114-6-19_動き出した時計の針(挿絵あり)
セイシェル王女は、意識だけを、レイナの記憶にある五百年前の王都クライナ中央広場に転移すると言った。
「私に、着いてきて下さいね。人の記憶は広大なので、迷わないように。エリア様とレイナであれば、迷っても、一人で戻れるでしょうけど……」
セイシェル王女は、そう言うと、目を閉じるように促して、合図を出した。
「行きますよ。では、レイナの五百年前の記憶へ。転移っ!」
一瞬で、周りの景色が変わり、突然、宇宙に放り出されたかのように、無数の星々が散りばめられた空間に移動した。椅子やテーブル、床や天井は消えて、三人の身体だけが、椅子に座っていたままの姿勢で宙に浮いている。しかし、次の瞬間、周囲の星々が、たくさんの筋となって前方に流れ出し、遠くの一点に集約していった。
ものすごい速さで進んでるっ!
筋になった光を追うように、自分たちも、直線的に移動している。そして、前方の焦点となった光は、丸い円となって、段々と、大きくなっていき、とうとう、トンネルの出口のように広がった!
出口だっ!
移動するスピードが減速し、緩やかになってくると、前方の景色を認識することができた。そして、停車する電車の窓から見ているように、それらの景色がゆっくりと止まり、自分の意識がその景色に固定して馴染んでいく。
到着かな?
トンネルの出口を出たにもかかわらず、周囲は薄暗い。
すると、セイシェル王女の声が聞こえた。
「着きましたわ」
「ここは……?」
辺りは、まるで夜のようだ。月も星も出ておらず、街の灯りも灯されてはいなかった。しかし、真っ暗で何も見えないということでは無い。ただ……。
「色が無い景色だ……」
そこは、モノトーンの世界。そして、動くものは何もなく、生命の気配が全くしない世界だった。
「これが、ピュリスさんの記憶?」
彼女に、様子を聞こうとすると、ピュリスが見当たらない。
「あれ? ピュリスさんがいないけど、もしかして、迷ったのかな?」
まさか、自分の記憶の中で迷うこともないと思うけど、その記憶に翻弄されてきたピュリスだけに、あり得ないことではないと思えた。しかし、そういう訳では無さそうだ。
「あそこにおりますわ」
セイシェル王女が指さしたのは、中央広場のさらに真ん中にある、大きな丸い噴水だった。その噴水は、直径が二十メートルほどあり、噴水の中央には、高さ二メートルほどの女性像が据えられていた。しかし、その噴水は、まるで死んでいるかのように水が枯れ、乾き切っていた。そして、その噴水の淵には、一人の少女がしょんぼりと座っている。
「もしかして、あの子が?」
「ええ、そうです。あの子がレイナですわ。側に行ってみましょう」
セイシェル王女の後から着いて行き、少女の目の前まで近寄ってみる。しかし、少女は、二人が近づいても反応しない。
「ん? おかしいな。この子、僕に気付いてないようだけど。何見てるんだろう?」
少女は、噴水の淵に座ったまま、大きな建物の方を見つめている。彼女の見ている方向を向いた。すると、少女が何を見つめているのか、直ぐに気が付いた。
あれは……磔台だ。
建物の前には、重厚な造りの磔台が一つ、まるで墓標のように立っていた。その磔台は、一メートル程の高さの台の上に、太い角材が、バツ印のようにクロスして組まれている。そして、間も無く生け贄にされる人物を、今か今かと待っているかのように、ひっそりと沈黙していた。異様な存在感を放つその光景は、受刑者に恐怖と絶望を与え、観衆の狂気を激しく煽ったに違いない。
胸が、苦しくなりそうだ……。
この少女は、五百年もの間、ずっとここに居たのだ。彼女は、自分が磔にされる場所を、一人で見つめ続けてきた。この後、彼女はどうなったのか。もちろん、火あぶりの刑という地獄の苦しみが待っていたのだ。しかし、ここには、そうした形跡がない。
「恐怖が強すぎて、魂が、記憶を封印したのかもしれないね……」
「エリア様、レイナに、このような恐怖と苦しみを負わせたのは、私です。私の罪は、あまりにも深い……」
セイシェル王女が、目を伏せてそう言った。
「セイシェル王女、あなたもピュリスさんと同じように、大変な苦しみを背負ってきた。二人とも被害者だよ。未だに続いている派閥争いのね」
セイシェル王女は、悲しい目で僕を見た。
「エリア様……」
そして、王女は、僕を抱き寄せ、「感謝いたします」と言った。彼女は、妖精とは言え、今は実体化しており、生身の身体になっている。素肌に薄いドレープ一枚羽織っているだけなので、彼女の柔らかさと温もりが直に伝わってくる。
いい匂い。
彼女はそっと僕から離れると、レイナの側に寄った。
「レイナにも、私の肌の温もりは伝わるでしょう」
そう言うと、セイシェル王女は少女の隣に座り、彼女を膝の上に抱えた。少女は、見た目が五歳児くらいに見える。服装は、布を切り裂いて首の所だけ穴を開けただけのもの被り、腰を縄で巻いている粗末な恰好をしていた。顔には涙の跡があり、顔も、服も、土埃で汚れていた。
