112-6-17_置いてきた心
「えっ!? そんなに簡単でいいの? 全然、悩んでないけど、大丈夫?」
「そんなの問題ないよ、理由は単純さ、そっちの方が強そうじゃないか」
ピュリスは躊躇なくそう言った。確かに、彼女の言った通り、精霊との契約と、精霊との融合とでは天と地ほどの能力差があると思う。いくら契約魔法を使えたところで、魔法そのものと言っていい精霊に敵うはずはないのだから。それにしても、ピュリスは決断が早い。
もう少し悩むかと心配しちゃったけど。
彼女は、前世の記憶に囚われながら生きて来た。もしかすると、彼女にとっては、現世こそ夢の中にいるような意識状態だったのかもしれない。それなら、こちらの世界の人間関係には、それほど未練が無いのだろう。
「なんだ、そんなに簡単に決めれるなら、心配して損しちゃったよ」
しかし、ピュリスは、顎に手をやりながら斜め上を見上げて、考え始めた。
「いや、ちょっと待てよ。父上に何て言おう? 私が精霊になったら、爺やは泣くんじゃないかな? 騎士団の団員たちにも世話になってるし、身勝手すぎるってみんなに怒られてしまうか……」
あれ?
「エリアちゃん、どうしよう?」
「悩むんかいっ!」
「何?」
思わず口から出た言葉に、ピュリスが反応してしまった。
「あはは。何でもないよ」
まぁ、でも、それが普通の反応だよ。
ピュリスは、目を閉じて一呼吸置くと、どこを見るともなしに視線を落として、呟くように言った。
「……精霊になれば、過去に戻れるんだろうか?」
彼女は、そう言った後、視線を上げた。
ピュリスさん、真剣な顔だけど、でも、どうだろう?
「それは、僕にも、分からないけど……」
すると、セイシェル王女が落ち着いた声音で答えてくれた。
「過去というのは、レイナ、あなたの記憶そのものよ。それならば、簡単に戻れるでしょう」
「本当ですか? セイシェル王女?」
ピュリスは、セイシェル王女の言った事に、素早く反応した。そして、テーブルに肘をついて、手を合わせ、遠くを見るような目をして言った。
「私の時間は、五百年前に止まったきりなんだよ……」
彼女は、自分の心が、五百年前の、王都クライナの中央広場に留まったままだと言った。そして、ピュリスは、ほんの少し眉を寄せて重苦しい表情を浮かべた。
「……前世の記憶は、いつも、同じ場所で終わるんだ。あの、中央広場の磔台で、民衆の前に晒されたまま、私の心もそこに取り残されてしまっている……」
さっきも、彼女は、現世でも未だに中央広場に足を運ぶ事ができないでいると言っていた。そこに行けば、恐怖を追体験し、足がすくんでしまって動けなくなるらしい。
「……記憶の中で、何度も繰り返すんだ。あの恐ろしい出来事を……」
そして、彼女は、記憶の最後にいつも現れる光景は、怒声を吐く民衆たちを磔台から見下ろす場面だと言った。会話が途切れ、部屋の中は重たい空気となってしまった。それを察したのか、ピュリスは、「申し訳ない」と付け加えた。ピュリスの心の傷は、かなり深いようだ。
キスがどうだとか、話せる雰囲気じゃなくなっちゃったかな。しかし、セイシェル王女の一言は、爽やかなハーブの香りのように、重苦しい空気を一掃させた。
「大丈夫よレイナ、何も心配いらない。私が一緒に、あなたの心を迎えに行ってあげるわ」
セイシェル王女から、慈悲深い眼差しを向けられて、ピュリスは、すがるような目で、王女を見上げて、呟いた。
「王女様……」
セイシェル王女は、僕の方に向き直ると優しい笑顔のまま、ゆったりとした口調で言った。
「エリア様、レイナの記憶の中を覗いてみませんか?」
セイシェル王女は、そう言って、フフッ、と笑った。
王女が美しい……。もしかして、これが、ニンフの権能、"魅了" ? 何だかうっとりしちゃう。僕だって、こんなに、魅力的になりたいっ! なれるかな?
ピュリスもまた、セイシェル王女をうっとりと見つめている。セイシェル王女は、そんな二人の様子に笑みを浮かべた。
「エリア様、レイナに祝福のキスをしていただけますかしら?」
ピュリスは、セイシェル王女の魅了に絆されて、口が半開きになったまま放心状態になっている。
「そうだね。それなら、ピュリスさん、キスするけどいいかな?」
一応、ピュリスに、念のため聞いた。しかし、彼女は、話を良く聞いていなかったのかして、聞き返した。
「な、何?」
「キスだよ。キス」
「キス? キ、キ、キス? な、何で、と、突然?」
ピュリスが、突然、狼狽えだした。
やっぱり、話を聞いて無かったね。
「今、言ってたでしょ。これから、セイシェル王女と僕と一緒に、ピュリスさんの心を取り戻しに行くんだって。ピュリスさんも精霊化して、一緒に行かないと。今から、ピュリスさんの記憶に入って、五百年前に取り残されたピュリスさんの心を、今、ここに、連れて帰るんだよ」
「ああ、そ、それは分かったよ。で、でも、何でキス? わ、私は、キ、キスを、したくないわけではないけれど、そ、その、あ、あの……」
動揺するピュリスに、セイシェル王女が言った。
「レイナ、楽にして、目を閉じなさい」
「は、はいっ!」
「面白いかも!」
「続きが気になるぞ!」
「この後どうなるのっ……!」
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