266-12-13_ギルド職員のフロネ
帰還した冒険者のクエスト達成確認を、忙しそうに捌いているフロネを横目で見ながら、カウンター横の扉をそっと開けてその先の様子を見る。すると、黄色いランプが灯された廊下があり、通路の真ん中には "ギルドマスターに御用の方は事前に職員にお声がけください" と書かれた看板が廊下を塞ぐように立てられていた。そして、その手前右側には入口の鴨居の上に ”VIP専用カウンター” と書かれたプレートが取りつけられた部屋があり、開けっ広げの扉から中を覗くと、先程の鎧の男が正面のカウンター越しにギルド職員と向かい合っていた。
ここって、何かの専用窓口っぽいよね。
男は手に持っていた大きな袋をカウンターに乗せた。
あぁ、なるほど。このカウンターもクエスト完了を報告する窓口的な感じかぁ。しかも、外の列に並ばなくてもいいっていう特別扱い。それなら、高額依頼の専用窓口とかだったりして……。
すると、中にいる二人の会話が聞こえてきた。
「ジャイアント・センチピードの前足ですね。確かに間違いありません。では、これで、クエスト達成です。ありがとうございました。それにしても、人食い大ムカデなんて大変だったでしょ? これで、あの森も安全に通行できますわ! 流石はシングルランカーさんですね」
ギルド職員がそう言うと、その男は鎧を外して小脇に抱え、朱色の髪をかき上げて言った。
「まぁね」
「えっ!?」
あの人男じゃないよ、女の人だ! あっ、しまった!
思わず手で口を押さえたけれどもう遅い。僕の声に二人が反応しこちらに振り向いてしまった。そして、ギルド職員の女性と目が合うと、彼女は笑顔で小さく手を振った。一方の冒険者は鋭い眼差しを投げてくると、背中の剣の持ち手に右手を添えた。
「ア、アイリッシュ様、相手は子どもですよ」
殺気をまとう女冒険者に、ギルドの女性職員が慌てている。すると、アイリッシュと呼ばれた冒険者は殺気を放つのをや止め、剣から手を離した。
「子どもだからって、こっそり後ろに立たれるといい気がしないんだけど。それに、人の話を立ち聞きするなんて、性格疑うわ」
「ご、ごめんなさい」
話を立ち聞きするつもりなんて無かったんだけど、扉が開いていたからつい。
でも、聞かれちゃダメな話なら、扉くらい閉めておけばいいのにね。
「お嬢ちゃん、マスターのところに行くんでしょ? 奥の階段から三階に上がってね」
「は、はい」
さっさと行けばよかったよ。つい気になっちゃったから立ち止まったんだけど、なんかこっちが悪いことしたみたいな気分になっちゃった。それにしても、あれがシングルランカーか。あの赤髪の人、結構腕が立ちそうだ。
部屋を後にする時、二人の会話が聞こえた。
「何? あの子? フードも外さないで」
「マスターのところに連れの方がいて、お迎えに来たみたいですよ。でも、どういう人たちなのか私にもよく分かりません」
まいっちゃったね。でも、何でアリサはマスターのところに連れて行かれたんだ?
通路を突き当たって三階に上がると、目の前に割と立派な扉の部屋がある。そして、扉には、"ギルドマスター室" というプレートが取り付けられていた。
「ここか」
特に危険なことはないだろうけど、念の為に転移窓で中の様子を見てみよう。
そして、手を翳し転移窓を出す。すると、部屋の奥に大きなデスクがあり、ギルマスと思われる屈強そうな中年の男性が腕を組んで目を閉じていた。
あれがギルマスかな?
彼は、フェードカットの黒髪に角ばった顎をしており、ネクタイを外した白のブラウスに、茶色のブレザーを羽織っていた。服の上からでも分かる彼の厚い胸板と太い二の腕が、若い時から、さんざんならした冒険者の腕前は今も現役だと言わんばかりに、戦う者としてのオーラを現していた。
なるほど、さすがはギルマスだね。下にいた冒険者よりも断然強そうだよ。それにしても、アリサはどこにいるのかな?
転移窓の場面を移動して、部屋全体を大きく映し出した。
あ、アリサだ!
彼女は、ギルマスの机の前に置かれた折りたたみの木製椅子に、背筋を伸ばして行儀良く座っていた。ところが、彼女の姿は……。
「な、何でっ!? アリサ、下着だけにされてるじゃないかっ! ぬ、脱がされたのっ? な、何があった……?」
何っ、この状況!?
両手に力が籠る!
ムムムムッ! ゆ、赦せないっ! あの男ぉ〜〜〜~っ! アリサに何をしてくれてるんだぁ~~~~っ!?
