290-14-1_謎の人物
時刻は午後八時ーーーー。
男爵様との打合せの後、アリサに付き添われてククリナと一緒に自室に戻り、次の準備を整えているところだ。本当なら、今日初めて王都にやってきたばかりだし、その後も色んな事があったので、もうそろそろベッドに入って休みたい。けれど、明日の大一番に向けた備えもあるし、それに、まだやり残している事が二つあって、そういう訳にはいかないのだ。その一つは、メイドの女の子たちに、ヒーリング魔法を掛けてあげる事。昼間、アリサにヒーリングしていたところを、隣で見ていたメイドの女の子が羨ましそうにしていたので、彼女たちにもヒーリングをしてあげると約束している。しかし、メイドたちにはまだ業務が残っていて、彼女たちが休める時間になるまでまだしばらくは掛かりそうだ。そして、もう一つのやり残しの方。その事を考えると、お腹の底からふつふつと怒りが込み上げてくる。
あいつは……あいつだけは、絶対に赦せない……。
もう一つのやり残し。それは、ジャブロクの屋敷に連れていかれた少女たちの救出だ! このことは、今日の昼間、中央広場で彼女たちを見た時からもう決めていた。あの時の彼女たちの怯えた顔が目に焼き付いて離れない。
あの子たちは、私が必ず助け出すっ!
そのために、今さっき、自分で閃いた方法で身体を成長させて、サリィに準備してもらったオフショルダーのモーニングドレスに着替えたところだ。公然と女神の力を使うときはこのスタイルがいい。子どものまま女神の力を使用するところを誰かに見られでもしたら、色々と都合が悪いのだ。それにしても、やっぱりこの身体になると気持ちが上がってきて、今では、この姿でいる方が自分らしいとさえ思う。それに、胸に意識を置くようにすると何となくエリアの存在を感じる気がして、なんだか優しい気持ちにもなってくる。
そして、大きく深呼吸し胸に手を当てて、祈るように念じた。
エリア……あなたに、早く会いたい……。
彼女は、私の中にある過去の記憶で、魂の片割れでもある存在だ。私は、彼女の事ーーそれは自分自身でもあるのだけれどーーがとても愛おしい。私の中のエリアは、水の精霊のイニシエーションを受けた時にイメージとして現れた。その時の彼女は、神聖な白い衣装を纏い水の精霊に捧げる踊りを舞っていてとても清楚で美しい少女だった。しかし、それと同時に、私は、彼女の切ない気持ちも知った。私が過去生の記憶を忘れているせいで私の心から切り離され、今も独りきりで私の中に存在する。早く記憶を思い出していつかきっと彼女と一つになりたい。私は、強くそう願っている。
とは言え、今からはあんまりセンチメンタルになっていてはいけない。これからジャブロクの屋敷に潜入するのだから。ただし、この後、男爵様と一緒にジャブロクの行動をモニタリングしないといけないので、騒ぎを起こさないよう救出は秘密裏にやってしまう。そして、男爵様たちに言えば止められるかも知れないので、申し訳ないけれど他の人には黙って行こうと思う。
ベッドの中で眠っているアリサを見やる。
フフッ、可愛い寝顔。早くやるべき事をやっちゃって一緒に眠りたいわ。それまで待っててね、アリサ!
そして、姿見に映った自分をチェックする。
「うん、いいわねっ!」
振り返って後ろも確認した。
「どう、ククリナ?」
「エリア様、美し過ぎですっ!」
「ありがと、ククリナ」
自分で言うのも何だけど、この全身ノワールスタイルだとトラウマの首輪がしっくりと馴染んでいい感じね! 暗がりに潜む黒猫のように夜のとばりに溶け込めそうだわ。フフフ。なんちゃって。まだ、そんな妖艶さは持ち合わせていないんだけど、でも、こんな夜のミッションはテンションも上がっちゃう、やっぱり、このドレス、素敵っ!
