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転生記者の取材手帳 〜王都の闇を暴いた男の英雄譚〜  作者: 漂月


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第37話

「逃げられちゃったじゃない」

 男装のメリアナが不服そうに言うので、俺は言い返す。

「お前が尾行に気づかれなければ、俺が追いかける必要もなかったんだがな」

「そこはまあ……しょうがないじゃない? 私、探偵みたいなことできないもん」

「そうだね」



 王立女子寄宿学校では、さすがに尾行の方法なんか教えてくれないよな。俺もそういうのは素人だが、前世の記者経験のおかげで少しだけ知識がある。

「声をかけた瞬間に逃げられたのは予想外だった。ああいう記事を書く人間だから、もっと度胸があるかと思ったんだが……」

「サッシュが度胸ありすぎなのよ。普通の人は逃げるわよ」



 そうかなあ? 度胸があるというよりも、治安のいい現代日本で暮らしていた影響だろう。危険に対して鈍感なのだと思う。ビシュタルは治安が悪すぎる。

 俺は頭を掻く。



「だがあの逃げっぷりは普通じゃない。土地鑑を駆使して物凄い逃げ方をしていた。たぶん何か隠してると思う」

「確かに怪しいわよね。で、これからどうするの?」

「今後は彼も警戒するだろうから、違うアプローチを考えなきゃな」



 良いアイデアが思い浮かばないが、記者の勘が「あいつを追え」と囁いている。……ような気がしなくもない。

 俺の勘なんてその程度だ。ベテランの敏腕記者はもっと嗅覚が鋭い。



「ここまで生活圏が絞れたのなら、後はどうとでもなるさ。そこらじゅうの人間があいつを知っている。誰か一人でも情報提供に応じてくれれば、あいつの家も日課も突き止められるだろう」

「こわ……」

 記者の仕事なんですけど。確かにストーカーじみてて怖いのはわかるが、ここで手を緩める理由もない。



 俺はメリアナを励ます。

「もしあいつが強盗団の手先なら、野放しにしておけない。あの強盗団は人殺しも平気でやる凶悪な犯罪組織だ。絶対に壊滅させないとな」

「た、確かにそうね。そっちもそっちで怖いけど」

 コクコクとうなずいたメリアナが、ふと何かに気づいたように問う。



「でもさ、これで強盗団と何の関係もなかったら、そのときはあの記者さんどうするの?」

「そりゃ……」

 俺は腕組みして少し考える。

 それから言った。

「びっくりさせてごめんねって言おうかな」

「ふふっ」



 男装のメリアナがおかしそうに笑い、それから俺の脇腹を肘でつつく。

「そういうとこ好きよ」

「痛いからやめてくれ……」

 男装のせいか、なんか距離感がいつもより近い気がするな……。


   *   *


 それから数日後。

「おい、どうなってるんだよ?」

 廃倉庫に呼び出されたヒューゴは、十人ほどの荒くれ男たちに囲まれていた。

 後ずさりしつつ、必死に言い訳をするヒューゴ。

「き、記事は見せただろ? あれを絵入り新聞にしてバラ撒いた。ちゃんと仕事はしてる」



 強盗団の幹部らしい髭面の大男が、不服そうに唸る。

「だが警察が動いてない」

「警察が動かないのは前回の失敗で懲りてるからだ。あいつらは臆病者なんだよ」

 懸命に言いつくろうが、別の幹部が横から口を挟む。



「だったらせめて使用人に欠員を作れ。俺たちの手先を送り込む余地がねえ。評判を落として使用人を辞めさせるぐらいはできるだろ? じゃなきゃ金は払えんぞ」

「わかってるって! そのために醜聞のネタを探してるんだ。もう少し待ってくれ」

 だが強盗団の男たちは顔を見合わせる。

「待てるか?」

「上からの催促がキツくなってきた。これ以上は無理だ」



(上? 上ってなんだ? まさかこいつら、どっかの「紐つき」なのか?)

 ヒューゴは記者として興味を抱くが、それよりも早く強盗団の男が背後に回り込む。

「どうも最近、お前は態度がおかしい。今も銃を隠し持ってる」

「も、持ってない……」

「俺たちを舐めるなよ。スーツの背中が膨らんでるぞ」



 相手は荒事のプロだ。素人の偽装などお見通しらしい。

「いや、これは護身用だ。最近はこの辺も物騒なんだよ」

 強盗団の男たちは無言だ。

 記者としての経験で、ヒューゴは危険を感じていた。沈黙にもいろいろあるが、一番恐ろしいのは「お前との交渉は終わりだ」という沈黙だ。この強盗団の場合、それはヒューゴの抹殺を意味する。



