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転生記者の取材手帳 〜王都の闇を暴いた男の英雄譚〜  作者: 漂月


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36/39

第36話

   *   *


 いつもの大通りを歩きながら、ヒューゴは背後に意識を集中させていた。

(昨日から妙な視線を感じやがる。いや、もっと前からか?)

 何がどうとはうまく言えないが、誰かに見張られている気がする。だが誰に見張られているのかまでは、ヒューゴにはわからなかった。



(出てきやがれ!)

 やけ気味に振り返ると、物陰にサッと誰かが引っ込むのが見えた。……ような気がしたが、気のせいかもしれない。

(クソッ……)

 確証を得られないまま、ヒューゴは自宅から遠ざかる方向へと足を向ける。もし本当に尾行がついたままなら、このまま帰宅するのは自殺行為だ。思い当たる節なら山ほどあった。



(まさか警察じゃないだろうな……釈放されたアランスキーが探偵でも雇ったか? それとも強盗団の殺し屋か?)

 猜疑心が無限に膨れ上がり、思考を圧迫する。

(いや待て、強盗団の連中が俺を殺すはずがない。次の標的を見つけたから、うまいこと記事にしろと言われたばかりだ。……だが監視されてる可能性はあるか。最近、あいつらとうまくいってないからな)



 商店の大きなガラス窓をチラリと見て、尾行者が写っていないか確認する。それらしい人物はいないが、背後に何かがまとわりついてくる感覚は消えていなかった。

(どっかで尾行を撒かないと安心できねえな。どうやって「匂い」を消すか……)

 取材のために尾行したことなら何度もあるが、尾行を振り切るのは初めての経験だ。勝手が違うので良い方法を思いつかない。



(いきなり走り出したら、間抜けな尾行者は尻尾を出すって聞いたことがあるな。試してみるか?……いやダメだ、こっちが気づいてるとバレたら殺されるかもしれん)

 用心深い性格が災いし、なかなか行動に移すことができない。

(尾行を撒くなら裏通りのゴミゴミした場所を通るって手もあるが、それを見越して待ち伏せされたら終わりだ。かといって人目の多い大通りじゃ、振り切るのにちょうどいい場所がねえ)



 思考がぐるぐると迷走し、結局何も良い手立てが思い浮かばないままにヒューゴは三十番街のかなり奥まで来てしまった。この辺りは完全なスラムで、胡散臭い露店や違法な商売をしている店がどこまでも続く。まともな商店は一軒もない。そしてここは生活圏の外だ。

(しまった、ここはまずいぞ……。この辺の連中は人が死んだぐらいじゃ気にも留めねえ)



 危険を感じて引き返した瞬間、ヒューゴの前に一人の男が立ちはだかった。ハンチング帽を目深に被った長身の若者だ。

 武器は持っていなかったが、立ち姿にまるで隙がない。

(こいつが尾行者か!? いや、こいつは一度も見てない!)

 若者がニコッと笑う。背後のスラムの風景とはまるで場違いな、紳士的で穏やかな微笑みだった。



「バクスターさん……いや、ヒューゴ・ケリンさんですね?」

「うあっ!?」

 偽名と本名を同時に告げられ、ヒューゴはとっさに走り出す。若者の笑みと言葉に恐怖したのだ。

(こいつ、何もかも知ってやがる! 俺はこいつのことを何も知らないのに!)



 背後から呆れたような声が聞こえてくる。

「おい、勘違いするな!」

(何も勘違いしてねえよ! どう見てもヤバいヤツだろ!)

 運動不足の体に鞭打って、ヒューゴは必死に走り続ける。本名までバレているのなら、もうどこに逃げても同じだ。



 ヒューゴの足は自然と、土地鑑のある自宅周辺に向かっていた。裏道を抜け、民家の庭先を突っ切り、崩れた塀を登り、廃屋の屋根を駆け抜ける。

(家に戻れば拳銃がある! いざとなったら、あれでぶっ殺してやる!)

 しかし途中で息が続かなくなり、ヒューゴは走るのをやめた。



 幸い、さっきの若者が追ってくる様子はない。

(逃げ切れるとは思わなかったが、やってみるもんだな……)

 ハアハアと息を切らしながら、のろのろと歩いていくヒューゴ。



 だがボロボロの借家に戻ると、強盗団の男が彼を待っていた。

「よう、ヒューゴ。勝手に上がらせてもらったぜ」

「うわぁ!?」

 殺されると思ったヒューゴは丸腰のまま身構える。だがこの強盗団はナイフや棍棒などを隠し持っているのが常だ。勝ち目はなかった。



 強盗団の男は不思議そうな顔をする。

「おいおい、どうした? 俺だぞ?」

「おっ、俺をどうするつもりだ!?」

「どうもこうも、わかってんだろ?」



 どうでも良さそうな顔をして、懐から折り畳みナイフを取り出す男。これ見よがしにチャキチャキと刃を出し入れしながら、男はヒューゴを睨む。

「まさかお前、俺たちのことを記事にするつもりじゃないだろうな?」

「する訳ねえだろ! あ、ああ、そういうことか!? 疑ってるんだな!?」

「ん? まあな。この稼業、疑り深くなくちゃ生き残れねえ。だろ?」



 強盗団の男は依頼した記事の進捗を確認しに来ただけなのだが、このやり取りでヒューゴは完全に誤解した。

「俺は裏切らない! だから殺さないでくれ!」

「あん? そりゃいい心がけだ。じゃあ俺たちが『世直し』できるような記事を、よろしく頼むぜ」

 尻餅をついてガタガタ震えているヒューゴの肩を、ポンポンと馴れ馴れしく叩く男。



「そうそう、ボスから伝言だ。次の仕事がうまくいけば、前回の報酬も払うとさ。良かったなあ?」

「ひっ……」

 懐柔するつもりでニタリと笑う男と、恫喝されていると勘違いして震えるヒューゴ。

「じゃあな。明日の夜にまた来る。少しは記事を書いておけよ」

 用が済んだ男はさっさと出て行く。



 男の後ろ姿が路地に消えた後、ヒューゴは仕事机に駆け寄った。鍵のついた引き出しからマスケット拳銃を取り出す。

「あった!」

 限界まで銃身を切り詰めた小型拳銃だ。デリンジャーと呼ばれる類のもので、威力も命中精度も低い。探偵や博徒などが護身用に隠し持つことで知られている。



(よし、どこも錆びてない。これなら問題なく撃てるぞ)

 火薬と弾を込めていつでも撃てる状態にすると、ヒューゴはそれをホルスターに収めてベルトの背中側に着ける。

 普段はこんな物騒なものを持ち歩かないのだが、それ以上の危険が迫っているのだから仕方がない。

「こっ、殺されて……殺されてたまるか……」

 ずしりと重い鉄の感触を確かめつつ、ヒューゴはもう一度窓の外を確かめるのだった。


   *   *

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― 新着の感想 ―
勝手に追い詰められてると取れなくもないですが、窮鼠猫を嚙むとも言いますしね。
うーん、このアンジャッシュ感よ。 勝手に自滅してネタを提供してくれそうですね
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