石は大量輸送用だとか何とか、だったかな?
「……まぁ、その臨時講師も転移魔法は流石に使えなかったんだけどね。空間系の魔法は、四大元素の属性全てを身に付け無ければ手に入れることが出来ないようだけど、滅多にそんな魔法術師はいないよ。やっぱり、エリアはとんでもない魔法術師だね。もうさっきみたいに聞いたりしないけど……」
「私の話はもういいって!」
でも、転移って人間にはそれほど融通が効かない魔法だったのね。
レイナードは私の制止を無視して話を続けた。彼は、奴らがローズ男爵領に転移するための魔法陣が、既に奴らによってどこかに設置されているはずだという。しかし、何ヶ所あるか分からない出口ポータルを探すには、こちらの人数が少な過ぎて手が回らない。そこで、彼は、自分がアイリッシュとともに入り口ポータル側を破壊して転移そのものを阻止すると言い出したっ!
ムゥ〜〜〜ッ! ホント、イライラするっ!




