001-1-1_目覚めたら知らない場所(挿絵あり)
パカッ、パカッ、パカッ、パカッ――。
ガタゴト、ガタゴト、キシキシガタンッ! ガタゴト、ガタゴト――。
オレンジ色の夕日に照らされて、一台の荷馬車が、ススキの草原の一本道を北へと進む。
カラカラに乾いた空気が、幌の隙間から荷台の中へと入り込んだ。
コホンッ! コホンッ!
埃っぽいな。口の中までジャリジャリだ。あ〜、うがいしたい。
しかし、喉の不快さ以上に辛いのはこの揺れだ。
土のむき出しになった道が凹凸で、車輪がそこを通るたびに激しく揺れる。気を抜くと舌を噛んでしまいそうだ。
ついさっき、荷台で目覚めると空いていた隅に移動し、そこを自分の居場所にして膝を抱えている。
どんよりした雰囲気。
周りにいる人たちはみな、黒く鈍い光沢を放つ首輪を嵌められて、死んだ魚のような目をしていた。
ここは、移動する鉄格子――奴隷を運ぶ荷馬車の中だ。
思わず首に両手を添えた。
僕も……奴隷だ……。
はぁ〜。
それにしても小さい手だな。
身体も華奢だし、どう見ても子どもにしか見えないよ。
しかも女の子……。
……。
……ムフ。
クゥ〜ッ! そう、女の子だ! ぼ、僕は、女の子になってしまったのだっ! まぁ、奴隷だけど。
あー、でもなんかヤバい。だって女の子だよ。いや〜、やっぱドキドキするよね。自分なのに? ってか、自分だからじゃない? え? 何で? う〜ん、分かんないな。女の子に触った事なんて一度もないんだから分かるわけないよ、そりゃ。あ〜、どうなるのこれからっ!
とは言っても、今考えないといけないのは、ここからどうやって抜け出すかって事だ。奴隷少女なんて、ろくでもない事にしかならないんだから。まぁ、その先は、取り敢えずどこかの町でも探すしかない。首輪をしている者を受け入れてもらえる町があるのならだけど……。
はぁ〜、お腹空いた。こんなことになるなら、今日の朝ごはんは、ちゃんと食べておくんだったよ。
小一時間前ーーーー。
僕の目の前には、夕日に染められた銀色の大海原が広がっていた……。
「スゥ〜、ハァ〜」
鼻から深呼吸すると、肺の中に冷たい空気が入ってくる。
鼻腔の奥で感じる干し草のような匂い。
気分が落ち着く。
「わぁ〜、凄い! ここまで来るとよく見えるよ……」
道端のこんもりした場所に立つと、草原の中を突っ切る一本道は、遥か遠くの薄水色した山並みに向かって延びているのが見えた。
「……綺麗な景色だなぁ〜! へぇ〜、あの山を超えた先にも、ずっと世界が続いているみたいだ〜、いや〜、でも、これって夢だよね、それにしてはちょっとリアル過ぎでしょ!」
って言うか、夢のくせにリアル感にも程があるっ!
何故なら、さっき交通事故に遭ったばかりのはずなのだ。まだはっきりと覚えているので間違いない。
僕の実家は、代々続く和菓子店だ。
最近、ようやく母さんから一人前として認められて店を任されるようになったばかり。毎朝の生菓子作りは僕の仕事なのだ。それで、いつもと同じように、開店準備のため朝早く自宅から出勤する途中、歩道を歩いていると、突然、左前方から黒い乗用車が勢いよく突っ込んできた。
そして、意識が……無くなった……。
「あれって、絶対、交通事故だよね」
それなのに、今気づいたらどう言う訳なのか広大なススキの草原の中に、一人、突っ立っていた……。
「ホント、変な夢。しかも、身体が子どもになってるし……って、そんな事より、どうすんのっ? 店の仕込みはっ!」
いつも六時前には店に行って、一番にボイラーを炊いてから、大福や団子、他にも、今日販売する商品を作らないといけない。
「ちょっとヤバいな……」
しかし、焦る気持ちにはお構いなく、目の前に広がるリアルな夢の景色は、刻々と移ろっていく。そして、辺りはもう夕暮れになってきた。
「それにしても、何なんだろうね、この夢……」
ふと気付くと、道の先の方から一台の馬車がやって来る。一頭の黒い馬が、白い幌に覆われた馬車を曳いていた。夢の中に初めての登場人物だ。馬に任せて走る荷馬車が、のんびりした景色によく似合う。その様子を見ていると、こちらまでリラックスしてしまう。
「何だか、ゆったりだね……」
現実を忘れそうになる。実際、少しの間、心が空っぽになっていた……。
ところが、突然背後で草を掻きわけるような音がすると、危険な気配を感じた。
一瞬で現実に戻る。いや、これも夢だろ。とか言ってる時じゃない。
「何だっ!」
緊張が走って、咄嗟に振り返る。
あっ!?
