第29話
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乾いた大地に雨が染みこむように、その雑誌は人々の中に浸透していった。
「この雑誌を読んでみろよ、『世直し強盗団』の手口だとよ」
「ははあ、手先を送り込んで内偵させるのか。卑怯なヤツらだ」
「けどよ、殺されてんのは悪いヤツらばっかりだろ?」
誰かが手にしたその雑誌を中心に、白熱した会話が湧き起こる。
「いやいや、今狙われてるのはお人好しのウラシア人らしい」
「別にいいじゃねえか。ウラシア人の金持ちなんか殺されりゃスッキリする」
「まあそうなんだけどよ、記事を読むとどうにも憎めない感じなんだよな。それにビシュタル人の美人妻が息子二人を必死に守ってるそうだ。ほれ、この挿絵」
「ほほう……」
雑誌が手渡され、新たな読者が生まれる。
降り注いだ雨はやがて小さな流れとなり、川となってうねり始める。
「けなげだよねえ、この奥さん」
「メイドたちも忠義者よね。ディプトンの女はこうでなくっちゃ」
「けど、住所を偽ってた怪しいメイドだけは許せないね。偽の告発をしたメイドって、おおかたこいつでしょ」
「ディプトンの女の面汚しだよねえ、まったく」
井戸に集まった主婦たちは洗濯の手を止めて、ふとつぶやいた。
「あの奥さん、強盗団に襲われなきゃいいけど」
「こういうときのための警察なんじゃないかねえ」
いくつかの支流が合流し、大きな流れが生まれていく。
「ちょっとアンタ、警察に顔が利くとか自慢してなかったかい?」
「ん? ああ、うちの店に警察のお偉いさんがときどき来るんだよ。それがどうした?」
「この雑誌を見とくれよ、こんな悪事がまかり通っていいのかね?」
「ほほう、こりゃ怖いな。うちの店も狙われちゃ大変だ」
「狙われるようなことはしてないだろうね?」
「待てよ、この何とかスキーだって悪いことはしてないのに狙われてるんだろ? うちだって狙われるかもしれないぞ」
「ああ、それはそうねえ……アンタ、必ず伝えときなさいよ」
「へいへい」
大きな流れはやがて、社会を動かし始めた。
「読んだか、『ディプトン週報』とかいう雑誌?」
「読んだ読んだ。本部長がカンカンになってるの、あの記事だろ」
「おかげで制服姿で街に出ると、そこらじゅうでヤジられるんだよ。捕まえたスリにまでバカにされたぞ、もう勘弁してくれ」
「あの雑誌を作ってる連中を逮捕してやりてえよ」
「よせ、また何か書かれるぞ。それに記事には嘘がなさそうだ。事情聴取の内容とも綺麗に一致してる」
制服姿の男たちは安物の煙草を吸い、溜息と共に紫煙を吐き出した。
「あのウラシア人、どこをどう調べても黒いところが見つからん。さっさと釈放すりゃいいのに、お偉いさんがメンツにこだわってまだ拘留してる」
「これでアランスキー邸が強盗団に襲撃されたら、スリにバカにされるぐらいじゃ済まないんだろうな……」
顔を見合わせる男たち。
「アランスキー邸は夜警巡回に入れとくか」
「そうだな。面倒が増えるが、バカにされっぱなしってのもムカつく」
「ついでに強盗団を逮捕できりゃ、市民も俺たちを見直すだろうな」
「それどころか出世間違いなしだ。まあいっちょやってみるか」
社会を巻き込んだ大きな流れは、ついに下流に達した。
「アランスキー邸の回りを警察がウロウロするようになった。どうする?」
「だからさっさと襲撃しときゃ良かったんだ。もたもたしてるからこうなる」
「内偵をきっちりやるから失敗しねえんだよ。そこら辺の安い押し込み強盗と同じことをすりゃ、同じ末路が待ってるぞ」
「それよりまずいのは『世直し強盗団』のイメージが崩れちまったことだ。人を集めるのが難しくなってきてる」
「使い捨ての連中がいないと、いざってときに俺たちまで捕まっちまう」
「さすがにそれはアホらしいな」
薄暗がりの中で彼らは目配せし、無言の採決が行われる。
「決まりだ。この件からは手を引く。いいな?」
「やれやれ、警察まで動かしたのにこのザマか」
「その警察に手柄を立てさせるなってのが上からの指示だ。理由はわからんがな」
「警察の評判ならもうガタガタだ。指示はちゃんと守ってるさ」
「そうだな、俺たちが捕まらない限りはな」
「わかった、わかったよ。次の獲物を探そう」
大きな流れはやがて洋々たる大海へと導かれていく。
翌週の「ディプトン週報」で大々的に報じられたのは、アランスキー氏の無罪釈放。そして家族との感動の再会だった。




