305-14-16_無慈悲な光
前面に翳した右手の指先から、透き通った緑色の光線が真っ直ぐに放たれた。極細のその光は目の前の男の額を穿つ。すると、その男は、薄ら笑いを浮かべたまま、こちらに伸ばしたナイフを持つ右手とともに一瞬で深緑色の煙になり、空中に霧散して消えた。
一人……。
心のどこかで声がする。
支えを失った男のナイフの切先は、放物線を描きながら私の露出したデコルテの肌を目掛けて落ちて来る。しかし、身体を包む淡く白い光は、硬い金属の鎧のように肌に当たるすんでのところで刃を弾くと、ナイフはそのまま落下し、カランと音を立てて転がった。倉庫内は、時間が止まったようになり、そこにいる誰もが息を止めて私を見る。
大丈夫。まだ、私には意識がある……。
「な、何だ今の! 一体、何しやがった!?」
「スブリミタス・レイ……」
誰の言葉にも一切反応しない。ただただ無慈悲な緑の光が放たれていく。
二人……。
周囲の空気や足元から絶えず取り込まれる魔力は、全身に漲り、血管の中に入るとやがて心臓に集められる。そこから、さらに力強く押し出され血液に乗って右手の指先へと収束されていく。
「スブリミタス・レイ……」
三人……。
エリアの意識が、暴力の完全な排除を意図している。その目的が達成されるまで、彼女は決して止まらない。
「スブリミタス・レイ……」
四人……。
表情の無い無機質な言葉が発せられる度、濃緑の煙が空間に消えていく。
「スブリミタス・レイ……」
五人……。
「スブリミタス・レイ……」
六人……。
そして、奴らは、悲鳴も恐怖の叫びも残さずに、全員、呆気なく煙と化した。
盛り狂った獣は失せた……。
男たちがいなくなりその場の空気が清浄化していく。女の子たちは引きちぎられた衣服をかき集めて胸に抱え、泣き腫らした顔で呆然としながらも、私から目を離せないでいる。
"あぁ、私を陵辱しようとすると暴力が消えた……でも、まだ終わっていない……"
彼女の意識がそう言った。
エリア……。
そして、斜め上の天井を見上げる。しかし、そこにいた忌むべき者の気配は既に失せている。すると、エリアの意識は、建物の外に向かった。依然として指先の魔力は鎮まる様子がない。
"まだ、あそこにいる……"
エリアの意識が別の気配を認識している。
"広場の向こう。そこに、三人……"
そして、天井方向からやや腕を下げると、同じ方向に向けて続けざまに三発の光を放つ。
"まだいる……。あそこに一人、そして、そこにも一人……"
私の身体は方向を変えて、次々に魔法の光線を放つ。
何だろう? この……全然心が満ち足りない感じ。ヒーリングプロセスだなんて、そんなものじゃない。これは、多分……。
……逃げているんだ。
きっとそう。彼女は今、一生懸命逃げようとしている。誰の声も聞こえず、私の呼びかけにも気付かない。
でも、あの時は……。
水の精霊のイニシエーションの時、あの暗い洞窟の中では彼女の方から呼びかけられた。それなのに、今、彼女の心は閉じている。どうしよう、私のせいだ。私がこんな場所に来てしまったから、エリアのトラウマが暴れ始めたのかもしれない。
ごめんなさい……あぁ、意識が薄らいでいく……。
次に私の身体は、腕を真上に上げた。
"不浄な匂いが充満している……"
ダ、ダメだ……意識が……トラウマと……繋がりそう……。
"消えろ……全て、消えてしまえ……"
エリア……い、いけないっ……こんなのっ!
しかし、そこで、エリアとの繋がりが遮断された。そして、映像が浮かぶ。
こ、これは? また、あの時の?
薄暗く埃っぽい部屋だ。複数の人影見える。暗くてどんな顔をしているのかは分からないけれど、全員がニヤけて興奮している事は分かる。ところが、段々、映像がクリアになって……。
どうしようっ!
この後、何が起こるのか知っている。
こ、怖い……怖いよ。い、嫌っ、嫌だっ、こ、来ないでっ……や、やめてっ! お、お願いっ!
目を剥き、舌舐めずりする男たち。
お願いしますっ! やめてくださいっ! この身体はダメなんですっ! 触らないでっ!
その叫びが、男たちをさらに興奮させた。
ま、魔法、魔法が……つ、使えないっ!?
魔導師のような姿をした男もいる。右頬には赤いアザが見えた。
何でっ!? い、嫌っ!
奴らは、身体を小さくして身を守る私の腕と足を両側から引っ張って押さえつけた。床に大の字にさせられる。
やめてっ! お願いだからっ!