そして、これからエイルの力を借りて奴の屋敷を偵察する。
「エイルを呼び出すわ。エイル、お願い!」
すると光の粒が煌めいて、その中からエイルが現れた。
「は~い! 最強の妖精登場よ! って、何? アリサッちぐったり寝ちゃってるわね。もしかして、二人してやり込めちゃったの?」
「何バカな事言ってんのよっ! そんな事より、仕事よ、仕事っ! エイル、ジャブロクの屋敷を調べたいんだけど分かる?」
そう言って、小さなテーブルに男爵の手書き地図を広げた。ジャブロクの屋敷は特権階級の家が立ち並ぶ区画の中にある。
「ここがジャブロクの屋敷よ。どう? 飛べる?」
「簡単よ」
エイルはそう言って三体に分裂すると、本体を私の頭に、一体をククリナの頭に、そして、もう一体をジャブロクの屋敷に飛ばした。
「準備できたわよ、もう行く?」
「もちろんよ!」
「じゃぁエリア様、いいわね。行くわよ、シンクロっ!」
そう言ってエイルが合図すると、意識がジャブロクの屋敷に飛んだ……。
ーーーー。
「エリア様、お気を付けて下さい」
ククリナが心配そうに念話で話す。
「ええ、慎重に行くわ」
シンクロによって得られる五感の感覚を情報としてフル活用する。まず視界に広がったのは、玄関ホールの様子だ。そして、ホールにはいい匂いが漂っている。さらに、食器の音や人が歩く音も聞こえてきた。
「まだ、夕食の時間のようね。ジャブロクも食事しているのかもしれない。ちょっとダイニングの様子を見てみるわ」
そうして、玄関ホールの端を慎重に移動する。実は、エイルの姿は人間から目視することが出来てしまう。そして、エインセルは飛翔するときに光の粒を撒いてしまうので、動くとさらに目につきやすい。もちろん、私がシンクロで意識を飛ばしている事までは分からないと思うけれど、もしかしたら、妖精を捕らえるような魔法があるかもしれないし、最大限の用心をしなければならない。もし見つかれば、その時はすぐに消えちゃえばいいのだけれど、とは言え、観察するときは、部屋の隅っこから、しかも、壁や天井の中に身体を隠したりして出来るだけ見つからないように忍び込むのだ。
幾つかの壁を通り抜け、ダイニングと思われる部屋にたどり着いた。
「あっ、いたいた! ジャブロクよ。ふんぞり返って食事してるわね」
忘れもしないあの太々しい顔。メルーズの奴隷市場に入れられていた時に内覧があって、その時にマラジーナ伯爵とともに私を見にきた顔だ。あの時は子どもの身体だったから、結局は私に興味を持たなかったようだけど、散々陰湿な視線を浴びせられ、ヘキヘキとしてしまった。
そりゃ、あんな顔を近づけられたら気持ち悪いわよ。あ〜、アリサが可哀想。私が全部忘れさせてあげるからっ! あっ、そう言えば、あの時、エロじじい二人が私の事を見て何か言ってたっけ? え〜と、神龍に使える……う〜ん、銀色の髪をした古い部族? とか、悪魔の子孫? だったかな? じゃなくて、呪われし部族、だっけかな? ちょっと気になったから覚えてるんだけど、結局、アレって竜族の事だと思うんだけど、何か謂れでもあるのかな? まぁ、人の事を掴まえて適当な事を言ってただけなんだろうけど。
奴隷市場での事を思い出していると、エイルが私の言葉に反応して言った。
「エリア様、あれは普通に座ってるだけじゃないの? お腹が大きいからそう見えるのよ」
「え? あ〜、それがふんぞり返ってるって言うのよっ!」
「はいはい。どっちでもいいんだけど」
エイルはそう言って会話を切った。
「もう一人いるわね。マラジーナの変態親父? でもなさそうね。見たことない顔だわ」
「エリア様、言葉に悪意がこもってるわね」
「エイル、エリア様はお怒りなのよ」
「ククリナの言うとおりよ。今の私はもの凄く怒ってるわ! あっ、何か会話してるみたい。静かにっ!」
二人の会話が聞こえてきた……。
「ジャブロク殿、流石はカバール商会ですな。貴殿のお陰で我々の研究も随分と捗っておりますよ」
何だろう? あの年配の男。白髪だけど背筋が伸びて矍鑠としている。右目に片目鏡を付けて、まるで学者のようだ。
(ズルズルズルッ!)
ジャブロクがスープをすすりながら話す。
「いやはや、我々も教授のご研究の成果を活用させていただいておりますからな。当然の事でしょうて。ワッハッハッハ! しかし、これも、かのお方のご意志ですから、教授のお気遣いは不要でしょう。それにしても、今回は随分と大きなご用命でしたわい。ワシの方でも集めるのに少々荒事も行いましてな、現場の者の判断で年齢がご要望の範囲から少々逸れた者も含まれてしまいましたが、本当にそれで良かったのですかな?」
かのお方? 教授? 一体、誰?
「面白いかも!」
「続きが気になるぞ!」
「この後どうなるのっ……!」
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