今、ススキの株から株へ何かが移動したのが見えた。白っぽい動物だ。身体を動かさないようにしてじっと目を凝らす。すると、その動物は、ススキの影からじわっと姿を現した。
「ウサギ?」
とは違う、角がある。
「何だあれ?」
そのウサギのような動物は、体長が一メートルほどの体格をしており、二十メートル程離れたススキの株越しに、こちらを見ている。どうやら一頭しかいないようだ。
「なんだ、一頭か。少し驚いちゃったけど、一頭ならそう怖がることもないか。しかし、でかいね」
そいつは目を反らさず、こちらをじっと見ている。
あの目つき……。
こちらも目を反らすとダメな気がして、その生き物から目が離せない。
何となく嫌な予感が……。
すると、それは、前足で土を掻く動作をし、上半身をグッと下げた。今にも、こちらに向かってきそうだ。
「なんかヤバくない?」
次の瞬間、その”ウサギ”は、後ろ足で土の塊を蹴飛ばして大きくジャンプすると、顎を引いて角を突き出し、突進してきた。
距離が一瞬で詰まる。
「早っ!」
白い体躯が延びて縮んで、ものすごい勢いで近づいてくる。
ヤバいっ! どうする? 避けないとっ!
そして、またジャンプし、顔面目掛けて角の先端が迫ってきた。
うわっ! 間に合わないっ! 当たるぅーーーーっ!
と、その時、背後から風霧音が耳をかすめて前方に飛び、顔の前で、撓るものが何かを打ち付ける大きな音がした。
今度は何だっ!
さらに、その後、甲高い金切り声とともに、地面を蹴って走る足音が遠のいていった。
薄目を開ける。
た、助かった……?
その瞬間は目を閉じて、両腕でガードしていたから状況が分からない。しかし、ゆっくり目を開けると、あの動物が一目散に逃げていく後ろ姿が遠くに見えた。
あ~、驚いた。もう当たったかと思った……。でも、何がどうなったんだろう?
すると背後に人の気配がし、振り返る間もなく言葉が聞こえる。
「危なかったな、お嬢ちゃん。奴はアルミラージという魔獣だぜ。ウサギのような恰好してるがな、あれで肉食なんだぜ。食われるとこだったなぁ……」
横を見ると、そこには、丈の長いの白い服を着ている男が立っていた。男は、浅黒く日焼けした堀の深い顔に、伸びさらした口ひげを生やし、にやけながら黒い鞭を巻き束ねていた。
「あ、ありがとう。助か……」
ったと、お礼を言おうとした時、その男が、突然短い杖を翳した。
えっ!?
不意を突かれて、言葉が途中で止まってしまった。
男が、ニタリと笑う。
「英明なる霊木の杖よ、我の命に従い、その者に沈黙を与えよ! シレンチウム! へへへ、礼なんていらねえ。ちゃんと代金はいただくぜ」
今、なんて言ったの?
って言おうとしたけれど、声にならない。男が何か変な言葉を言っていたが何の意味があるんだろう。
僕に何したの? あ、あれ〜っ? ち、力が入んない……。 こ、このおじさん……誰……?
身体がよろけ、男に手を伸ばそうとする。
ダ、ダメ……だ。目が……か、霞む。か、身体も言うことを聞かない。何……だよっ、何……なん……だ……。
その場に倒れ込んでしまう。男が首のところを触って言った。
「ヘヘッ、なんだ、眠りやがったか。しかし、このガキ、初めから首輪を嵌めてやがったようだな。奴隷抜けでもやらかしたのか? まぁいい。落ちてるもんは拾うだけだ。悪く思うなよ」
………………?
…………。
……。
ぼやけゆく意識の中、道の脇に、さっきの馬車が停車しているのが……見え……た……………………。
ーーーー。
(ねぇ……)
……。
「ねえったら」
…………?
「ちょっと、君」
んん〜? 何だ……。
「うううっ」
頭が痛い……。
「ほら、早く起きなさいよ」
えっ、人の声……?
重い頭をゆっくりと上げ、声のした方を見上げる。
すると、女の人が、僕を上から覗き見てニッコリと微笑んでいる。
「やっと気が付いたわね、水沢君!」
……っ! だ、誰っ?
ーーーー
やっと気が付いたわね。
……っ! だ、誰っ?
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