しかし、男たちはもの凄い力で手足を押さえつける。さらに、複数の大きな手が薄いドレープと麻の白い下着を鷲掴みにし、それらを紙のように引きちぎった。その瞬間、男たちの奇声が上がる。そして……。
嫌っ、嫌っ、嫌ぁぁぁーーーーっ!!!
……。
「エ、エリア……様……?」
”ククリナだ。何か言おうとしたのか。しかし、私の恐怖を消すこと以外、今は何も興味がない……”
「私を蹂躙する者どもよ……」
「お、お待ちくださいっ、エリア様っ!」
「ど、ど、どうしよう? どうしよう? エ、エリア様が……」
「エインセルっ、じっとしてなさいっ! ちょっとエリアっ! あんた何やってんのよっ!」
ウィンディーネか……。
「女神、怖い」
ラーシャも……。
「あっ、ウィンディーネ様! ラーシャ!」
「蛇神姫っ! どうすんの、これ!? ヤバいわよ!」
「ご、ごめんなさいっ! 私、ぼぉっとして。こ、これを使いますっ!」
「うわっ、何、それ、オエッ! ヤ、ヤバいわね。でも、そうね、やっちゃいなさいっ!」
「わ、私は無理。ちょっと離れてる」
「女神、卒倒!」
"……奴らを消してしまおう"
「……昇華魔法、スブリミタス・レ……」
しかし、魔法名を唱え終える間際、鼻先に強烈な匂いがしたっ!
「オエっ!!! クッ! な、何、この匂いっ!?」
エリアの意識が一気に後退し彼女の気配が消えた! それに代わって自分の意識が引き戻される! 左手で鼻を押さえて右手で扇ぎ、臭いから遠ざかるように二、三歩後ろによろけると、床に両手両膝を付いてしまった。
「臭っ! い、息できないっ! ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ、オエッ!」
「あぁ、エリア様っ! お戻りになられたっ!」
ククリナがそう言って駆け寄ってきた!
「エリア様っ!?」
「ク、ククリナ? わ、私。ゴホッ、ゴホッ。も、戻れたの? よ、良かったー。きょ、強烈なトラウマだった!」
ハァッ、ハァッ、ハァッ。
「大丈夫ですか?」
ククリナが、顔を覗き込みながら背中をさすってくれる。
「あー、驚いた!」
「驚いたのはこっちよっ! あんたっ、いい加減にしなさいっ!」
腕を付いたまま頭だけ振り返る。すると、ウィンディーネが真っ赤になって怒っている。
「女神、狂乱」
ふぅ〜、はぁ〜。
大きく息をしながら、上体を起こした。
「……あの、私、どうなっちゃったの?」
「覚えてないのっ? あんたねっ、魔法で王都中の生き物を消滅させるとこだったのよっ!」
「嘘?」
「嘘じゃないわよっ!!!」
「死ぬとこだったわ!」
「女神、乱心っ!」
乱心って。ラーシャまでそんな。でも……。
「ん〜? あれ〜? トラウマを思い出したまでは覚えてるんだけど、その後は……え〜と……やっぱり、どうしたんだっけ?」
確か、トラウマのエリアに包まれそうになって、それで……。
んっ?
あっ!
「お、お、お、お、思い出したっ! わ、私、王都中の下種男を消滅しようとしてたかも? でしょっ?」
「でしょっ? って、何言ってんのよっ! あんな魔法放ったら、無差別殺戮よっ! ここいら一体が死の町になっちゃうじゃないのっ!!!」
「だ、だよね〜〜〜〜」
ウィンディーネが凄い怖い顔で睨んでいる。
「やるやるとは思ってたけど、ここまでやるとはね」
エイルも腕を組んでそう言った。
「……ご、ごめんなさい」
「ごめんなさいじゃないわよっ!!!」
「まぁ、エリア様だし〜」
エイルは呆れ顔だ。しかし、ククリナだけは嬉しそうにしている。
「エリア様ぁ〜〜〜〜。良かったですぅ!」
ククリナはそう言って抱き着いてくると、さらに、ギュッと腕を締め付けた。
「ククリナ、痛い痛い」
「蛇神姫っ! エリアを甘やかすんじゃないわよっ!」
「面白いかも!」
「続きが気になるぞ!」
「この後どうなるのっ……!」
と思ったら
下の ☆☆☆☆☆ から、作品への応援お願い申し上げます。
面白かったら星5つ、つまらない時は星1つ、正直に感じたお気持ちで、もちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当に励みになります。
重ねて、何卒よろしくお願い申し上げます。




