306-15-1_まだ終わっていない
「甘やかせてませんよねぇ〜、エリア様ぁ〜!」
そう言ってククリナが、私の首元に頭を寄せ付ける。彼女の艶々しい黒髪からは優しいフローラルの香りがして、気持ちが和らいできそうだ。その髪の中に鼻を埋めたくなる。
「そ、そうよ! だって、仕方がなかったんだから〜。トラウマよトラウマっ! もうね、男たちによってたかって襲われるのよっ、怖いじゃないっ! ムムゥーーッ! アイツら、絶対に制裁してやるっ! 過去の世界だけどっ! ねぇ〜、ククリナ〜」
「はい〜、エリア様ぁ〜」
うつむいてたらナイーブな気持ちになって、どんどん深刻な気持ちになりそうだ。あんなに恐ろしい記憶に同調しちゃうと、またさっきの様になって、私自身がこの世界を滅ぼしかねない。だから、敢えて明るく振る舞った。すると、ククリナは少し身体を起こし、今度は彼女が、柔らかい胸で優しく抱きしめてくれた。
「エリア様。あなた様はお一人じゃありませんわ。私たちがいつも側に付いています。辛い時は辛いと仰って下さいね……」
あ〜ん、ククリナ〜。やっぱり甘えちゃうよ〜、ううっ。
ククリナに身体を預けるように寄りかかった。
だって、さっきは、本当に怖かったんだから〜。
「……辛かったですね、エリア様」
彼女が、そう言って頭を撫でてくれる。
「……」
うううっ……どうしよう、涙が出てきた。泣いちゃいそうだよ……。
しっかり口を閉じて、深呼吸をするように大きく鼻から息を吸う。すると、ヒクヒクと肺が動く。そして、ゆっくりとまた鼻から息を出した。それを二、三度繰り返す。そうしてようやく呼吸が整った。
ふぅ〜。なんとか、涙を止められたよ。
「ありがとう、ククリナ……」
こんな時は、好きな女の子に触れていると気持ちが落ち着いてくる。
ちょっと、ナイーブになっちゃったかも。あぁ〜、もうちょっとこのまま抱っこされていたいよぉ〜。なんちゃって。そんな事言ってる場合じゃないよね。
そうして、ククリナの胸から離れると、ニッコリと笑った。
「エイルっ! ウィンディーネとラーシャもっ! あなたたちのおかげで助かったわ!」
そうだ。襲われた女の子たちの前で涙なんて見せられない。
ククリナがそっと離れると、ウィンディーネとラーシャが目の前にやって来た。
「まったく! いい加減にしてよね。無事で、良かったけど……」
「心配してくれてたのね? ウィンディーネ?」
「あんたじゃなくて、街のことよっ!」
「フフフ。ウィンディーネも優しいね」
「違うって言ってるでしょっ!」
「女神、心配」
「ラーシャもありがとうね」
そう言ってラーシャの身体を引き寄せ、胸に抱いた。彼女は、まだ幼いような甘酸っぱい匂いがする。でも、いい匂い。
さっきは、本当に危なかった。この子たちがいてくれなかったら、今頃、王都はどうなっていた事か……。
「それにしても、ククリナ。今のあれ何? 倒れそうなほど臭かったわよ。倒れちゃったけど、よくあんなもの持ってたわね?」
そう言うと。彼女はニッコリと笑って懐から小さな袋を取り出し、中に入っていた小瓶を見せて自慢気に教えてくれた。
「はい! これはスカンキースの分泌物を集めて作った匂い袋ですわ。セイシェル王女から、気付薬をいつでも取り出せるよう懐にしまっておくようにと連絡をもらっていましたので。フフフ」
「スカンキース? 何それ? 動物?」
「いいえ。スカンキースは小さな可愛い魔獣です。彼らは敵から襲われそうになったらとても臭い匂いで相手を撃退するのですわ。硫黄が大好物で、イグニス山にもたくさん住んでいるんですよ」
「へぇ〜、集めるの大変だったんじゃないの?」
「いいえ、こう見えても私、イグニス山では神様ですから」
ククリナはそう言ってニッコリと笑い、小瓶を袋に入れて懐にしまった。
気付薬か、なるほど! セイシェル王女はこの事態を予想してたって事なのね。でも、それが無かったら完全にエリアのトラウマに取り込まれていたところよ。セイシェル王女、やっぱり凄いっ! 天才ねっ!