 男たちはヒューゴを無視して相談を続けている。

「絵入り新聞なんてまどろっこしいもんを使ってる場合じゃなくなったな」

「ああ。次の補給で陸軍の横流し品が来る。銃剣つきのマスケット小銃だ」

「はは、そいつはいいな。全員に持たせりゃ民家なんか簡単に制圧できる」

「王都でやるには少々重武装すぎる。郊外に活動拠点を移すか」

「そうだな。上は満足せんだろうが、何もしないよりはマシだろう」



 相談の内容があまりにも踏み込んでいるので、ヒューゴは恐怖した。

(こいつら、ただの強盗団じゃない!? しかもそれを隠そうともしないってことは……)

 相談がまとまったところで、廃倉庫にいる強盗団が全員ヒューゴを向く。

「長い間、御苦労だったな」

「ひいっ!?」



 ヒューゴが飛び退いた瞬間、ガランとした倉庫に銃声が反響した。石畳に火花が散る。

 強盗団の幹部が呆れたように怒鳴る。

「おいバカ野郎、銃はやめろ!」

「けど、こいつも銃を持ってますぜ!」



 手下の指摘通り、ヒューゴは腰のホルスターからデリンジャーを抜いた。マスケット式なので弾は一発。

 強盗団はそんなものには動じない様子でニヤニヤ笑っている。

「そいつを一発撃って、この状況をどうにかできると思ってんのか?」

 男たちはナイフや棍棒、それに砂を詰めた革袋などを抜き放つ。いずれも無音で人を殺傷できる武器だ。

「く、く、来るな! 本当に撃つぞ!」



 だが強盗団は怯むどころかゲラゲラ笑っている。

「一人やられたぐらいで俺たちが退くかよ!」

「どうせ当たりゃしねえさ」

「こいつ殺していいんですよね?」

 手下の問いに幹部が面倒臭そうにうなずく。

「まあいいだろう、この様子じゃもう使いもんにならねえ。さっさとやれ」

(もうダメだ、殺される! クソッ、どこで人生を間違えたんだ!)



 ヒューゴが自分の行いを悔いた瞬間、倉庫のドアが強引に蹴破られた。

「全員動くな!」

「警察だ! 武器を捨てろ!」

「お前たちは包囲されているぞ!」

「投降しなければ撃つ!」

 口々に叫びながら、マスケット拳銃で武装した警官隊が突入してくる。三十人以上いた。



 驚く強盗団。

「なんでここが!?」

「ふざけるな、警察なんか怖くもねえ!」

「へっ、撃てるもんなら撃ってみな!」

 武器を構えて叫ぶ強盗団に、警官隊は容赦なく発砲した。



「撃てぇっ!」

 パンパンと乾いた銃声が倉庫に響き、黒色火薬の白煙がもうもうと流れる。弾に当たった強盗団もいるようで、三人ほどがその場に崩れ落ちた。

「うわあぁっ!」

「くそっ、ずらかれ!」

「ダメだ、本当に囲まれてやがる!」



 さらにパンパンと銃声が響き、動ける強盗団は半数以下に減らされる。すでに大勢は決していた。

 だが幹部の一人は未だに闘志を捨てておらず、警棒を構えて突入してきた警官たちを片っ端から棍棒で殴り倒す。

「ヒューゴ! てめえ、サツに俺たちを売ったな!」

「し、知らねえよ!」

「うるせえ、裏切り者のてめえだけは殺す!」

 鉄鋲を植えた凶悪な棍棒を振り上げ、男がヒューゴに迫る。



「よいしょっと」

 妙に気の抜けた声が上の方から聞こえてきて、男がドサリと崩れ落ちた。

「え……?」

 ぽかんとして棒立ちになっているヒューゴの前に、見覚えのある若者が立っている。どうやら倉庫の天窓から飛び降りてきたらしい。

 強盗団の男は下敷きにされ、完全に失神していた。



「あーあ、取材に専念したかったのにこれだよ。やっぱ向いてないんだな」

 若者は溜息をつきながら埃を払い、それからヒューゴに向き直る。

「ヒューゴ・ケリンさんですよね?」

「そ、そうだが……お前、強盗団の一味じゃなかったのか? 何者なんだ?」

 すると若者はニコッと笑った。



「どうも、『ディプトン週報』の者です」

「あっ!? も、もしかしてお前か!? あの記事を書いたのは!」

 叫んだ瞬間、ヒューゴは警官に組み伏せられた。

「ヒューゴ・ケリン! お前も逮捕だ!」

「ひいぃっ!?」


   *   *

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― 新着の感想 ―
にっちもさっちも行かなくなったフリー(にした)記者確保だぜ 前回は記事のせいで警察も面目丸潰れだったけど今回の件でちったあ取り戻せたかな?
お見事! 回想で教官?のことを思い返してたり、「立ち姿にまるで隙がない」とあったので気になっていましたが、やっぱり戦える人だったんですね。
ずいぶんとスマートな登場でしたね。
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