そうして、慌てて転移しようとした時、一人の女性が階段を上がってきた。フロネだ。
「ごめんなさいね、放ったらかしちゃって。部屋の場所すぐ分にかったでしょ? そうそう、その部屋よ」
彼女はにこやかに声を掛けてきた。フロネの気さくな雰囲気でアリサが冒険者ギルドに酷い扱いを受けているという心配が薄らぐ。そして、転移魔法がフロネに見られないよう、慌てて転移窓を消した。
「入らないの?」
「う、うん、入る」
彼女は僕にそう尋ねながらも、自ら扉をノックすると、返事を待たずに扉を開いた。
「マスター、彼女の連れの子が戻って……」
ところが、フロネは、部屋の様子を見た瞬間、固まってしまった。そして、彼女の思考が切り替わる。
「マ、マスター。ちょっと……何をしているんですかっ?」
フロネの隣で中の様子を窺う。すると、ギルマスは、フロネの軽蔑を纏った冷たい眼差しに慌てていた。
「フ、フロネっ!? な、何って、こ、これはこのお嬢ちゃんが、勝手に……」
「変……態……」
フロネが、ボソッと口にした。
「ち、違うぞ! フ、フロネ! こ、これは、ホントにこのお嬢ちゃんが勝手に服を脱いだんだっ!」
「そんな訳あるはず無いでしょうがぁっ!!! こ、この、セクハラ親父ぃっ!!!」
フロネは、大股でギルマスのデスクの前まで行くと、そこに仁王立ちになってギルマスを睨みつけた。
「マスター、まさか、この子をっ!」
そして、フロネはアリサに向き直り、彼女の足元に畳んであるメイド服を持ち上げると、アリサに渡してあげた。
「可哀そうに、こんな若い子を裸にしようだなんて。ホント、信じられないっ!」
フロネは振り返って、またギルマスを睨む。
「マスターっ! 事情を聞くだけだって言ったでしょっ!!!」
彼は立ち上がって身振り手振りを使い、言い訳をした。
「だから、違うって。お、俺じゃねぇんだって。何んとか言ってくれ、頼む! お嬢ちゃん」
大焦りのギルマスから懇願されると、アリサは事務的な口調で言った。
「ギルマス様の仰る通りです。私が、身の潔白を証明しようと勝手に服を脱いだのです」
「ほ、ほらっ、俺の言った通りじゃねぇか」
言い訳をするギルマスに、フロネはアリサの身体を隠すように立ちながら彼に振り返って言った。
「だからって、服を脱がないように言えばいいだけじゃないですか。彼女を止めようとしなかったんでしょ?」
「い、いや、まぁ、そうなんだが……」
そうだったんだ。まぁ、アリサは落ち着いていたからね。フロネさんが怒ってくれたから、僕の怒りがどこかへ行っちゃったよ。
そして、後ろからアリサの側まで近づくと、彼女の手に自分の手を乗せた。すると、アリサが、ハッ、として振り向く。
「あっ! エ、エリア様っ!?」
アリサは驚いて椅子から降り、その場で両膝を床に付くと僕の手を握り返してくれた。
「ごめんね、アリサ。勝手に飛び出しちゃって。一人で行動するなって言われてたのにね」
奴隷狩りの一件があったことで、アリサは、僕から片時も離れようとしなかったのに、僕が、突然、アリサを置いて行ってしまったのだ。王都に来たことで気分が浮かれてしまっていたかもしれない。
「いいえ、エリア様。ご無事でお戻りいただき安心いたしました」
アリサはそれだけ言うと、僕を抱きしめてくれた。フロネは、僕たちの様子を眺めていたけれど、ハッ、っとしてギルマスに言った。
「と、兎に角、今すぐ部屋の外に出て下さいっ! 早くっ!」
「ん? あ、ああ……」
ギルマスは申し訳なさそうに、スゴスゴと部屋を出て行った。フロネは、ギルマスを送り出して扉を閉じると目の前にやってきた。
「ごめんなさい、恥ずかしい思いをさせちゃって。ちゃんと言っておくからマスターを赦してあげてね」
「いいえ、フロネ様、ギルマス様のおっしゃられたことは本当でございますから。それに、冒険者の方を気絶させてしまったのも事実ですし」
アリサはそう言って、彼女に頭を下げた。
「本当ね。私もあの時は流石に焦ったわ。でも、あれは冒険者の自業自得ね。あなたの胸を触ろうとしたんだから。でも、驚いたわよ、アリサさんと言ったかしら、あなた、魔法術師なのね」
な、なるほど、状況が掴めてきたぞ。僕がいない間に、アリサに触ると電気が走る魔法が発動して、誰かを感電させたらしい。今のうちに魔法を解除しておかないと。
フロネは感心するような眼差しだ。しかし、アリサは僕をゆっくりと身体から話すと、フロネに向かってニッコリ笑った。
「いいえ、私は、普通のエリア様専属のメイドです」
僕専属って強調してくれたのが嬉しいっ! だったら、僕がちゃんと説明しなきゃ。
「フロネさん、アリサは魔法術師とは違うんだよ。アリサのメイド服に防犯用の魔術が掛かっていたんだ。時間が経つと効果はなくなっちゃうんだけどね」
ちょっと曖昧な言い方だけど、僕が魔法を使った事はとりあえず伏せておこう。
「そうなの? 防犯魔術なんて便利なものがあるのね? そんなのがあればこの制服にも掛けて欲しいわ。私たちも品の無い冒険者に触られたりするのよ~」
フロネは眉を寄せながらそう言いつつも、もっと別のものが気になっている様子だった。
「と、ところで、その~、ア、アリサさんの身につけている下着なんだけど、とっても可愛いわね。ちょっとだけ、見せてくれない?」
アリサは満面の笑みを浮かべる。
「もちろんです」
「面白いかも!」
「続きが気になるぞ!」
「この後どうなるのっ……!」
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