「本当に、この子がピュリスさんなの?」
「ええ、記憶の中で萎縮してしまったレイナ自身ですわ」
セイシェル王女に抱えられると、ようやく少女は王女の存在に気付いたようだ。彼女は、指を咥えながら、王女を不思議そうに見上げていた。セイシェル王女は、少女の頬にキスをすると、彼女に話しかけた。
「レイナ、寂しい思いをさせてごめんなさい。私は、セイシェルよ。あなたを迎えに来たの」
王女がそう言うと、少女は王女の目を見つめたままコクリと頷いた。少女は何も話さない。しかし、セイシェル王女の言葉に、ほんの少しだけ微笑んだように見えた。
セイシェル王女は、少女に、囁くように言った。
「レイナ、あなたはとてもいい子ね。いい子にはご褒美をあげないと。お腹空いてるでしょ? さぁ」
そう言って、王女は、ドレープから右腕を抜いて、豊満で透き通るような白い乳房をさらけ出すと、レイナの口に、その乳首を含ませた。
き、綺麗なおっぱい……。
思わず、ガン見してしまった。
こんな時に、ダメダメ。
レイナは、王女のおっぱいに手を添え、おいしそうに飲み始めた。セイシェル王女は、慈しむような眼差しでレイナを見つめる。目を閉じ、安心したような顔をしているレイナを見ていると、こちらまで、なんだか優しい気持ちになってくる。
横でじっと様子を見ている僕に、セイシェル王女が言った。
「エリア様もいかがですか?」
「い、いいの? じゃないよ。何言ってるんだよ。ぼ、僕は、もう二十五歳なんだからねっ! じゃなかった。もう、お乳を飲むような子どもじゃないんだからねっ!」
ホントに、焦る。でも、ちょっと残念だったりして……。
レイナは、しっかりおっぱいをもらい、お腹が一杯になったようで、王女の腕の中で眠り始めた。すると、レイナの身体が段々小さくなっていき、産まれたまんまの本当の赤ん坊の姿になった。
「あれ、小さくなった。どういうこと?」
「この子は、レイナの内なる子ども、インナーチャイルドですわ。彼女のトラウマそのものです」
「そうなんだ」
王女は続けた。
「……ようやく、レイナのトラウマが癒されましたわ。間もなく大人になったレイナもここに現れるでしょう」
セイシェル王女は赤ん坊を抱きながら、「あれをご覧ください」と言って、磔台の方を見た。
「あっ!? 色だ、色が戻ってきた! それに、人がいるっ!」
前方の建物を見ると、磔台も含め、周辺の景色に色が戻っていた。そして、磔台には人影が……。
「ピュリスさんだっ! ちょっと待って。これって、記憶が動き出したってこと?」
無機質な映像が流れていくように、広場の景色が動き出した。後ろの噴水も、いつの間にか、なみなみと水が湛えられていて、真ん中の像からは、ジャブシャブと音を立てて透明な水が落ちている。
「ええ、そうですわ。レイナの心が動き始めました。ここからは、あの子の魂が記憶している心象風景でしょう」
彼女はそう言うと、赤ん坊に優しい眼差しを送った。広場は、民衆で溢れかえっている。そこにいる彼らは、磔台のレイナに怒号を浴びせかけ、周囲は異様な狂気と熱気に包まれていた。磔台に繋がれているレイナは、彼女の内なる子どもと同じように、粗末な布を被せられ、両腕と両足を括られて、頭を垂れたまま動く様子がない。
「これが、ピュリスさん、いや、レイナの魂の記憶なんだ……」
「ええ。この後の出来事は、レイナの魂が、あの子の経験として魂の深くに追いやってしまった記憶です。魂は全てを理解していますが、しかし、エリア様がおっしゃられたように、強い恐怖のあまり、あの子の表層の意識からは、忘れ去られているのかもしれませんわ」
「そうなんだね」
レイナは磔台で気絶している。それなら、この後の記憶は、彼女が直に見たものでは無く、彼女の魂に刻まれている記憶なのかもしれない。しかし、レイナは、自分が火あぶりの刑を受けたと僕に話してくれた。こうして、風景が動き出したという事は、もしかして、レイナは、魂の奥に追いやった記憶を、思い出したのだろうか?
「それなら、この後は、ちょっと見るのが辛いことになりそうだね」
今から繰り広げられる光景は、あまりにも惨い様子に違いない。しかし、セイシェル王女は首を横に振った。
「いいえ。レイナは、火あぶりの刑を言い渡されましたが、実際には、刑は執行されませんでした。間もなく、その理由が分かりますわ」
セイシェル王女は、遠い昔を偲ぶような、少し寂しそうな目をしていた。
ーーーー
突然、宇宙に放り出されたかのように……。
AI生成画像
レイナ、寂しい思いをさせてごめんなさい。私は、セイシェルよ。あなたを迎えに来たの。
AI生成画像
「面白いかも!」
「続きが気になるぞ!」
「この後どうなるのっ……!」
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