さて、と……。
立ち上がり、作業台の側に寄った。
「ごめんなさいね、あなたたちの事、放ったらかしちゃって」
台の上で身を寄せている女の子二人は、まだ怯えている。そんなの当然だ。六人もの男に寄って集って襲われようとしてたのだから。男に無理やり乱暴されると、途中で心が折れちゃって私なら諦めてしまうかも知れない。
あの時もそうだったし……。
だから、きっとこの二人も殆ど絶望していたに違いない。そしたら、絶対の絶対に受け入れた訳じゃないのに力が入んなくて、その後はやりたい放題にされてしまう。でも、本当は諦めちゃダメなんだよね。こうやって助けが来る時だってあるし、後々のケアでも違ってくると思う。
あぁ、ホント間に合って良かった!
「私は味方よ。あなたたちと一緒に運ばれてきた子たち三人はもう助け出したから、あなたたちも安全なところに連れて行ってあげるわね」
そう言って、彼女たちに笑顔を見せた。
まずは、この子たちを安心させてあげなきゃ。
そして、改めて彼女たちの様子を見てみると、二人が身につけていたものは、切り刻まれて服も下着も、ボロボロの布切れのようになっていた。彼女たちを警戒させないようにゆっくりした動作で、言葉を掛ける。
「二人とも怪我はしてないの?」
彼女たちはお互いの顔を見ると小さく頷き合い、そして、抱え込んでいる服の残骸をそっとめくった。すると、女の子たちの柔らかそうな肌の上には、線状に腫れた無数の細い傷が残されていた。いくつかの傷からは血が滲んでいる。
「あいつら、なんて事をっ!」
彼女たちの肌は、服を剥ぎ取られる際に男たちのナイフの切先が触れて傷つけられていたようだ。
「今、治してあげるわね」
そう言って、二人の前に手を翳す。
「デア・オラティオ!」
ヒーリングの淡い緑の光が彼女たちを包み込み、その中に金色の光の粒がキラキラと煌めいた。女の子たちは、光の中で不思議そうに目を輝かせ、癒しの効果を感じ取るように腕を広げた。そして、彼女たちを包んでいた光が二人の身体に浸透していくと、皮膚に残された傷はきれいに治って艶々した肌を取り戻すと二人とも安心した顔で眠りに着いた。
「とりあえず、今はこれぐらいね」
アクアセラーからタオルケットを二枚取り出し、ククリナと二人で彼女たちの身体を包んであげた。
「この子たちもいるし、一旦、お屋敷に戻りましょう。でも、さっき一階にいた奴らがジャブロクの所に行ったみたいだから、とりあえず帰ったら、また、ジャブロクの様子を探りたいの。エイル、もう少し力を貸してちょうだいね」
「了っ!」
そうして、エイルが一階の部屋で見つけたオレンジ色の魔石がたくさん入った袋を持って、屋敷へと転移した。ボズウィックの屋敷に戻ると、カバール商会の事務所から連れ戻した二人をレイナードが用意していた部屋へと運び、先に救出していた三人の女の子たちにもヒーリング魔法を掛ける。すると、彼女たちも同様に眠りに着いた。
ーーーー。
ふぅ〜。
談話室のソファに腰を下ろすと、思いがけず大きなため息を吐いてしまった。
何だろう? これからエイルのシンクロを使ってジャブロクの屋敷を偵察しようとしているのに、ちょっと気が重い。それに、胸の辺りとお腹がモヤモヤとして何だか落ち着かないし身体もだるい。もしかして、私、トラウマに支配されていたとはいえ、十一人もの人間を、この手で殺めてしまったことを気にしているのかな?
右手で胸を押さえる。
どうなんだろう? この気の重たさは、人の命を奪ったからという訳じゃないと思うんだけど……。
目を閉じて、胸の中心に気持ちを集中させる。
私は、自分が冷酷になる事を受け入れた。もし、エリアの記憶に取り込まれていなかったとしても、あの男たちは、絶対、この手で殺している。そうでなければ、少女たちが殺されていたかもしれないのだ。少なくとも、彼女たちの心は死んでしまっていただろう。
やはり、男たちを輪廻送りにしたからブルーになっているのとは違う。その事はむしろ、達成感すら感じている。
それなら、どうして……?
ソファの背に身体を預け、改めて目を閉じ何度か深呼吸をする。そして、先ほどの出来事に、もう一度想いを巡らせた。すると、今度は言葉が浮かぶ。
"まだ……終わっていない……"
「面白いかも!」
「続きが気になるぞ!」
「この後どうなるのっ……!」
と思ったら
下の ☆☆☆☆☆ から、作品への応援お願い申し上げます。
面白かったら星5つ、つまらない時は星1つ、正直に感じたお気持ちで、もちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当に励みになります。
重ねて、何卒よろしくお願い申し上げます。




